第9話 501 Not Implemented Error(未実装)
“不登校子の時間割”を横道と作ったその日。
教育支援センターから帰宅後、マンションのドアを閉めた瞬間、不登校子はその場にしゃがみこんだ。
「っ……はぁ……」
呼吸が浅い。
外では気を張っていたせいか、家に戻った途端、一気に力が抜けた。
しばらく休んでから、自室の机に資料を広げる。
机の上には、横道と作った「計画的な学習プログラム」のたたき台。
それと、最近の学習記録。
全部まとめた。
全部、“学校に認めさせるため”に。
(やることはやった…でも…)
「…来週、担任と話すんだよな…」
胃が重い。
担任の顔を思い浮かべるだけで、胸がざわつく。
どうせまた言われる。
『まずは登校を』
『生活リズムを』
『焦らなくていいから』
違う。
そうじゃない。
もう、“ただ待つだけ”、“登校すればオーケー”には戻りたくなかった。
校子は椅子に座り、机に突っ伏す。
そのとき、横道逸子とのやり取りが頭によみがえった。
『国の通知でも、そういう活動、評価していいって言ってるんでしょう!?』
半分叫ぶみたいに言ってしまった。
だってそうだ。
文部科学省はもう通知を出している。
オンライン学習。
別室登校。
ICT活用。
出席扱い制度。
なのに、学校は動かない。
なんで。
なんで、まだ「学校に来れてないから」で止まる。
あの時、横道は少しだけ視線を落としてから言った。
『それに……“やっていい”と、“やっても安全”は、違うから』
「安全って…なんだよ…!」
校子は机を叩いた。
「今、苦しんでるのは私なんだよ!!」
机の上のプリントが跳ねる。
学校に行けない。
でも何もしてないわけじゃない。
動画編集して。
台本を書いて。
配信して。
数字を見て。
コメントに対応して。
eラーニングもして。
毎日、必死に生きてる。
なのに。
“学校の形式に合わない”だけで、全部なかったことみたいに扱われる。
「…ふざけんな…」
そのまま、椅子にもたれたまま、しばらく動けなかった。
スマホが震えた。DMの通知…501だった。
501:
『計画的な学習プログラム』は作成したか
「タイミング最悪……」
校子は苛立ったまま返信する。
校子:
たたき台はできた。来週、担任との対決。
でも、教育支援センターからは、“学校によっては、登校と定期テスト受験が前提だから認められないかも”って。
なんでだよ?
なんで学校は国の通知あるのに動かないの!?なんで、登校が前提のままなの?
既読。数秒後、返信が来た。
501:
運用の再定義で済むなら、さっさとやれ…か。
現場の多くの先生も、まったく同じことを思っているよ
「…え?」
校子は眉をひそめた。
校子:
じゃあ、なんでやらないんだよ…
すぐに返信が来る。
501:
結論はシンプルだ。
“やってよい”と、“やっても安全”は、まったく違う
校子は画面を見つめる。
501:
文部科学省の通知は、「一定の条件のもとで出席扱いが可能」とは書いている。
しかし「やって問題が起きたときに守る」とは、一言も書いていない
「……」
指先が止まる。
501は淡々と続けた。
501:
実際に出席扱い制度の柔軟運用を始めた学校で起こりうるのは、こういう事態だ。
例えば、調査書を作る時期になると、評定の根拠確認が校内で行われる。
その時、「この生徒は授業参加が少ないのに、なぜこの評価なのですか」 と聞かれた場合、主として評価をつけた担当が、学習記録や課題提出、面談記録を示して説明できなければならない。
「…は?」
校子は思わず声を漏らした。
校子:
いや、それ学校全体の説明責任じゃないの…?
501:
理屈ではそうだ。
だが実際の現場では、実際に評価を書いた担当が、最初の説明役になることが多い。
校子は言葉を失った。
501:
もう一つ。
保護者からの公平性クレームだ。
「あの子は午後からで出席なのに、うちの子は遅刻扱いなんですか?」
そう来た場合、「学習活動として認めた時間があるから」ということを丁寧に説明し、理解を得る必要が出てくる。
「……」
501:
しかも、一人でも成功すると、「同じ配慮を」という要求が連鎖する。
だが、教員も支援員も増えない。
成功すれば業務は爆発し、失敗すれば「学校判断のミス」として責任を問われる。
校子のスマホを持つ手に力が入る。
501:
だから現場では、悪意ではなく、結果として「前例のある方法を選ぶ」判断になりやすい。
(でも、その間に困ってるのは私なんだけど…)
「…………」
校子は唇を噛んだ。
腹が立つ。
納得なんかしたくない。
でも。
ただ怠慢で止まっているわけじゃないことも、少しだけ見えてしまった。
部屋が静かだった。
冷蔵庫の低い駆動音だけが響く。
501はさらに続ける。
501:
ただ、できないわけじゃない。
実際にやれている学校はある。
校長が「責任は自分が取る」と明言し、校内評価基準を文書化し、入試説明用テンプレを事前に整備している。
校子:
先に、防具を作ってるってこと?
少し間が空いてから返信が来る。
501:
そうだ。
技術の問題ではない。
組織防衛を、先に設計している。
校子は再び椅子にもたれた。
怒りと、無力感と、理解したくない気持ちが胸の中で混ざる。
501からまたメッセージが届く。
501:
君が苛立つのも当然だ。
だが、ただ「さっさとやれ」と言っても現場は動かない。
だからこそ。君が外から記録を積み、“前例”を作っていく必要がある。
私は、その記録を制度側へ繋げる手伝いができる。
教育支援センターもある。一人で全部背負う必要はない。
校子はしばらく画面を見つめながら、横道との教育支援センターでの会話を思い出した。
計画的な学習プログラムのたたき台が一段落し、小休憩になった時だった。
紙コップの麦茶を飲みながら、校子はぼそっと呟く。
「ねえ、逸子さん。501ってアカウント、毎回ってくらい私の配信に書き込みしてくるんだけど…ずいぶん学校のこととか詳しいんだよね…何者なんだろう?」
「あー、ときどきコメントしてる、あの謎の分析おじさん?」
横道は苦笑した。
最近は校子と配信の動画を一緒に見て、制作時にどんな作業をしているか、企画の意図などを確認することが増えていた。
「私も気になってた。他のリスナーとちょっと違う雰囲気があるから」
「不審な人物なら、注意が必要だけど…これまでのやりとりでは、校子ちゃんに純粋に協力してくれているんでしょ?」
「そうなんだよね…」
「でさ。最近、一個仮説を立ててるんだけど」
「仮説?」
横道は少し得意げな顔になる。
「501って、“501 Not Implemented Error”から取った名前なんじゃないかなって」
「…は?」
「WEBサーバーのエラーコードの501だよ。Not Implemented —— 『未実装』…まだ実装されてません』って意味」
横道は楽しそうに続ける。
「501ってさ、『制度はあるけど運用が実装されてない』みたいな話、よくしてるんでしょ?だから、自分でそういう名前にしたのかなって」
校子は少し考え込む。
「…たしかに。なんか、システムのバグ指摘してる感じある」
「でしょ?IT系かもね。元プログラマーとか」
「…でも、なんであんな協力的なんだろ」
横道は少しだけ真顔になった。
「うーん…。そこなんだよね」
少し考えてから、肩をすくめる。
「まあ、正体はさておき、“この制度まだ実装されてませんよ”って皮肉を込めて501名乗ってるなら、結構センスあるよね」
そして最後に、小さく笑った。
「…ただの変なオタク分析おじさん説もあるけど」
校子も、少しだけ吹き出した。
でも、胸の奥のざわつきは消えなかった。
(本当に、ただの変な人…?)
校子はスマホの画面を眺めながら、胸の奥のざわつきを、思い返していた。それから、小さく打ち込む。
校子:
今更だけど…。あなた、何者なの?
なんでこんなに私に協力してくれるの?
既読。
そして、短い返信。
501:
昔、教員の現場にいたことがある。
君の事例が、学校に認められるか興味があるだけだ。
「…それだけ?」
思わず声が漏れる。
だが、返信は来ない。
沈黙だけが残った。
窓の外は、もう真っ暗だった。
来週は、担任との面談。
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
でも。
机の上には、自分で積み上げた記録がある。
逃げ続けるだけだった頃とは、少し違う。
校子は深く息を吸った。
そして、計画的な学習プログラムの紙を、もう一度開いた。
まだ自分は学校というシステムには接続されていない。
でも…未実装なら、実装すればいい。
そう、私が学校を攻略してやる。
〈ステータス〉
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名前:不登校子
状態:不登校(支援センターに接続済)
【五教科】
英語 Lv.中2 ■□□□□□
数学 Lv.中2 ■■□□□□
国語 Lv.中1 ■■■■□□
理科 Lv.中2 ■■□□□□
社会 Lv.中2 ■□□□□□
経験値取得条件:
・課題提出
・学習ログ
・理解度確認
※経験値反映には学校の確認が必要
【副教科】
音楽 / 美術 / 技術・家庭 / 保健・体育
※学習活動として接続可能性あり
※学校確認・評価対象化は未達成
【総合的な学習】
※活動内容整理中
※学校との協議が必要
【スキル】
① 保護者と学校の連携
Lv2 進行中
→学校協議フェーズへ移行
派生クエスト
☑ 担任へ制度利用を相談する
□ 学習記録の共有方法を決める
□ 担任と面談する
② ICT等を活用した学習活動
Lv1 解放
→学習ログ作成可能
③ 対面指導の実施
Lv1 解放
→支援センター通所中
※学校との連携・出席扱い手続中
④ 理解度に応じた計画的な学習プログラム
Lv1 進行中
派生クエスト
□学校とプログラムを共有する
【人間関係(パーティー/NPC)】
501:【謎の分析おじさん】(信頼度:Lv.1) NEW!
横道逸子:【コスプレネキ】(信頼度:Lv.2)
不登通子:【家ボス(母)】(圧:Max)
模部勇気:【ユウキ】(親密度:1)
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