第8話 クエストロードマップ完成!でも内申点はハードモード?
平日の教育支援センターの小会議室は、学校より静かだった。
時計の秒針が、やけに聞こえる。
午後の薄い光がカーテン越しに差し込み、部屋全体がぼんやり白い。
テーブルには三人。不登校子と、母・通子。そして、横道逸子。
横道はノートパソコンを開きながら話し始めた。
「お母さんから、出席扱い制度の利用について担任の先生に連絡してもらったけど」
「メインクエストの『理解度に応じた計画的な学習プログラム』がないと、話が進まないからね」
校子が訊ねる。
「あの…その『理解度に応じた計画的な学習プログラム』って、何なんですか?学校の時間割みたいなもの?」
「簡単に言うと…その子に合わせた学習の設計図だね」
「不登校になって、学校の進度と本人の理解度にずれが生じている場合があるから…」
「例えば、中学二年生だから中学二年生の内容をそのまま進める、というわけじゃない」
「まず、現在どこまで理解できているのかを確認。数学なら、正負の数は理解できているのか。文字式はできるのか。一次方程式でつまずいているのかとかね」
「その確認をもとに、本人が無理なく取り組める目標を設定するんだ」
横道はノートパソコンの画面を切り替えた。
「具体的には、年間目標、月ごとの目標、毎日の学習内容を決める」
「例えば数学なら、『中学数学を修得する』という大きな目標だけでは不十分」
「今月は一次方程式を理解する。そのために毎日問題演習を行う。そして週末に小テストで理解度を確認する」
「そして重要なのは、やった量ではなく、何を理解できたかを記録すること」
「どんな課題に取り組み、どこまで理解できたのか。その記録を学校と共有する」
横道は一度、画面から目を離して、通子に向けて言った。
「不登校支援で大切なのは、学校に来られたかだけを見ることではありません」
「その子が、自分の状態に合った方法で学び続けているか。そして、その学びを学校が確認できる仕組みを作ることです」
「理解度に応じた計画的な学習プログラムとは、そのための設計図です」
「と、いうわけで…」
「今日は学校へ提案できるように、“校子ちゃん専用の時間割”の『たたき台』を作ろうか」
校子は椅子に浅く座ったまま、少しだけ肩の力を抜く。
でも同時に、帰りたいな、とも思っていた。
人と話すだけで疲れる。
今も、かなり限界が近い。
「じゃ、まず現状確認からね」
横道はキーボードに手を置く。
「午前中、死んでるタイプ?」
校子は顔を上げた。
「…はい?」
「朝」
「…ああ」
少し迷ってから答える。
「動けない?」
「…まあ」
「頭痛は?」
「あります」
「学校行こうとすると悪化する?」
「…します」
「うん」
カタカタ、とキーを打つ音。
「じゃ、“朝八時半スタート前提”やめようか」
校子は瞬きをした。
今、“頑張って朝起きよう”と言われなかった。
“生活リズムを整えよう”も。
“甘えないで”も。
何も。
「学校って、“朝動ける人類”向けに作られてるからね」
横道は平然と言った。
「だから、そこ外れると一気に生きづらくなる」
校子は、少しだけ笑った。
変な人だ、この人。
「外出できる時間帯ある?」
「…夕方のほうが楽かな」
「毎日は?」
「無理です」
「人多いと疲れる?」
「かなり」
「教室の音」
「きついです」
「対人は?」
「今日は…もう限界近い」
「なるほど」
横道は淡々と入力していく。
でも、“診断”されている感じではなかった。
“取扱説明書”を書いているような感じだった。
「あと、勉強。どこで止まってる?」
「国語…漢文と、文章読むの、しんどいです」
「できるのは?」
「数学と理科」
「OK」
カタ、カタ、と音が続く。
「逆に、何してる時が一番ラク?」
「…え」
「ゲーム?」
「まあ」
「動画?」
「見ます」
「他は?」
校子は少し迷った。
こういう時、“配信”って言うと、大人はだいたい嫌な顔をする。でも、501や横道は…「そういうのも学習活動になる」って前から言ってくれてる…。
「…Vtuber」
「見るほう?」
「…配信するほうです」
横道の指が止まった。
「いいじゃん」
校子は思わず顔を上げる。
「…いいんですか」
「なんで?」
「いや…どうせ遊んでるだけなんで」
横道は、すぐ否定しなかった。
少し沈黙が落ちた。
「どんなことしてるの?」
「…配信準備とか」
「例えば?」
「切り抜き作ったり」
「動画編集だ」
「まあ」
「テロップ入れたり?」
「はい」
「サムネは?」
「作ります」
「配信企画は?」
「考えます」
「なるほどねえ」
横道が、ちょっと面白そうに笑った。
「かなりやってるじゃん」
「でも、そんなの」
校子は苦笑する。
「ただのオタク作業です」
「そう見えるかもしれないね」
横道は頷いた。
「でも、“人に伝わる形に加工する”って、学校だとかなり重要な力なんだよ」
「…」
「しかも視聴者の反応見ながら調整してるでしょ?」
「まあ……」
「それ、“情報の整理と分析”なんだよね」
さらっと言われた。
「あと動画編集は技術科」
「え」
「サムネ制作は美術」
「……は?」
「配信企画は総合的な学習」
「ちょ、待ってください」
思わず笑ってしまう。
「そんな無理やり学校に寄せなくても」
「無理やりじゃないよ」
横道は画面をこちらに向けた。
そこには時間割表が表示されていた。
『技術』
『美術』
『総合的な学習』
その欄に、
『動画編集』
『サムネ制作』
『配信企画』
と入力されている。
校子は言葉を失った。
自分がやってきたことは、ずっと“逃げ”だと思っていた。
学校に行けない代わりに。
部屋に閉じこもって。
誰にも頼まれていないことを、勝手にやっていただけ。
だから親にも言いづらかった。
先生にはもっと言えなかった。
なのに。
横道は、それを一つずつ拾い上げていく。
遊び。
暇つぶし。
現実逃避。
そう呼んでいたものに、
『技術』
『情報』
『総合』
という名前をつけ直していく。
まるで。
自分だけの言葉だったものが。
学校の世界でも通じる言語に、翻訳されていくみたいだった。
「すご」
思わず声が漏れる。
横道も笑った。
「支援ってね」
カタ、とキーボードを止める。
「“頑張らせる技術”じゃないんだよ」
「…?」
「“止まらない条件”探す作業」
その時、通子がおそるおそる口を開いた。
「…あの」
「はい」
「こういう形が必要なのは、分かるんです」
通子は時間割を見つめる。
「でも…少し怖くて」
「このまま、“家から出なくてもいい”ってなってしまわないかって」
責める声ではなかった。
ずっと不安だった人の声だった。
「課題もオンラインで出せて…配信まで学習になるなら…」
通子は小さく言う。
「学校に戻れなくなるんじゃないかって……」
横道は、すぐには答えなかった。
一度、小さく頷く。
「そう思いますよね」
「…はい」
「保護者の方、そこを一番不安に思われます」
静かな声だった。
「“このまま止まってしまうんじゃないか”って」
通子は黙って頷く。
横道はホワイトボードに『20分』と書いた。
「中学校って、50分授業を6時間やる前提なんです」
その横に『20分+休憩』と書き足す。
「でも校子ちゃんは、そこまで行く前にエネルギー切れを起こしてる」
「……」
「だから最初は、“20分できる”を積み上げる」
通子が不安そうに言う。
「そんな少なくて……勉強になるんでしょうか」
「“続けられる量”が、一番強いんです」
横道ははっきり言った。
「無理な条件を置くと、全部崩れますから」
校子は、その言葉に少しだけ息を止めた。
全部崩れる。
それは分かった。
何もできなくなる感じ。
好きだったゲームも動画も、全部しんどくなる感じ。
「だから最初は、“学校に戻す”より」
横道は時間割を指した。
「“動ける”を取り戻すことを優先する場合があります」
「…順番、なんですね」
通子がぽつりと言う。
「はい」
横道は頷いた。
「“朝起きること”
“学校に行くこと”
“50分座ること”」
一つずつ指を折る。
「これ全部、今の校子ちゃんには“無理な条件”なんです」
通子は言葉を失った。
「でも、“できること”はある」
横道は続ける。
「配信も、動画編集も、記録も、企画も」
そして、少しだけ笑った。
「それを“学習”として接続するのが、私たちの仕事です」
横道は画面を見せた。
—————————————————————
『月 eラーニング午後一コマ(20分×2セット)』
『火 eラーニング一コマ(20分×2セット)、課題オンライン提出のみ』
『水 支援センター通所、可能ならeラーニング一コマ』
『木 支援センター通所、可能ならeラーニング一コマ』
『金 配信企画・動画編集』
学習単位は『一回20分×2セット(間に10分休憩)』
—————————————————————
「どう?」
「ちなみに、これは完成形じゃないよ」
「え?」
「今の校子ちゃんの“開始地点”。勉強を本格的に再開していくための準備運動みたいなもの」
「最初から6時間授業分を要求したら、たぶん三日で止まる」
校子は内心頷く。
(はい…その通りです…)
「だから、まずは継続できる量を作る」
「一か月続いたら、20分を30分にする。二セットを三セットにする」
「体力ゲージが回復したら、装備を強化する感じ」
「あと、これは“全部の学習”を書いた時間割じゃないよ」
横道は画面を指した。
「数学や国語みたいな教科学習は、eラーニングの中で進める」
「動画編集や配信企画は、そこに追加される“学びの場”という感じ」
「学校の授業を全部置き換えるんじゃなくて、校子ちゃんが学べる入口を増やしているんだよ」
(なるほど…五教科と配信は別物なのか…)
校子はしばらく画面を見る。
「…火曜きついかも」
「午前?」
「なんか、一週間で一番死んでる」
「じゃ削ろう」
即修正された。
「木曜午後のほうが動ける?」
「はい」
「じゃそこ増やす」
カタカタ、と予定が変わっていく。
勉強の時間割なのに。
ちゃんと、“人間”に合わせて動いていた。
最後に、横道が言った。
「これが、“校子ちゃんのルート”だよ」
校子は画面を見る。
そこには、“今の不登校子”に最適化された時間割があった。配信や、衣装制作も組み込まれていた。
校子はしばらく、声が出なかった。
学校から落ちこぼれたと思っていた。
もう、“学習している側”には戻れないと思っていた。
でも。初めて。
自分がやってきたことを、“なかったこと”にされなかった気がした。
(私…)
胸の奥が、じんわり熱くなる。
(“できない子”じゃなくて)
画面の時間割が、少し滲む。
(“できることを翻訳してもらってる”んだ……)
校子は、ゆっくり息を吸った。
(…続けられるかもしれない)
――でも。
ふと、別の不安が頭をよぎる。
(いや、でも……)
胸の奥が、また少し冷える。
(学校側に否定されたら?)
(認められなかったら…?)
(結局、“出席ゼロ”扱いのまま?)
(進級とか、卒業とか…どうなるの?)
その沈黙を察したように、通子が口を開いた。
「…こういう時間割とか、通所の頻度とかって…どうしたら学校に認めてもらえるんですか?」
横道は視線を上げる。
「まずは、校子ちゃんの今の状態や、できていることを学校に共有します」
「そのうえで、学校と一緒に“どういう学習なら継続できるか”を相談していきます」
「相談、ですか」
「はい」
横道は落ち着いた声で続ける。
「“校子ちゃんは現在、教室での対面参加が難しい状態にある”」
「“その代替として、自宅学習・教育支援センター通所・オンラインでの学習活動を組み合わせた形を希望している”」
「“計画的な学習プログラム”としてこのようなカリキュラムを作成してもらえないか」
「そういう内容を、まず学校側へ共有していく感じですね」
通子は慎重に確認する。
「それを、担任の先生が認めてくれれば…出席扱いには?」
横道は少しだけ間を置いた。
「…担任の先生だけでは、決められないことが多いです」
「というと?」
「実際は、担任、学年主任、管理職、特別支援コーディネーターの先生あたりも含めて、学校全体で判断するケースが多いですね」
通子は、小さくため息をついた。
「じゃあ、『計画的な学習プログラム』も結局、学校主導で決めるということですか?」
「『計画的な学習プログラムって、最終的には学校が確認して判断するものです。ただ、本人や家庭、支援センターから情報をもらいながら、一緒に作っていく形が多いですね」
横道はノートパソコンを軽く回す。
そこには、今作っていた時間割表が映っていた。
「こちらで、校子ちゃん向けの支援案や時間割のたたき台は作成できます」
「ただし、これはあくまで学校と相談するための案です。正式な学習計画として位置付けるのは学校側になります」
「この子の場合、“午前中は負荷が高い”とか、“20分区切りなら継続しやすい”とか、“動画編集なら集中しやすい”とか」
「学校だけだと見えにくい部分もあるので、そこは支援センター側で整理していきます」
「それを学校側へ共有して、最終的には学校の書式に合わせて調整していくかんじですね」
横道はノートパソコンを軽く閉じる。
「こちらから学校へ説明したり、通所状況を共有したりも可能です」
通子は少しだけ安心したように息を吐く。
「学校と…連携する感じなんですね」
「はい」
横道は頷いた。
「教育支援センターが全部決めるわけではないですし、逆に学校だけで抱え込むものでもないので」
「学校、保護者、教育支援センターで、“校子ちゃんが止まらずに続けられる形”を一緒に探していくイメージです」
「あと…内申点は、どうなるんでしょう」
その瞬間だけ、横道も少し言葉を選んだ。
「正直に言うと」
静かな声。
「“出席扱い”と、“評価される”は別なんです」
校子の眉が動く。
「例えば…配信活動だから評価されない、ということではありません」
「ただ、評価するには“何を学んだか”を学校が確認できる材料が必要になる」
「活動記録、制作物、振り返り、課題提出。そういうものがないと、先生たちも評価したくても根拠を持てない」
横道は続けた。
「あと…普通教科の評定は、定期テストが絡むので」
横道は少し言いづらそうに続ける。
「テスト未受験だと、“評価材料が足りない”って判断されることもあります」
「え…」
「もちろん、レポートや提出物で見る先生もいます」
「でも、中学校ってまだ、“定期テスト中心”の文化が強いところも多いので…」
「なんで!?」
校子は思わず声が出た。
「国の通知でも、そういう活動、評価していいって言ってるんでしょう!?」
横道は少しだけ困ったように笑う。
「そう。“評価してはいけない”とは書いてない」
「でも、“評価できる材料を学校が持っているか”は別問題なんだ」
「それに…“やっていい”と、“やっても安全”は、違うから」
「はあ?」
「あくまで私個人の感想だけど」
「学校って、“前例がない評価”を怖がるところがあるの」
「評価には責任が伴うからね。根拠を説明できない評価は、先生たちも簡単には出せないんだ」
校子は苛立った。
「意味わかんない!…じゃあ結局、学校行けるやつしか勝てないじゃん…」
「だから今…、“変えようとしてる途中”なんだと思う」
「…でも、校子ちゃんが卒業するまでに間に合う保証はない」
通子が慌てて口を挟む。
「大人の事情っていうのがあるのよ!」
「いや意味わかんないって!」
「と、とにかく!」
通子は半ば自分に言い聞かせるように言った。
「悩んでても始まらないわ。まずは出席扱いにしてもらえるように、お母さん、担任の凡蔵先生のところへ直接お願いしに行ってくる…!あんたも来るのよ!校子!」
校子の顔が引きつる。
(うわ……担任……)
胃のあたりが、きゅっと縮む。
(考えるだけで、お腹痛くなってきた……)
〈ステータス〉
_________________________________
名前:不登校子
状態:不登校(支援センターに接続済)
【五教科】
英語 Lv.中2 ■□□□□□
数学 Lv.中2 ■■□□□□
国語 Lv.中1 ■■■■□□
理科 Lv.中2 ■■□□□□
社会 Lv.中2 ■□□□□□
経験値取得条件:
・課題提出
・学習ログ
・理解度確認
※経験値反映には学校の確認が必要
【副教科】
音楽 / 美術 / 技術・家庭 / 保健・体育
※学習活動として接続可能性あり
※学校確認・評価対象化は未達成
【総合的な学習】
※活動内容整理中
※学校との協議が必要
【スキル】
① 保護者と学校の連携
Lv2 進行中
→学校協議フェーズへ移行
派生クエスト
☑ 担任へ制度利用を相談する
□ 学習記録の共有方法を決める
□ 担任と面談する NEW!
② ICT等を活用した学習活動
Lv1 解放
→学習ログ作成可能
③ 対面指導の実施
Lv1 解放
→支援センター通所中
※学校との連携・出席扱い手続中
④ 理解度に応じた計画的な学習プログラム
Lv1 進行中
派生クエスト
□学校とプログラムを共有する NEW!
【人間関係(パーティー/NPC)】
横道逸子:【コスプレネキ】(信頼度:Lv.2)
不登通子:【家ボス(母)】(圧:Max)
模部勇気:【ユウキ】(親密度:1)
_________________________________
お読みいただきありがとうございます。
もし楽しんでいただけましたら、ブクマ、評価や感想をいただけると今後の執筆の励みになります。




