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第10話 第一関門 担任戦RTA!

 放課後の中学校。

 久しぶりに校舎の廊下を歩くだけで、不登校子の足は小さく震えていた。

(教室に入るの……何ヶ月ぶりだろう)

 隣を歩く母親の通子が、そっと背中に手を添えてくれる。それでも心臓の音がうるさかった。


 誰もいなくなった2年3組の教室は、昼間より少し広く感じた。

 窓の外では運動部の声が響いている。

 その音だけが、やけに遠い。

(模部くんも…あっちに…いるかな)

(あ、いや…そんなこと考えている場合じゃない!)


 教室の中央に、机が二つだけ向かい合わせに置かれていた。

 担任の凡蔵昌平(ぼんくら・しょうへい)は、椅子に深く座り、机に積まれたファイルを見下ろしていた。

 四十代前半。

 だが、実年齢よりずっと老けて見える。

 疲労が染みついたような顔だった。

 目元には深い線があり、眉間の皺が常に消えない。

 表情はどこか偏屈そうで、近寄りづらい印象を与える。

 声は低い。

 目線も強い。

 怒鳴るタイプではない。

 ただ視線と空気だけで、「ちゃんとしろ」という圧を作れる教師だった。


 校子は立ったまま、小さく頭を下げる。

「失礼します」

「あー、はいはい」

 凡蔵は目を上げないまま、いかにも「面倒な仕事が増えた」という顔でファイルをめくった。


 机の上には、校子が提出した資料が並んでいた。

 eラーニングの学習ログや配信実績をまとめた学習記録1カ月分。

 そして、横道逸子と一緒に作った学習プログラムのたたき台。

 その中には、Vtuber配信を総合的な学習のテーマとして、探究の中で副教科の学びを取り入れる学習プランも含まれていた。


探究テーマ:VTuber活動を通して、不登校でも継続できる学びの形を探究する


 コスプレ制作も、家庭科や美術といった副教科の実習に位置づけられている。

 通子は校子の少し後ろに座り、静かにファイルを揃えていた。


 凡蔵は資料をめくりながら、“学校として正しいこと”を先に言った。

「お母さんから、出席扱い制度を利用したいということは聞いてますが…」

「まずは生活リズムを整えて、少しずつ登校を目指していこう」

 校子は内心で思う。

 ――出た。

 安全運転モード。

 誰にも怒られない言葉。

 学校の先生が最初に使う、防御魔法。


 校子は喉の渇きを感じながら言った。

「…登校だけを目標にするのは、違うと思います」

 凡蔵の手が止まる。

「…あ?」

「勉強、してないわけじゃないので」

 声は少し硬かった。


「学習記録もあります」

 凡蔵は咳払いをした。


「いや、学校としては、まず登校してもらうことが前提で…」

 学校としては。

 便利な言葉だ。

 責任を曖昧にできる。


 校子はファイルを差し出した。

「文部科学省の通知で…オンライン学習とかも、出席扱いにできるって読みました」

 凡蔵の眉がぴくりと動く。

「…調べたのか」

「教育支援センターの方に教えてもらいました」


 凡蔵は資料をめくる。

「まあ、“できる”とは書いてある。ただ、実際やるとなると簡単じゃねえんだよ」


 校子は少し迷ってから聞いた。

「…できないんですか?」

「いや、そういう話じゃ——」


 校子はぎゅっと手を握った。

「ちゃんとやってるのに、“来てない”だけで全部ゼロになるの、嫌です」


 教室が静かになる。

 通子が小さく視線を伏せる。


 凡蔵は数秒黙ったあと、資料をめくった。

「で、これ全部、お前がやったって?」

「はい」

「ふーん……」

 ページをめくる音だけが響く。

「いやまあ、“やってる風”には見えるけどな」

「…先生」

 通子が静かに口を開いた。

「その記録、夜中までまとめてました」

 凡蔵の手が止まる。

「提出用に整理するだけで、何時間もかかってたんです」

 通子は続ける。

「この子なりに、“ちゃんと見てもらえる形”にしようとしてました」


 凡蔵は少し気まずそうに視線を逸らした。

「…別に否定してるわけじゃねえよ」


 校子はためらわず言った。

「やってます」

「“やってる”ってのはな、学校来て授業受けて、提出して——」

「それ、形式ですよね」

 凡蔵の目が細くなる。

「…めんどくせえな、お前」


 凡蔵はファイルを閉じた。

「いいからさ、不登校特例校(現・学びの多様化学校)あるだろ。そっち行けよ。お前みたいなののための場所だ」


 通子の眉がわずかに動いた。

「先生」

 凡蔵が顔を上げる。

「それは、“選択肢”としてですか?」

 通子は静かに続ける。

「それとも、“普通の学校には合わない子”という意味でしょうか」

 凡蔵は言葉を詰まらせた。

「…いや、そういう意味じゃ」


「行きません」

 校子は静かに言った。

「…特例校が悪いとは思ってません」

 凡蔵が少し目を上げる。


 その時、校子の脳裏に、模部勇気の声が浮かんだ。

 最近は、Vtuberの話だけじゃなく、クラスの話も少しするようになっていた。

 球技大会で誰が転んだとか。

 担任がまた怒鳴っていたとか。

 どうでもいいような話ばかりだった。

 でも。

 校子は、その“どうでもいい話”が、嫌いじゃなかった。

「でも、私はまだ、“2年3組の生徒”でいたいです」


 凡蔵が問い返す。

「来てねえのに…クラスにいたい?」

「はい…登校は…してなくても」

 校子は静かに言った。

「特例校に行ったら、正直楽だと思います…でも…そしたら私…今のクラスと切り離される感じがして」

「来てねえやつを“不登校”って言うんだよ」

「でも、勉強してます」

 校子はログを開いた。

「五教科はeラーニングで毎日やってます」

 凡蔵は無言で見る。

 学習時間と正答率、振り返り。

 それと…配信台本。

 コメント分析。

 サムネイル改善メモ。

 凡蔵は眉をひそめた。


「…なんだこれ」

「Vtuber配信の改善メモです」

「なんで中二がコメント分析とかしてんだよ…」

「見てもらえないと意味ないので」

「そこだけ妙に現実的だなお前」


 凡蔵はコスプレ資料をめくる。

「…なんだこの布比較」

「光の反射で見え方変わるので」

「なんでそこ本気なんだよ…」

 凡蔵は少しだけ笑いそうになり、咳払いした。

 空気が少しだけ緩む。


 通子がほんの少し肩の力を抜いた。

 凡蔵は資料を閉じた。

「……で?」


 校子は息を吸った。

「ちゃんと、見てほしいです」

 凡蔵は椅子に深く座り直した。

「簡単に言うなよ。出席扱いとか、評価とか、そんな好き勝手できねえんだ」

 そして、ぽつりと言った。

「職員会議や高校入試で説明必要になるんだよ」


 校子は黙って聞く。


「出席少ねえのに評価ついてる理由、俺が説明しなきゃいけなくなる」

 その瞬間。

——『やってよい』と『やっても安全』は違う。

あの時の501の言葉が、校子の胸に刺さった。

 先生が尻込みしていたのは、不登校の生徒の扱いじゃない。

"説明できないこと"だった。


 凡蔵は続ける。

「ここまで資料作ってくる生徒、初めてなんだよ。だから余計に前例になる」

 校子は少し迷ったあと、言った。

「…先生によって評価が変わるの、嫌です」

 凡蔵が顔を上げる。

「ちゃんと評価基準決めてほしいです」

 そこで通子が言葉を継いだ。

「先生個人の判断ではなく、学校として評価の基準を整理していただけると、先生方の負担も減ると思うんです」


 凡蔵は腕組みしたまま沈黙した。

 通子は少し迷ってから続けた。

「…この子、昨日も眠れてませんでした」

 校子が振り向く。

「“怖い”って言ってました。でも、それでも逃げたくないって」

 教室が静かになる。


 凡蔵はしばらく何も言わなかった。

 やがて額を押さえる。

「…お前な、どこまで準備してんだよ…」

 校子は小さく答えた。

「通したいので」


 凡蔵は長いため息をついた。

「……これは俺だけじゃ決められねえ」


 数秒の沈黙。


「校長と学年主任に話す」

 校子はすぐに顔を上げた。

「資料、校長先生にも見てもらえますか」

 凡蔵は即答しない。

 通子が静かに続けた。

「学校として、一度検討していただけるとありがたいです」

 断れない。

 もう感情論ではなく、手続きの話になっていた。


 凡蔵は長く息を吐いた。

「…すぐ結論は出ねえよ」

「…だが、お前みたいにここまで準備してくるやつも初めてなんだ」

「はい」

「少し時間くれ」


 校子は小さく息を吐いた。

 全部じゃない。

 でも、止まっていたものが少し動いた。


 凡蔵はもう一度ファイルを開く。

「計画的な学習プログラム、見直す」

「学習記録のフォーマットは……とりあえずこれでいいか」

「追加で、学習した内容、時間、課題の提出状況。それと、お前自身の振り返りを書く欄を作る」

「教育支援センターにも、月ごとに学習や通所の様子を報告してもらえるようお願いする」

「家庭での様子も、保護者から分かる範囲で書いてもらえると助かる」


「それを月1回、学校に提出してくれ」

「メール添付でいい。PDFにして、俺宛に送ってくれ」

「はい」

「配信活動も… 一応、学習プログラムに残しとく」

 少し言いにくそうに、

「…コスプレ制作も」

「はい」

「ただし」

 凡蔵は顔を上げた。

「次は職員会議か…校長で止まるかもしれねえぞ」

 校子は静かにうなずいた。

「…はい」

 怖くないわけじゃない。

 でも。

 逃げたくなかった。


 凡蔵はそんな校子を見て、苦笑した。

「ほんと、めんどくせえやつだな…」

「…そこまでやれるなら、 本当は学校来れりゃ一番楽なんだけどな」

「まあ…」

「…嫌いじゃねえけどな」 


 帰り際。通子は小さく頭を下げた。

「先生」

「ん?」

「娘を、まだ…先生のクラスの“生徒”として見てくださって……ありがとうございます」


 凡蔵は少しだけ困った顔をして、

「…まだ途中だよ」とだけ言った。




〈ステータス〉

_________________________________


名前:不登校子ふとう・きょうこ

状態:不登校(支援センターに接続済)


【五教科】

 英語 Lv.中2 ■□□□□□

 数学 Lv.中2 ■■□□□□

 国語 Lv.中1 ■■■■□□

 理科 Lv.中2 ■■□□□□

 社会 Lv.中2 ■□□□□□

経験値取得条件:

・課題提出

・学習ログ

・理解度確認

※経験値反映には学校の確認が必要


【副教科】

 音楽 / 美術 / 技術・家庭 / 保健・体育

※学習活動として接続可能性あり

※学校確認・評価対象化は未達成


【総合的な学習】NEW!

探究テーマ案:VTuber活動を通して、不登校でも継続できる学びの形を探究する

※学校との協議が必要


【スキル】

① 保護者と学校の連携

Lv2 進行中

→学校協議フェーズへ移行

 派生クエスト

☑ 担任へ制度利用を相談する

☑学習記録の共有方法を決める NEW!

☑ 担任と面談する


② ICT等を活用した学習活動

Lv1 解放

 →学習ログ作成可能


③ 対面指導の実施

Lv1 解放

→支援センター通所中

※学校との連携・出席扱い手続中


④ 理解度に応じた計画的な学習プログラム

 Lv1 進行中

派生クエスト

☑学校とプログラムを共有する


【人間関係(パーティー/NPC)】

501:【謎の分析おじさん】(信頼度:Lv.1)

横道逸子:【コスプレネキ】(信頼度:Lv.2)

不登通子:【家ボス(母)】(圧:Max)

模部勇気:【ユウキ】(親密度:1)

_________________________________




第10話まで読んでいただきありがとうございました!

なお、出席扱い制度の実際の手続きについては、各学校、教育委員会に確認願います。

『面白い!』『続きが気になる!』と思っていただけたら、ページ下部の【ポイント評価(★★★★★)】や【ブックマーク】を押して応援していただけると、執筆の大きな励みになります!


明日からは、毎日1話更新になります。引き続きよろしくお願いします。


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