第11話 そのコスプレ、いつ着るの!?
担任の凡蔵昌平との面談の翌日。
教育支援センターの相談室には、午後の光が静かに差し込み、不登校子の前髪を淡く照らしていた。
校子の報告する声も、普段より明るかった。
「担任の凡蔵先生に、学習プログラム(案)、受け取ってもらえました」
「おおっ!」
「“手は加えるけど、配信やコスプレ制作も組み込めるか検討する”って…言ってくれました」
「やったじゃん!」
ぱん、と軽い音がして、二人はハイタッチした。
校子の表情が、少しだけゆるむ。
照れと安堵が混ざった顔だった。
「がんばって記録続けてよかったね」
「いえ…横道さんが、私の活動を学校向けに翻訳してくれたから…」
横道は照れ隠しのように、無言でうなずいた。
「担任も、コスプレ制作の布比較とか見て、驚いてました(笑)」
「そりゃあ、そうだろうね(笑)」
「あそこまで“着る前提”で作れる人、なかなかいないもん」
「…え?」
「ユラの衣装もそうだけどさ…あの衣装、ただ“見る用”じゃないでしょ?」
「そ、それは…可動域とか考えてるから…」
「うん。だから思ったの」
「校子ちゃん、本当は“着る側”もやりたい人なのかなって」
「ち、違います! 私は作るのが好きなだけで…!」
「ふーん?」
少し間があく。
「それより…横道さんって、どんなコスプレしてるんですか?」
その瞬間。
横道のメガネの奥で、目が“キラッ”と光った。
「私ね…コスプレするときは、“Soreko”名義でやってるの。魔法少女ものからゲーム系まで、なんでもやるわ」
「そ、そうなんだ〜」
(なんか…急にガチ勢の空気に…)
「校子ちゃん、パコスタって行ったことある?」
「!…時間貸しのコスプレスタジオ…ですよね? ない…けど…行ってみたいです。貸衣装いっぱいあるんですよね?」
「担任対決のお祝いに、連れてってあげる」
「えっ…!いいんですか?」
「もちろん。ただし——」
「ただし…?」
「宵闇ユラの衣装、持ってくること!」
「え?」
「あなた、自分がどれだけのもの作ってるか、わかってないでしょ?比較すると、たぶん色々見えてくるよ」
「それに、学習プログラムに組み込んだからには、コスプレについてもっと理解を深めないとね!」
「わ、わかりました…」
(なんか、うまく言いくるめられたような…?)
パコスタは、駅近の雑居ビル街の一角にあった。
スタジオに入った瞬間、校子の目が輝いた。
布の匂い。
ライトの熱。
衣装ラックの金属音。
「これ…素材は安いけど、可動域最優先で作ってる」
「こっちは大胆にデフォルメしてるのに、一発でキャラってわかる…むしろ“らしさ”増してる」
「これ、肩のライン…写真映え優先だ」
「こっちは、ターンした時のスカートの広がり考えてる」
横道は、その様子を少し後ろから見ていた。
(やっぱり…その見方、作るだけの人じゃないんだよなあ)
横道は以前、校子が支援センターで宵闇ユラ衣装の調整をしていた時のことを思い出していた。
「このライン、こうした方がユラっぽいから…」
そう言いながら、校子は無意識に髪を払って、ほんの一瞬だけ、“ユラの表情”になった。
あの瞬間。
いつもの“人から隠れる顔”じゃなくなった。
横道は、あれを覚えていた。
(…やっぱり)
(なら…今だな)
「じゃあ、私も着てみようかな」
数分後。
更衣室から出てきた横道を見て、校子は息を呑んだ。
銀河魔法騎士。
白銀と群青を基調にした衣装。
広がるマント。
星を模したアクセサリー。
姿勢まで別人みたいだった。
「すごい……きれい……」
「ありがと」
横道はくるりと回ってみせる。
「コスプレ界隈ってね。着るだけ、作るだけ、見るだけ、いろんな楽しみ方あるけど……校子ちゃんも、一回くらい“着る側”やってみない?」
「コスプレ衣装って、着てくれる人がいて完成するものだから」
「わ…私はいいです…」
「変身前の制服コスプレならいけるでしょ!」
「…!む、無理…!」
「まぁまぁ、私だけにこんな格好させるつもりなの〜!?校子ちゃんが“相方”やってくれたら、うれしいのに〜」
「ひい〜……」
横道は笑っていた。
——けれど次の瞬間、ふっと真顔になる。
「…ちょっと、マジな話するとね」
空気が変わった。
「校子ちゃんは、“作る専門”だけで終わるには、もったいないと思う」
横道は本気でそう思っていた。
校子は、自分で気づいていないだけで、ずっと“伝えたいもの”を持っていたのだと。
この子は、ただ衣装を作っているんじゃない。
このキャラクターなら、どんな形が似合うのか。
見る人に、どう伝わるのか。
動いた時、どんな印象になるのか。
布を選ぶ時も。
縫い目を直す時も。
ポーズを考える時も。
いつも考えていた。
ただ綺麗な衣装を作りたいんじゃない。
その先にいる“誰か”へ届けたいものがある。
それはもう、立派な表現だった。
けれど、それ以上に——
“キャラを宿した瞬間の表情”が、とても良かった。
「コスプレってね。いろんな受け取り方されるけど…私は“表現”だと思ってる」
「身体と衣装を使った、表現」
「だから、稚拙でも、未完成でも、なんでも“あり”なの」
横道は校子をまっすぐ見た。
「校子ちゃんさ。“もっとこのコスプレに相応しい自分になったら”って思ってない?」
校子の肩が跳ねる。
「“もっとキャラに近い体型になったら”」
「“不登校じゃなくなったら”」
「“自信がついたら”」
校子の顔から血の気が引いた。
(なんで……)
(なんで全部わかるの……)
横道は少しだけ視線を落とす。
「私もね、昔はそう思ってた」
「“いつか”って言いながら…結局、何年も着れなかった衣装があるの」
静かな声だった。
でも、その言葉には後悔が滲んでいた。
「でもね…」
横道は顔を上げる。
「そんな“いつか”は、絶対に来ないのよ」
校子の呼吸が止まる。
「痩せたら」
「自信がついたら」
「状況が良くなったら」
「誰かが背中を押してくれたら」
一歩、近づく。
「全部、後回しの理由」
胸が痛い。
逃げ場がない。
横道は、衣装を指差した。
「順番、逆なの」
「“このままでやっていい”って思うのが先」
校子の視線が揺れる。
(そんなの…無理…)
(だって…着たら…)
(もう、“やってない側”には戻れない気がする)
横道は笑っていなかった。
その目だけは、冗談じゃなかった。
「だから」
「もし…校子ちゃんが着たいコスプレがあるなら…」
「いつ着るの?」
沈黙。
頭の中が真っ白になる。
(逃げたい…)
(でも逃げたら…また“いつか”になる…)
横道の目は——
“過去の自分を救えなかった悔しさ”で光っていた。
校子は、半分ヤケクソみたいに言った。
「……今…」
(うわあああ言っちゃったよ!もうどうにでもなれ!!)
震えた声。
でも確かに、“自分の声”だった。
横道が、にやっと笑う。
「よし」
「怖いのはわかるよ。でも、ここにはあなたと私しかいないから」
「無理はしなくていいから」
—そう言ったくせに。
横道はそのまま、すぐには宵闇ユラ衣装を出さなかった。
〈 教室風スタジオ〉
最初に連れていかれたのは、学校の教室を模したセットだった。
黒板。
夕焼け風の照明。
並んだ机と椅子。
「うわ……すご……」
「まずは軽いやつからね」
横道は、学園系アニメの教師キャラ風衣装。
そして校子には——。
「はい、制服」
「えっ」
「変身前コスならいけるって言ったでしょ?」
「いやいやいやいや……!」
数分後。
校子は、ブレザー制服姿で教室セットの端に立っていた。
スカートの裾をずっと気にしている。
視線は泳ぎっぱなし。
「む、無理…恥ずかしい…」
「大丈夫大丈夫。文化祭だと思えば!」
「文化祭こんなのやらない…!」
カシャ。躊躇なくカメラのシャッターを押す横道。
「お、いい感じ」
「えぇぇ……」
けど。
教室セットに立ってみると、不思議だった。
ただ制服を着ただけなのに。
“背景”があるだけで、空気が変わる。
(…なんか)
(ここに立つ前より、“それっぽく”見える…?)
〈アイドルステージ〉
次のスタジオは、空気がまるで違った。
LEDライト。
ハート型モニター。
キラキラしたステージ。
「うわぁ……!」
「次これね」
渡されたのは、アイドル風衣装。
「ちょっ!?さっきよりレベル上がってません!?」
「大丈夫、露出少なめだから!」
「そういう問題じゃ——!」
そして数分後。
校子は、横道と並んでフリル付きのアイドル衣装でステージに立っていた。
死にそうな顔で。
「硬い硬い!アイドルは笑顔!」
「む、無理ぃ……!(公開処刑かよおおおお〜!)」
だが。
ライトが点灯した瞬間。
世界が変わった。
ステージ照明が衣装を反射し、
布がきらめく。
横道が軽くターンすると、スカートがふわりと広がった。
「……!」
(衣装って……)
(着る場所で、こんな変わるんだ……)
ただ服を見るだけではわからない。
空間。
光。
立ち姿。
全部込みで、“キャラ”になる。
〈ゴシックスタジオ〉
最後のスタジオに入った瞬間。
校子は、息を呑んだ。
高い天井。
ステンドグラス風の照明。
黒と深紅で統一された空間。
燭台。
古時計。
まるで、吸血鬼の館みたいだった。
「……すご……」
さっきまでとは、空気の“格”が違う。
静かで。重厚で。
それでいて、美しかった。
横道がゆっくり振り返る。
「コスプレ衣装にもね」
「“その服に合うステージ”があるって、わかってきたでしょ?」
校子は、小さくうなずいた。
そして——。
横道が、宵闇ユラの衣装バッグを開ける。
黒。レース。深紫。銀装飾。
宵闇ユラの衣装が、スタジオの中央で異彩を放った。
まるで、最初から、この場所のために存在していたみたいに。
校子の呼吸が止まる。
「で……宵闇ユラの衣装に合うのは……」
沈黙。
校子は、衣装から目を離せなかった。
(あ〜…ダメだ…)
(見たいって…)
(このスタジオで…)
(宵闇ユラを、立たせたいって…思っちゃった…)
その瞬間。
“怖い”より先に。
“見てみたい”が、勝った。
〈ゴシックスタジオ撮影スペース〉
撮影スペースながら、リングライトとカメラのみ。
背景布はなく、ゴシック調の額縁や鏡がかかった黒壁の前で、校子は、宵闇ユラの衣装を着て立っていた。
手が震える。
膝も震える。
鏡を見るのが怖い。
(見られる……)
(無理……)
(やっぱ無理……)
「はい、いくよ」
「ちょ、待っ——」
「待たない」
容赦がない。
「立って」
「背筋伸ばして」
「顔、ちょっと上」
校子はぎこちなく従う。
心臓がうるさい。
「いいから。“キャラ”になって」
(……)
(キャラ……)
(ユラ……)
(私じゃない……)
(“私じゃない誰か”なら……)
校子は息を整えた。
(ワテクシは…)
胸の奥で、 配信の時のユラの感覚が蘇る。
ユラが小さく息を吸う気配がした。
ほんの一瞬。
校子の中で、何かが切り替わる。
背筋が伸びる。
視線が上がる。
肩の力が変わる。
横道が小さく息を吐いた。
「……いいじゃん」
カシャ。
シャッター音が響く。
その瞬間——
校子の中で、何かが確かに変わった。
(……あ)
(これ……)
(怖いけど……できる……かも)
鏡を見る。
震えは残っている。
でも、さっきより確かに——
“宵闇ユラ”が、そこに立っていた。
鏡の中のユラが、静かに微笑んだ気がした。
まるで、鏡の向こうの彼女が、ずっとここで待っていたかのように。
(随分と…時間がかかりましたわね)
「ほらね。“なってからやる”んじゃなくて——」
「“やることで、なっていく”の」
校子は、小さくうなずいた。
〈ステータス〉
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名前:不登校子
状態:不登校(支援センターに接続済)
【五教科】
英語 Lv.中2 ■□□□□□
数学 Lv.中2 ■■□□□□
国語 Lv.中1 ■■■■□□
理科 Lv.中2 ■■□□□□
社会 Lv.中2 ■□□□□□
経験値取得条件:
・課題提出
・学習ログ
・理解度確認
※経験値反映には学校の確認が必要
【副教科】
音楽 / 美術 / 技術・家庭 / 保健・体育
※学習活動として接続可能性あり
※学校確認・評価対象化は未達成
【総合的な学習】
探究テーマ案:VTuber活動を通して、不登校でも継続できる学びの形を探究する
※学校との協議中
【スキル】
① 保護者と学校の連携
Lv2 進行中
→学校協議フェーズへ移行
派生クエスト
☑ 担任へ制度利用を相談する
☑ 学習記録の共有方法を決める
☑ 担任と面談する
② ICT等を活用した学習活動
Lv1 解放
→学習ログ作成可能
③ 対面指導の実施
Lv1 解放
→支援センター通所中
※学校との連携・出席扱い手続中
④ 理解度に応じた計画的な学習プログラム
Lv1 進行中
派生クエスト
☑学校とプログラムを共有する
【人間関係(パーティー/NPC)】
501:【謎の分析おじさん】(信頼度:Lv.1)
横道逸子:【コスプレネキ】(信頼度:Lv.3)
信頼度が上昇した! NEW!
不登通子:【家ボス(母)】(圧:Max)
模部勇気:【ユウキ】(親密度:1)
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