第6話 身バレ厳禁!ピンバッジひとつで致命傷?
「ふう……今日もがんばった……」
玄関のドアを閉めた瞬間、校子は、そのまま壁に寄りかかった。
横道逸子から出席扱い制度の説明を受けてから、数週間。
教育支援センターに週数回通い、横道との打ち合わせを続けていた。
並行して、通子から担任に、出席扱い制度を利用したい意向を伝えてもらい、学習記録の共有方法を検討中だった。
『保護者と学校の連携』
『ICT等を活用した学習活動』
『計画的な学習プログラム』
…
出席扱い制度の要件が分かったことで、やるべきことが見えてきた。
“学校に戻る”ではなく、“学校との接続を切らさない”ための仕組み。
理解はしている。
横道の説明も、以前ほど拒絶感はなかった。
でも――。
(学校よりは行きやすいけど、疲れるもんは疲れるんだよね……)
他人と話す。
時間通りに行く。
学習記録を書く。
たったそれだけで、HPをごっそり持っていかれる。
(でも、ひきこもってソロプレイしてても、出席扱いにはならないし……)
リビングへ向かい、校子はソファに沈み込んだ。
体が重い。
今日はもう、配信準備もしたくない。
スマホだけいじって、溶けるように過ごしたい。
そんな時だった。
―ピンポーン。
インターホンが鳴った。
「…げ」
しかも、この時間。嫌な予感しかしない。
モニターを覗く。そこにいたのは――。
「…模部くん」
プリントを持った、クラスメイトの男子。
模部勇気。
いつもの“届け係”。
先生に頼まれて、学校のプリントを持ってくる役。それ以上でも、それ以下でもない。
……はずだった。
玄関を開ける。
「あ、模部くん……プリント、ありがとう……」
「おう。先生が“今日も頼む”って」
勇気はいつも通りの調子だった。
気まずさゼロ。
逆にそれが少し腹立つ。
「あ〜…前も言ったけどさ、毎回呼び出さなくても…郵便受け入れといてくれればいいのに…」
「あ〜ごめん。でもなんか、その…手渡しのほうが、なんとなくいいかなって」
(こいつ意外に頑固だな…なんでそこにこだわるんだ…?)
校子は半目になった。
変なやつ。
別に仲がいいわけでもない。
学校でも、そこまで話したことはない。
なのに毎回来る。
しかも妙に自然体で。
その空気感が逆に調子を狂わせる。
校子がプリントを受け取ろうとした、その時だった。
「…あれ?」
「え?」
勇気の視線が玄関棚の上に止まっていた。
そこに置かれていた、小さなピンバッジ。
月城るるらのデフォルメ顔の公式グッズ。
しまい忘れていた。
「それ…」
勇気が少し目を細める。
「月城るるらのピンバッジ?」
「――っ!?」
校子の心臓が跳ねた。
「え!? も、模部くん、月城るるら知ってるの!?」
「知ってる。ゲーム実況面白いよな」
(知ってるだけ、だよね…? うん、大丈夫)
校子は、内心で少しだけ胸を撫で下ろした。
「あと、この絵師さん好きなんだよね」
「――っ!?」
一瞬で、撫で下ろしたはずの胸がまた跳ねた。
(いやあああ!!)
(絵師さんまで知ってるの!?)
(その人が私のアバター描いた人なの!!)
(言えない!!)
校子は目を見開いた。
「模部くん、そういうの見ないと思ってた…!」
勇気は少し笑う。
「うん、まあ、ゲーム実況も雑談もテンポいいし。見てて飽きないんだよな」
「…っ」
胸の奥で、何かが爆発しかけた。
言いたい。
めちゃくちゃ言いたい。
今すぐ叫びたい。
(るるらの“ママ”が、私のアバター描いてくれたんだよおおおおおおおお!!!)
だが言えない。
言った瞬間、終わる。
身バレ一直線。
配信人生、即終了である。
「あ、いや、最推しってわけじゃないんだけどさ。息抜きに丁度いいんだよな」
「そ、そうなんだ…」
校子は必死に平静を装った。
内心は大爆発している。
そんな校子を見て、勇気が少しだけ首を傾げる。
「…あ、ていうかさ」
「?」
「“模部くん”って、なんか距離あるし」
「毎回『模部くん』って言われると、なんか職員室で怒られてる気分になるんだよね(笑)」
少し照れたように笑って、でも自然に言った。
「学校の外だし、ユウキでいいよ」
「……え」
一瞬、思考が止まった。
「じゃあ…」
喉が変に渇く。
「ユウキ……くん」
「うん」
たったそれだけ。
なのに。
なぜか空気が変わった気がした。
距離が、一歩だけ近づいたみたいに。
「じゃ、プリント置いとくわ。またな」
「…う、うん」
扉が閉まる。
沈黙。
数秒後。
「…………っっっっっっっっ!!」
校子はその場に崩れ落ちた。
「な、な、な、なんで……!?」
床に座り込み、胸を押さえる。
心臓がバクバクしている。
呼吸がうるさい。
「これ…これが悪い…!」
棚から月城るるらのピンバッジを掴む。
「なんで見つけるの!? なんで知ってるの!
なんで“ユウキでいいよ”なの!?!?」
叫びながらベッドへダイブする。
「うわあああああああああああああああ!!」
枕に顔を埋め、ジタバタする。
(言いたい!言いたい!言いたい!!)
(るるらのママが私のアバター描いてくれたって言いたい!!)
(でも言ったらバレる!!)
(でも言いたい!!)
(でもバレる!!)
(ああああああああああああああああ!!!)
足をバタバタ。
布団をバタバタ。
完全に瀕死の魚である。
数分後。
急に静かになった。
「…ユウキ、くん…」
自分で言って、自分で真っ赤になる。
「む、無理……今日はもう無理…」
布団に潜り込む。
スマホが震えた。DM通知。
ポロライブ切り抜き動画。
【月城るるら、リスナーに距離感バグを起こさせる神対応まとめ】
「タイミング最悪かよおおおおお!!」
校子の叫びが、部屋に響いた。
〈ステータス〉
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名前:不登校子
状態:不登校(支援センターに接続済)
【五教科】※経験値取得不可
英語 Lv.中2 ■□□□□□
数学 Lv.中2 ■■□□□□
国語 Lv.中1 ■■■■□□
理科 Lv.中2 ■■□□□□
社会 Lv.中2 ■□□□□□
【副教科】※経験値取得不可
音楽 / 美術 / 技術・家庭 / 保健・体育
【総合的な学習】※経験値取得不可
【スキル】
① 保護者と学校の連携 取得準備中
派生クエスト
□ 担任へ制度利用を相談する
□ 学習記録の共有方法を決める
② ICT等を活用した学習活動
Lv1 解放
→学習ログ作成可能
【人間関係(パーティー/NPC)】
横道逸子:【コスプレネキ】(信頼度:Lv.2)
不登通子:【家ボス(母)】(圧:Max)
模部勇気
【クラスメイト】→【ユウキ】 NEW!
関係値:+1
称号:名前呼び解放
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