第5話 「着ないための衣装」ネキ、一肌脱ぐ!?
教育支援センターの面談室。
机の上には、横道逸子が広げたファイルやプリントが並んでいた。
出席扱い制度のファイル。
出席扱いの要件を、スキルツリーに例えて組み替えた紙。
学習記録。
先ほど説明は受けたものの、普段なじみのない単語ばかりだ。
不登校子は、その中の一枚を指先でつついた。
「じゃあ、早速、その『保護者と学校の連携』と『計画的な学習プログラム』ってやつを作る?」
横道は一瞬きょとんとして、それから吹き出した。
「いやいや、そんなすぐには作れないよ(笑)」
「え?」
説明する代わりに、横道は母の通子に聞いた。
「お母さん、今の学校側のやりとりの窓口はどなたですか?」
通子が即答する。
「担任の凡蔵先生です」
「でしたら、まずはお母さんから凡蔵先生に、出席扱い制度を利用したい意向をお伝え願えますか?」
「あわせて凡蔵先生には、校子ちゃんが現在どんな学習・活動をしているか、いまのところ学校復帰は望んでないことなどを情報共有して下さい」
通子がメモをとりつつ答える。
「わかりました」
「そこから、『保護者と学校の連携』が本格的にスタートします」
「それから…学習記録をどんなフォーマットで、どのように共有していくかも検討しないといけません」
思わず聞き返す通子。
「フォーマット…共有?どういうことですか?」
「具体的にいえば、学習記録にどんな内容を記入するか、それを凡蔵先生にpdfでメールするのか、それともGoogleドキュメントで共有して確認してもらうのかとか、そういうことです」
「共有のほうはわかりました。でも学習記録って…何を書けば良いんですか?」
「そうですね…実は決まった様式はないんです」
「だから、eラーニングの記録を生かして、そのままペーストできるようなフォーマットがいいかもしれません」
「最低限必要なのは、いつ、どんな教材を使って、どんな学習内容をどのくらいの時間やったか、ということですね」
横道はサンプルの学習記録を見せる。
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学習記録シート(サンプル)
氏名:不登校子
期間:令和○年○月○日~○月○日
日付:8/1
学習内容:一次方程式の復習
教科・領域:数学
学習時間:45分
使用教材:学校配布eラーニング教材
学習の成果:正答率82%
振り返り:基本問題は解けたが文章題が難しかった。次回は文章題を重点的に復習する。
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「なるほど…」
通子と校子が同時にうなずく。
その様子をみて、横道もうなずく。
「で、並行して『計画的な学習プログラム』を作っていくわけだけど…」
「まずは今の状態を知らないとね」
横道は指を折る。
「起床時間、生活リズム、学習がどこで止まってるか」
今度は校子が聞き返す。
「それって必要?」
「めちゃくちゃ必要」
即答だった。
「『計画的な学習プログラム』って、“あなた専用の学習プラン”だから。本人に合ってなかったら意味ないの」
「ふーん……」
「あと、“今できてること”も大事」
「できてること?」
「興味あることとか、続いてることとかね」
横道はにやっと笑う。
「校子ちゃん、VTuber配信やってるでしょ?」
校子の肩がぴくっと動いた。
「動画とか、コスプレ衣装とか。実際に見てみたいなーって」
「ぅ゙……あ〜……それは……」
視線が泳ぐ。
「なによ? はっきり言いなさいよ」
横から通子が口を挟んだ。
「せっかく横道さんが言ってくれてるっていうのに」
「いや、でも…」
校子は口ごもる。
横道は、その空気を察した。
「あ〜……ごめんごめん」
「お母さんいる前だと、話しづらいよね?」
校子は、無言で激しくうなずいた。
通子が少し眉をひそめる。
「…そんなに?」
「というわけなので」
横道は営業スマイルを浮かべた。
「少しだけ、校子ちゃんと二人で話してもいいですか?」
通子はため息をつく。
「…わかりました。お手数おかけしますが、よろしくお願いします」
「はーい」
ドアが閉まる。
その瞬間。
校子の肩から、目に見えて力が抜けた。
「そんなに緊張する?」
「…お母さん、圧が強いから」
「だよねぇ」
横道は苦笑した。
同性の自分から見ても、不登通子は強い。
姿勢。声。化粧。視線。
全部に自信がある。
保険外交員として全国上位の成績という話も、納得だった。
あのタイプの母親が家にいると、思春期女子は息苦しいかもしれない。
「で?」
横道は身を乗り出す。
「配信、見せて?」
「えっ」
「あとコスプレ」
「うっ……」
校子はスマホを取り出した。
動画一覧を開く。
『宵闇ユラの勉強配信』
『宵闇ユラの午前中に起きただけで偉い雑談』
……
そのサムネイルを見た瞬間、横道の目が丸くなる。
「え、待って」
「?」
「アバター、めちゃくちゃ可愛くない!?」
「……まぁ」
「いや、“まぁ”じゃないって!」
横道は画面に顔を近づけた。
「これ絶対プロでしょ!?」
「うん…」
「やっぱり!」
「月城るるらのイラストレーターさんに頼んだ」
「えぇ!?月城…ってポロライブのVtuberだよね?」
「私、月城るるら推しだったから…」
「あー、なるほど。古参ファン枠か」
「でも最初は断られそうだった」
「だよねぇ」
「だから資料いっぱい送った」
「資料?」
「…こんな感じで、って」
校子は足元のバッグを引き寄せた。
そこで手が止まる。
ファスナーに触れたまま、動かない。
「…やっぱ、いい」
「えー、気になる」
「いや、でも…」
校子は俯く。
数秒迷ってから、観念したようにファスナーを開けた。
黒。
白。
紫。
レース。
布の塊が、ゆっくり姿を現す。
「…え?」
横道の声が止まった。
「宵闇ユラの衣装」
「これ…実物?」
「…うん」
「いや待って待って待って」
横道は思わず両手で受け取った。
ずしりと重い。
生地が厚い。
安い既製品コスプレの軽さじゃない。
「え、自分で作ったの?」
「……うん」
横道は絶句した。
まず目に入ったのは、胸元だった。
首元まで覆う、繊細な黒レース。
透け感のあるハイネック仕様で、デコルテ部分だけが淡く浮かび上がる。
「うわ…」
思わず声が漏れる。
胴体部分は、黒いレザー調素材の編み上げ式コルセット。
クラシカルなリボン配置。
光沢の使い方が上手い。
安っぽいテカリじゃない。
配信画面で立体感が出るよう、素材を切り替えている。
しかも、縫い目が異様に綺麗だった。
「え、待って」
横道は袖口を裏返した。
「裏処理してるの!?」
「…普通するでしょ」
「いやしないよ!?」
横道は思わず声を上げた。
「中学生の“趣味”のレベルじゃないってこれ!」
校子の肩がびくっと跳ねる。
「あ、ごめん、大声出した」
「…別に」
そう言いながら、校子の口元は少しだけ緩んでいた。
でもまた、すぐ視線を落とす。
横道はスカート部分を広げた。
白サテンに黒レース。
何段にも重なったティアードフリル。
上層は光を反射する白。下層は刺繍入りの黒レース。
そのコントラストで、動いた時に陰影が出るようになっている。
「うわぁ…」
横道は思わず呟いた。
「これ、画面映え前提で作ってる…」
「…まぁ、一応」
「しかも情報量の盛り方が上手い」
レース。リボン。フリル。羽根。
装飾だらけなのに、視線が散らからない。
中心がきちんと決まっている。
そして──
「なにこれ……」
ヘッドドレス。
黒い羽根。銀の装飾。
中央には紫色の宝石。
まるで、宵闇ユラの“世界観そのもの”を切り取ったみたいだった。
(器用とか、そういうレベルじゃない)
(解釈が深すぎる…)
(この子、“キャラを創造してる”)
「…恥ずかしいから、あんまり見ないで」
校子が小さく言う。
その声には、少しだけ嬉しそうな響きも混ざっていた。
「いや無理!」
横道は即答した。
「これ、すごいよ!」
「そ、そう?」
「だってこれ、“かわいい服”じゃないもん」
「……?」
「VTuberとしてどう見えるかまで設計してる」
横道は黒レースを指でつまむ。
「銀髪が映えるように、白と黒の比率も調整してるでしょ?」
「……まぁ」
「ほらぁ!」
横道は笑った。
校子は困ったように視線を逸らす。
耳が少し赤かった。
横道は改めて衣装を見る。
そこで気づいた。
「あれ?」
「?」
「これ、サイズ…校子ちゃんに合わせてる?」
「あ…」
一瞬で空気が変わった。
「…うん」
「じゃあ着る前提──」
「着ないよ!」
思ったより強い声だった。
校子自身も驚いたみたいに、息を止める。
沈黙。
「…無理だから」
今度は小さい声だった。
指先が、スカート生地をぐしゃりと握る。
「何が?」
「こんなの、私が着ても」
「……」
「見る側は、宵闇ユラを見たいのに」
校子は、自分の二の腕を隠すみたいに掴いた。
「中身が私じゃ、がっかりするでしょ」
横道は黙った。
なるほど、と思った。
この子は、“なりたい自分”は作れる。
でも、“今の自分”には価値を感じられない。
だからアバターを作る。
だから衣装も作る。
でも、自分では絶対に着ない。
着た瞬間、理想と現実の差を突きつけられるから。
「私、お母さんみたいに美人じゃないし」
校子は俯いたまま言う。
「宵闇ユラみたいに堂々としてないし」
横道は小さく息を吐いた。
通子は、“女性として強い”。
美しさも、会話力も、営業力も。
全部を武器として扱える人間だ。
でも。
(今の校子ちゃんには、強すぎるかもしれない)
横道は衣装をそっと机に置いた。
「コスプレね」
「…はい?」
「家庭科いける」
「は?」
「あと総合学習もいける」
「え?」
「衣装制作って、普通に学習活動だから」
横道は指を折る。
「デザイン、素材研究、採寸、被服製作、情報収集、発信活動」
「……」
「しかもVTuber配信と連動してるなら、探究学習としてもかなり強い」
「学校の勉強ってさ」
横道は衣装を軽く持ち上げた。
「本当は、“こういうの”につながるためにあるんだよ」
校子の目が、少し揺れた。
「…あと」
「?」
「制作過程、配信したら絶対おもしろい」
「えぇ……」
「『中学生VTuber、衣装を自作する』って、普通に強い企画だよ?」
「そんなの誰も見ないって…」
「いや見る」
横道は断言した。
「だって私が見たいもん」
校子は、一瞬きょとんとして。
それから、少しだけ笑った。
教育支援センターに来てから初めて見る、力の抜けた笑い方だった。
横道は、その顔を見ながら思った。
(必要なのは、学習以前に)
(この子が、“自分を出してもいい”って思える場所かもしれない)
そして。
(コスプレ、ねぇ…)
横道はちらりと不登校子を見る。
(これは…私が一肌脱ぐ必要がありそうね)
〈ステータス〉
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名前:不登校子
状態:不登校(支援センターに接続済)
【五教科】※経験値取得不可
英語 Lv.中2 ■□□□□□
数学 Lv.中2 ■■□□□□
国語 Lv.中1 ■■■■□□
理科 Lv.中2 ■■□□□□
社会 Lv.中2 ■□□□□□
【副教科】※経験値取得不可
音楽 / 美術 / 技術・家庭 / 保健・体育
【総合的な学習】※経験値取得不可
【スキル】
① 保護者と学校の連携 取得準備中
派生クエスト
□ 担任へ制度利用を相談する
□ 学習記録の共有方法を決める
② ICT等を活用した学習活動
Lv1 解放
→学習ログ作成可能
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