第44話 最終話 攻略、完了ですわ
三月。
卒業式当日。
中学校の体育館は、纏まりのない緊張と高揚に包まれていた。
久しぶりに登校した不登校子は、朝から緊張していた。
母の通子も、今日はさすがに神妙な面持ちが表情に出ていた。
3学年に進級しても、オンライン授業は参加していたため、同じクラスの生徒たちは自分のことを知っている。
でも、他のクラスの生徒は、二年近く登校していない自分のことを、何も知らない。
卒業式にだけ来た、不登校の子。
よく、卒業できたね。
きっと、そう、言われるだろう。
それでも――今日は来た。
自分が、やってきたこと、支援してくれた人のことを信じて。
内申書の評定欄は、最終的にすべてきちんと評価がついた。
高い評価ばかりではなかったけれど、それでも、評価はしてもらえた。
五教科も、副教科も、総合的な学習も。
自宅でのICT学習も、教育支援センターでの学習も、全て、出席扱いにしてもらえた。
「何もしていなかった」ことには、ならなかった。
そのことに、感謝はあっても、不満はなかった。
卒業証書の授与が始まった。
校子のクラスの番になり、やがて校子も名前を呼ばれた。
「不登校子」
校子は立ち上がった。
壇上へ向かう。
中壁校長から、卒業証書を受け取る。
「不登さん、よく、頑張りましたね」
「あなたに対する支援の取組は、来年度の教育委員会の支援事例集に掲載されます」
「校長先生…」
「本校が誇れる、前例になりました」
「ありがとう」
校子は、やっと声を絞り出した。
「…こちらこそ、ありがとうございました…」
席へ戻ろうとしたところで、凡蔵が小さく声をかけた。
「…よくやったな、校子」
校子は、一瞬だけ目を丸くした。
それから、
「…はい」
小さく頭を下げた。
それだけだった。
でも。それで、十分だった。
保護者席の通子はずっと泣いていた。
最後のクラスホームルームが終わり、校子は、通子と一緒に教室を出る。
廊下には、卒業生たちがあふれていた。
その人波の中に、見覚えのある姿があった。
日神玲奈。
艶のある黒髪。
きちんと着こなした制服。
友人たちに囲まれて笑っている。
校子は、足を止めた。
一瞬。
玲奈がこちらを見る。
目が合う――と思った。
けれど。
玲奈の視線は、校子の横を通り過ぎた。
まるで、そこに誰もいないかのように。
何を思っているのか、分からなかった。
怒りなのか。
無関心なのか。
それとも、別の何かなのか。
校子には、読み取れなかった。
やがて玲奈は友人に呼ばれ、人波の中へ消えていった。
(…何も、終わらなかった)
(何も、解決しなかった)
そう思う。
でも。
(それでいい、のかもしれない)
全部が綺麗に片付くわけじゃない。
謝られることも、謝ることもなく終わる関係が、この世にはきっとたくさんある。
それだけのことだった。
校子は、小さく息を吐いて、昇降口へ向かった。
入学から二か月が経った、五月のある日。
新緑の風が、校子の髪を揺らしていた。
ブレザーではなく、私服の生徒たちが行き交う校門。
不登校だった頃には、想像もしなかった場所。
校子は今、公立高校の校庭を歩いている。
県立の普通高校。偏差値は、中くらい。
特段、進学校というわけではない。
けれど、校風はかなり自由だった。
制服はない。
髪を染めてもいい。
学校生活の細かな決まりも、以前の中学校とは比べものにならないほど少ない。
最初は、それだけで少し怖かった。
自由というものに、慣れていなかったから。
そして、ここではほとんど誰も、自分が中学時代に不登校だったことを知らない。
もちろん、同じ中学校出身の生徒はいたから、事情は噂になっているだろう。
でも、わざわざ、その話題を持ち出す者はいなかった。
それだけで。
驚くほど、息がしやすかった。
(ここでは…)
(私、普通に高校生なんだ)
同じ頃。
模部勇気も、別の高校で新しい生活を始めていた。
私立高校。情報系の設備が充実した学校だった。偏差値は少し背伸びが必要だったが、どうにか滑り込めた。
きっかけは、校子のオンライン授業参加に協力したことだった。
あれ以降、校子から動画配信の設定やアバターの動かし方で相談を受けるようになった。
頼まれるまま動画配信や3Dデータの扱いについて調べているうちに、次第に、その背後にある技術やプログラミングにも興味を持つようになった。
校子から教えてもらった、不登校児童・生徒向けのメタバース支援も、その一つだった。
アバターで仮想空間に登校したり、学習したり、相談を受けたりできる。
(これは……すごい)
配信画面を整えたり、3Dアバターを動かしたりするために調べていた技術が、誰かの居場所を作るためにも使われている。
(ここまでじゃなくても…俺も、何か作れないかな)
それから、少しずつプログラミングやモデリングを勉強するようになった。
それが自分の道なのかは、まだ分からない。
ただ、面白い。
今は、それだけで十分だった。
六月。
ある休日の朝。
校子は鏡の前で、自分の髪を見つめた。
「…やってみようかな」
少し迷って。
そして――。
髪を染めた。
アッシュグレーになった髪を、鏡の中で眺める。
(……私、こんなことするんだ)
中学生の頃なら、絶対に考えなかった。
でも、今は――。
自分で選んだ。
それだけのことなのに。
少しだけ、胸を張れた。
その時、スマートフォンが震えた。
通知あり。模部勇気からだった。
『久しぶり』
その一言に、校子は少しだけ笑った。
高校は別々。
進む道も、違った。
けれど、二か月ぶりに届いたメッセージ。
『今度、会わない?』
校子は、少し迷ってから返信した。
『うん』
翌週の日曜日、駅前のカフェ。
先に来ていた勇気が、入り口を見る。
「久しぶり」
変わらない口調、表情。
それが校子をほっとさせた。
「久しぶりだね」
そこからは、ずっとお互いの近況について話し込んだ。
「勇気くん、私立いくとは思わなかったな」
「うん、俺も(笑)。でも、毎日いろいろ刺激があって面白いよ」
「校子は?」
「私は…配信は相変わらずだし…」
「登録者、また増えてたね」
「コスプレネタの時だけ視聴者増える(笑)」
「そっちも続いてるんか(笑)」
「…」
「…」
しばらく話してから、話題が途切れた。でも、気まずい沈黙ではない。
勇気が、少し迷ってから口にする。
「そういえば……」
「うん?」
「教育委員会の研修会のこと、中学のときは聞けなかったけど…何かあったの?」
「あの後…少し配信休んでたし…」
校子の表情が少し変わる。
しばらく逡巡してから、事情を打ち明け始める。
「…501が、お父さんだった!?」
「うん」
「マジか……」
「うん」
「じゃあ、今は?」
「直接の連絡はないけど…」
「そうか…」
勇気は、それ以上聞かなかった。
「でも」
校子は笑った。
「古参のファンがいてくれるから、大丈夫」
その笑顔は、ちょっとだけ意味深だった。
「そうか…」
「なら…大丈夫か」
「うん」
勇気の視線が校子の髪に向けられた。
「そういえば…髪、染めたんだね」
校子は、少し照れくさそうに髪に触れた。
「う、うん……」
少し間を置いて。
「……どうかな?」
勇気は、校子を見る。
「似合ってるよ」
「……ほんと?」
「うん」
「ユラみたいだ」
校子の頬が、少しだけ緩んだ。
「…ありがとう、ですわ」
「出た」
「え?」
「今、完全にユラだった」
「……もう」
二人で笑った。
それは。
中学時代には、なかなかできなかった笑い方だった。
【完】
〈ステータス〉
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名前:不登校子
状態:高校一年生
【中学卒業時】
五教科:課題提出・学習ログ・確認テスト等により評価
副教科:活動記録・実技等により評価
総合的な学習の時間:探究学習として評価
内申書:評価記載済み
出席:卒業まで出席扱いとして継続認定
【スキル】
① 保護者と学校の連携Lv MAX → COMPLETE
② ICT等を活用した学習活動Lv MAX → COMPLETE
③ 対面指導の実施Lv MAX → COMPLETE
④ 理解度に応じた計画的な学習プログラムLv MAX → COMPLETE
⑤ 校長による学習状況の把握Lv MAX → COMPLETE
【人間関係(パーティー/NPC)】
501:【謎の分析おじさん】→ 後藤始【お父さん】
横道逸子:【コスプレネキ】信頼度:MAX
不登通子:【家ボス(母)】圧:MAX
模部勇気:【ユウキ】親密度:MAX
☑ 関係再接続イベント COMPLETE
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本編は、今回で終わりです!…が、あと一話、追補として本編の裏側を書いたエピソードを公開いたします。
ぜひ、あと1回だけお付き合い下さいね。




