第3話 残機ゼロ!コンティニューしますか?
マンションの階段を上がる。
一段ごとに、足が重い。
教育支援センターの帰りだった。
横道逸子に言われた言葉が、まだ不登校子頭の中をぐるぐる回っている。
「学校に行けない=終わり、じゃない」
「学校の外でやっていることも、条件がそろえば学校での学びとして扱える仕組みがある」
(あの人が言ってたことが本当なら…私の人生もまだ詰みじゃないのかも…)
フードを深くかぶり直す。
夕方の空気は少しぬるくて、部屋に帰れば全部忘れられる気がした。
今日はもう、人と話すターンは終わったと思っていた。
鍵を取り出す。
その瞬間——
「…げ」
自宅の扉の前に、人がいた。
制服姿の短髪、スポーツバッグ。
制服のネクタイをゆるくし、シャツの裾を少し出している。
部活帰りらしい軽い汗。
クラスメイトの模部勇気だった。
(なんで……なんで……なんで……!?)
校子の脳内で警報が鳴る。
模部勇気。
陽キャ寄り。
でも、クラスの中心で騒ぐタイプではない。
中心人物の少し外側で、自然に輪に溶け込んでいるタイプ。
成績は常に上位で、サッカー部レギュラー。
先生受けも良い。
女子の間でも、
「模部君って良いよね〜」
と言う人間が定期的に発生するくらいには、無難に人気がある。
——だからこそ、校子は苦手だった。
(こういう奴いるよな…)
中途半端にイケメンで。
誰とでもそれなりに話せて。
周囲に合わせてヘラヘラして。
でも絶対に失敗しない。
人生をレール通りに進んでいく側の人間。
校子から見た模部勇気は、そういう存在だった。
勇気は、校子を見るなり、
「あ、えっと……」
と、普段よりワントーン低い声を出した。
気まずさ百パーセント。
校子は反射的にフードを深く引っ張る。
「…何」
「いや、その…プリント。先生が渡せって」
そういえば、模部は同じ学区内でも近い方だった。
勇気はスポーツバッグから封筒を取り出した。
でも、なぜかすぐ渡さない。
手が止まっている。
(早く渡せよ……!
帰れよ……!
こっちはもう残りHPゼロなんだよ!)
校子の心の声は大渋滞だった。
勇気はちらっと校子の顔を見て、すぐに視線を逸らす。
その仕草が逆に、校子の胸をざわつかせた。
(なんで目そらすの……?
てか、なんで来たの……?
よりによって今日……!?)
沈黙が落ちる。
階段下から、自転車を押す音だけが聞こえた。
勇気が、ぎこちなく口を開く。
「学校、来なくなってから……プリント、結構溜まってるよ」
「……」
「先生も、ちょっと気にしてたみたいだけど」
校子の指先がぴくりと震えた。
(気にしてた……?
今さら……)
胸の奥が、じわっと嫌な感じに熱くなる。
同情なのか。
心配なのか。
監視なのか。
もう分からない。
「……だいじょうぶ、なのか?」
突然そう言われて、校子の思考が止まった。
「なにが……」
「いや、なんかその……」
勇気は慌てて手を振った。
「ごめん。変な意味じゃなくて」
余計に怪しい。
校子は無言になる。
勇気も黙る。
(終わってる、この空気…!)
(帰れ…!
頼むから帰ってくれ…!)
なのに、心のどこかが、
(でも…普通に話してる…)
と気づいてしまう。
勇気は以前と同じだった。
休み時間に後ろの席で騒いでいた時と、あまり変わっていない。
だから余計につらい。
自分だけが、止まったままみたいで。
「…プリントだけ渡すから」
勇気が封筒を差し出す。
校子は受け取ろうとして——
指先が少し触れた。
ほんの一瞬。
でも校子の脳内では爆発音が鳴った。
(やめろやめろやめろやめろ!!!)
反射的に封筒を引き寄せる。
勇気は気まずそうに笑った。
「…じゃ、また」
その“また”が、妙に胸に刺さった。
(またって何…?
また来るの…?
来るな…いや…来ても…いや来るな…!)
勇気は軽く手を上げ、階段を降りていく。
足音が遠ざかる。
校子はしばらく動けなかった。
封筒を胸に抱えたまま、玄関の前で固まっている。
「…なんなんだよ…」
小さくつぶやく。
鍵を開け、部屋に入る。
いつもの静かな空気。
母親はまだ帰っていない。
そのままソファに倒れ込む。
封筒を見る。
学校のロゴ。
大量のプリント。
その中に、一枚だけ小さなメモが挟まっていた。
『eラーニング、さぼるなって先生が言ってた』
雑な字。
模部勇気の字だった。
校子はしばらくそのメモを見つめる。
(…なんで、わざわざ)
胸の奥が少しだけ熱い。
それが何なのか、校子にはまだ分からなかった。
——ピコン。
スマホが震えた。
反射的に画面を見る。
DM通知。『501』
(……げ)
習慣で、つい開いてしまう。
501:
記録は続けているか?
そろそろ外部組織とつながれ
フリースクールでも教育支援センターでもよい
校子:
今日、教育支援センター行ってきた
501:
出席扱いの手続きをとれ
要件を確認しろ
校子:
要件って何?
501:
教育支援センターに聞け
(…雑すぎるだろ…)
校子はスマホを顔に乗せた。
もう脳みそが動かない。
教育支援センター。
eラーニング。
学校。
模部勇気。
全部が頭の中で渋滞していた。
「………無理……」
そのまま意識が落ちる。
どれくらい寝ていたのか分からない。
ふと目を開ける。
そして——
目の前にいた。
鬼の形相の母親、不登通子が。
「ひっ」
〈ステータス〉
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名前:不登校子
状態:不登校(支援センターに接続中)
【五教科】※経験値取得不可
英語 Lv.中2 ■□□□□□
数学 Lv.中2 ■■□□□□
国語 Lv.中1 ■■■■□□
理科 Lv.中2 ■■□□□□
社会 Lv.中2 ■□□□□□
【副教科】※経験値取得不可
音楽 / 美術 / 技術・家庭 / 保健・体育
【総合的な学習】※経験値取得不可
【スキル】※取得不可
(現在解放されているスキルはありません)
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