第2話 ネキとの遭遇!Vtuber配信が学習活動?
午前11時45分。
不登校子は、配信終了ボタンを押した。
「——はい、本日の『午前中に起きただけで偉い雑談』は終了ですわ」
宵闇ユラの声が止まる。
配信画面が消えた瞬間、校子は椅子にもたれた。
「……疲れた」
同時接続11人。
多くはない。
でもゼロじゃない。
コメント欄には最後まで、
《今日も来た》
《ユラ殿!生活リズム改善えらいですぞ》
《学校は?》
みたいな文字が流れていた。
《学校は?》
そのコメントだけ、まだ胸に引っかかっている。
スマホが震えた。DMの通知、一件。
『DM:501』
まただ。
501:
活動記録を書け
「うるさ……」
校子はベッドに転がりながらメモアプリを開いた。
【◯月◯日】
・9:40起床
・配信準備、台本づくり30分
・雑談配信45分
・OBS設定修正
・コメント返信
・切り抜き候補メモ
最初は意味が分からなかった。
でも、書き続けるうちに、自分が「何もしてない」わけではないと見えてきてしまった。
配信準備。
コメント管理。
サムネ作り。
編集。
ネタ探し。
全部、普通に疲れる。
「校子〜」
一階から母の声。
「今日、教育支援センター行くから準備して」
「……行きたくない」
内心では「どうせまた学校復帰の話だろ」と面倒くささが先に来た。
「めんどい」
「予約してるの」
母親の不登通子は“決めたら即行動”の女だ。
校子は大きめフーディーのフードを深くかぶり、しぶしぶ玄関を出た。
501の言葉が背中を押した。
…記録のためだ。せめて今日のことを残す材料にする。そう、自分に言い聞かせる。
教育支援センターは、市民センターの三階にあった。
学校っぽい場所を想像していた校子は、少し拍子抜けした。
本棚にソファ、観葉植物。
静かで、空気が柔らかい。
「こんにちは〜予約した不登でーす」
保険の外交員をしている通子は、物怖じせず入っていく。
「は〜い」
奥から現れた女性を見て、校子は少し驚いた。
綺麗な人だった。
ストレートの黒髪。
黒縁メガネ。
白シャツにカーディガン。
(…美人すぎない?)
校子は思わず目をそらした。
女性は柔らかく笑った。
「ここは学校じゃない場所です。緊張しなくて大丈夫」
「支援員の横道逸子です」
(変な名前…)
「名前、変ですよね。よく言われます」
「…はあ」
「人生も横道だったので、まあ合ってます」
軽い。
校子の知ってる教員っぽくない。
校子は少し警戒した。
だが横道は、席につくなり言った。
「学校、しんどかった?」
「…まぁ」
「そっか」
説教しない。
“甘えじゃない?”も言わない。
ただ、“そっか”だった。
「最近は何してるの?」
「別に」
「ゲーム?」
「動画?」
「創作?」
「SNS?」
「……配信」
「お」
横道の目が少し光った。
「どんな?」
「VTuber……みたいなの」
「いいじゃん」
「配信もしてるんでしょ?」
「してる」
「編集は?」
「パソコンとスマホで」
「サムネ自作?」
「うん」
「eラーニングとかは?」
「一応やってる」
「学校のタブレット?」
「…まぁ」
ログインだけして、動画教材を流している日もある。
でも、数学だけは少し進めていた。
「それ」
横道はさらっと言った。
「それ、普通に学習活動だよ」
「…は?」
「え?」
「いや、配信ですよ?」
「うん」
「遊びじゃん」
「遊びでも学んでたら学習」
意味が分からなかった。
学校以外で“学習”という言葉を使われると思っていなかった。
「……」
「活動記録ある?」
校子はびくっとした。
(ここでも…記録?501と同じこと言ってる…)
「あ…あります」
校子はスマホを見せた。
501に言われて続けている記録。
横道はスクロールしながら、少し真顔になった。
「ちゃんと積み上げてるね」
「……」
「偉い」
その言葉に、校子は少し視線を逸らした。
“偉い”と言われると、なぜか困る。
「…でも学校行ってないし」
ぽつりと出た言葉。
横道は少し黙って、それから静かに言った。
「私も不登校だったよ」
「……え?」
「中二から」
校子は顔を上げた。
「横道さんも、学校、合わなかったの?」
「合わなかった。あと、朝起きれなかった」
「……」
「昼夜逆転して、ゲームして、ネットして、親と喧嘩してた」
「…今、先生っぽいのに」
「先生じゃないよ。教員免許は持ってるけど、ここでは支援員」
横道は笑った。
「高校行かなかった?」
「行ってない。大検」
「……」
「今は高卒認定って名前だけどね」
さらっと言う。
重く語らない。
でも、その言葉だけで、校子の中の何かが少し揺れた。
「そのあと教育学部」
「えっ」
「遠回りしたけどね」
横道は肩をすくめる。
「だから、“学校行けない子が終わりじゃない”ってのは、本当にそう思ってる」
校子は黙った。
こういう大人、初めて見た。
“理解あります”みたいな顔をするだけの人じゃない。
ちゃんと、一回レールから落ちている。
「さて…生活リズムはだいじょうぶそうだから…」
横道は棚から一冊のファイルを取り出した。
表紙には、『出席扱い制度』と書かれていた。
校子は思わず目を止める。
「…出席扱い?」
「今日はさわりだけね」
横道はファイルを軽く叩いて笑った。
「初日から制度の話をされても疲れちゃうし」
「それはそう」
「でも、一つだけ覚えて帰ってほしい」
横道の表情が真剣になる。
「学校に行けない=終わり、じゃない」
校子は黙って聞く。
「学校の外でやっていることも、条件がそろえば学校での学びとして扱える仕組みがある」
「……そんなの、あるの?」
「あるよ」
横道は頷いた。
「例えば、その配信も」
校子は目を丸くする。
「……配信ですよ?」
「うん」
「遊びじゃん」
「遊びの中でも、人は学ぶからね」
「じゃあ、私の配信も学校で認めてもらえるってこと?」
横道は首を横に振った。
「そのままじゃならない」
「え?」
「そこには、ちゃんと条件がある」
校子は思わず身を乗り出した。
「どんな条件?」
横道は笑う。
「それを話し始めると、一時間じゃ終わらない」
「長っ」
「制度ってそういうもの」
二人とも少し笑った。
横道はファイルを棚へ戻す。
「今日は、『そういう道がある』って知ってもらえれば十分」
「……」
「校子ちゃんが今やっていることを、どうすれば学校での学びとして認めてもらえるのか」
「それは、一緒に考えていこう。今すぐ学校復帰とかじゃないから安心して」
「……」
校子は答えなかった。
でも、「学校に行けない=終わりじゃない」。
その一言だけは、胸の奥に静かに残った。
帰り際。
母―通子が、スタッフと今後の流れについて話している間、校子は入口近くでぼんやり立っていた。
「ねぇ」
横道が、そっと近づいてくる。
「?」
少しだけ身をかがめる。
内緒話みたいな距離。
「お母さんから聞いたけど……校子ちゃん、コスプレ衣装の制作もしてるんでしょ?」
「っ!?」
校子は肩を跳ねさせた。
「な、なんでバラすのあの人……!」
「ごめんごめん」
横道はくすっと笑う。
それから、少しだけ悪戯っぽい顔になった。
「実は、私もコスプレしてるんだ」
「……え?」
一瞬、理解が止まった。
「え!?」
「たまにイベントも出るよ」
「えぇぇ!?」
校子は思わず素の声を出した。
この落ち着いた支援員が?
白シャツ眼鏡の教育支援センター職員が?
コスプレネキ???
脳が処理を拒否した。
横道は、人差し指を口元に当てた。
「内緒ね?」
「は、はい……」
「今度来る時は、衣装持ってきて見せてね♥」
ぱち、とウインク。
校子は、がくがくと顔を縦に振った。
「み、見せます……!」
「オッケー!約束ね♥」
その瞬間。
横道が急に“別ジャンルの生き物”に見えてきた。
帰り道、通子は珍しく静かだった。
「…どうだった?」
「…別に。普通」
「そっか…じゃ、お母さん仕事戻るから」
教育支援センターを出たあと、通子はスマホを確認しながら言った。
「え」
「校子、一人で帰れる?」
「…帰れるけど」
「冷蔵庫にひき肉あるから、夕飯やっといて」
「は?」
「どうせ家いるんだから、料理くらいしなさい」
「急に雑」
「玉ねぎもある。ハンバーグなら作れるでしょ」
「…まぁ」
「あと洗濯取り込んで」
「うへぇ…」
「生活するのも訓練よ」
通子は営業バッグを肩に掛け直した。
「じゃ、よろしく」
通子は軽く手を振って、そのまま駅方向へ歩いていった。
残された校子は、一人で帰り道を歩く。
風が少し強い。
頭の中が、妙にぐるぐるしていた。
配信。
学習活動。
出席扱い。
そして。
『実は、私もコスプレしてるんだ』
「いや、なんなんだあの人……」
しかも絶対レイヤーとして強者感ありそう。
“たまにイベント出る”の言い方が、絶対ガチ勢だった。
あの黒髪。
あの顔。白い肌。
普通に映える。
というか。
眼鏡外したら多分かなりヤバい。
「……」
校子は少しだけ想像してしまった。
「…………」
そして顔が熱くなった。
「いや何考えてんのアタシ」
頭を振ってから、マンションの階段を上がる。
鍵を取り出した、その時。
「げ」
自宅の扉の前に、人がいた。
制服姿の男子。
スポーツバッグに短髪。
そして、やたら気まずそうな顔。
クラスメイトの模部勇気だった。
〈ステータス〉
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名前:不登校子
状態:不登校(支援センターに接続中)
【五教科】※経験値取得不可
英語 Lv.中2 ■□□□□□
数学 Lv.中2 ■■□□□□
国語 Lv.中1 ■■■■□□
理科 Lv.中2 ■■□□□□
社会 Lv.中2 ■□□□□□
【副教科】※経験値取得不可
音楽 / 美術 / 技術・家庭 / 保健・体育
【総合的な学習】※経験値取得不可
【スキル】※取得不可
(現在解放されているスキルはありません)
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