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第20話 教室にいないあいつが、俺より自由に見えた件

 宵闇ユラが3Dアバターで体育の配信をしたその夜。

 模部勇気は、配信が終わってもスマホを閉じられなかった。

 ライブは終わったが、チャット欄には最後に流れたコメントが残っている。


《すごかった》

《体育苦手だけどやってみようかな》

《これみて今日初めて体動かした》

《学校の体育より楽しかった!》

《また来週!》


 画面の向こうにいる何百人もの視聴者が、まだ熱を残していた。

 勇気はスマホを見つめたまま動けない。

(あれは…何だったんだ)

 学校の体育とは違う。

 部活とも違う。

 試合でもない。

 勝敗もない。

 なのに、あれだけ多くの人が夢中になっていた。


(学校でやることだけが…勉強なのか?)

 胸の奥がざわつく。

(不登校なのに)

(学校に来てないのに)

(なのに…)

 勇気は唇を噛んだ。

(宵闇ユラは前に進んでる)

 体育館にいない。

 教室にもいない。

 それでも、自分の足で進んでいる。

(宵闇ユラは…不登校だけど…)

(教室にいながら、ルールを疑いもしなかった俺よりも…自由なんじゃないか)

 もしそうだとしたら。

 今まで信じてきたものは何だったのだろう。


(勉強も)

(スポーツも)

(もっと自由にできるんじゃないのか)

(競うだけじゃなくて)

(別の形があるんじゃないのか)


 操作しないままのスマホ画面が暗くなる。

 そこに映り込んだ自分の顔は、少しだけ疲れて見えた。


 模部家のリビングは静かだった。

 テレビはついていない。

 父親の唯克ただかつがソファで資料を広げている。

 蛍光灯の白い光だけが紙面を照らしていた。

 風呂上がりの勇気が、髪をタオルで拭きながら入ってくる。

 いつもなら、そのまま自室へ向かう。

 だが今日は違った。

 父親の向かいに腰を下ろす。

 唯克が資料から目を上げた。


「どうした」

 勇気は少し迷った。

 こういう話を父親にするのは珍しい。

「…聞いていい?」

「いいぞ」

「不登校のVTuberの子がいるんだけど」

 唯克は資料を閉じた。

 ページの重なる音が静かな部屋に落ちる。

「学校来てないのに、自宅学習とか配信とか…そういうので出席扱いにしてもらおうとしてて」

 勇気は続ける。

「今度は校長とも話すらしい」

「ほう」


 勇気は視線を落とした。

「俺には、そういうことできない」

「何がだ」

「ルールを変えようとすること」

 言葉にすると、自分でも妙にしっくりきた。

 学校。部活。テスト。

 大会。順位。

 評価。

 勇気はずっと、その中で生きてきた。


「学校でもサッカーでも、決まってるルールの中で頑張るしかないって思ってた」

 少しだけ笑う。

「たぶん今もそう思ってる」

 唯克は黙って聞いている。

「でもあの子は違う」

 勇気は拳を握った。

「ルール自体を動かそうとしてる」

「俺には…思いつきもしなかった」


 唯克はしばらく腕組みしたまま黙っていた。

 やがて腕組みを解くと、静かに言った。

「ルールは誰が決めると思う」

「…最初に作った人、とか」

「そうだ」

 唯克はソファの背もたれに体を預けた。

「最初に作った人間がいる」

「ということは…作れる人間がいる、ということだ」

 勇気は言葉を失った。

 そんな当たり前のことを、考えたこともなかった。

 学校のルールは最初からあるものだった。

 試合のルールも。評価の基準も。

 全部、最初からそこにあるものだと思っていた。


「お前は兄たちに勝ちたいのか」

 突然の質問だった。

 勇気の肩が少し揺れる。

「勝ちたい…というか」

 小さく息を吐く。

「負けたくない」


 兄たちは優秀だった。

 勉強も。進路も。結果も。

 誰もが認める。

 比較されているわけではない。

 だが、自分が勝手に比べてしまう。


「同じルールの中で?」

 勇気は答えられなかった。

 テストの点。偏差値。大会成績。

 もしそこで競えば、自分は兄たちに勝てない。

 ずっと分かっていた。


 唯克は静かに続けた。

「一つの物差しだけで生きている人間は、その物差しが折れた瞬間に立てなくなる」


 勇気の喉が動く。


「兄たちが優秀なのは本当だ」

「だが、それは“今のルール”の中での話だ」

 唯克は息子を真っ直ぐ見た。

「お前が劣っているわけじゃない」

「お前はまだ、自分のルールを見つけていないだけだ」

 胸の奥が少し熱くなる。

 そんなふうに父親から言われたことは、あまりなかった。

「…じゃあ、どうすればいい」

 勇気は思わず聞いていた。


 唯克は立ち上がる。

 資料を脇に置き、息子の前に立つ。

「ルールを変えたいなら…」

 勇気が顔を上げる。

 唯克は短く言った。

「…あがけ」

 その一言だけだった。

 だが不思議と重かった。


「きれいにやろうとするな」

「力をつけろ」

「頭でもいい」

「金でもいい」

「人でもいい」

 唯克は続ける。

「その子が学校を動かせたのは、自分で“どうしたら学校が動くか”を調べて、そのための材料を集めたからだろう」

「あるいは、それを可能とするための味方を作ったか」

「力の形は一つじゃない」

 勇気は息を呑む。


 確かにそうだ。

 宵闇ユラは奇跡を起こしたわけじゃない。

 戦ったのだ。

 調べて。考えて。積み上げて。

 周りを動かした。


「もちろん、変えられないことも山ほどある」

「たが、ぶつかって初めてわかることもたくさんある」


 唯克は最後に言った。

「お前にはお前にしか持てない力がある」

「まだ見つかっていないだけだ」


 リビングに沈黙が落ちる。

 勇気はゆっくり立ち上がった。

 唯克は再びソファに座り資料を開く。

 いつもの夜に戻る。


 廊下へ向かう途中、勇気はふと振り返った。

「…あの子、すごいと思う」

 唯克は資料から目を離さない。

「お前がそう思うなら、そうなんだろう」

 短い返事だった。

 だが十分だった。


 勇気は自室へ向かう。

 廊下の電気を消す。

 暗闇の中を歩きながら、考える。

(俺にしか持てない力)

 まだ分からない。

 どこにあるのかも分からない。

 でも、初めてだった。

 兄たちを追いかけること以外の未来を考えたのは。


 スマホを取り出す。

 画面には、配信終了後の宵闇ユラのチャンネル。

 登録者数は、また少し増えていた。

 勇気は小さく笑う。

「俺も、探してみるか…」

 誰に向けた言葉か、自分でも分からなかった。

 ただ一つだけ確かなのは。

 今夜、自分の中で何かが動き始めたということだった。




〈ステータス〉

_________________________________


名前:不登校子ふとう・きょうこ

状態:不登校(支援センターに接続済)


【五教科】

 英語 Lv.中2 ■□□□□□

 数学 Lv.中2 ■■□□□□

 国語 Lv.中1 ■■■■□□

 理科 Lv.中2 ■■□□□□

 社会 Lv.中2 ■□□□□□

経験値取得条件:

・課題提出

・学習ログ

・理解度確認

※経験値反映には学校の確認が必要


【副教科】

 音楽 / 美術 / 技術・家庭 / 保健・体育

※学習活動として接続可能性あり

※学校確認・評価対象化は未達成


【総合的な学習】

探究テーマ案:VTuber活動を通して、不登校でも継続できる学びの形を探究する

※学校との協議中


【スキル】

① 保護者と学校の連携

Lv2 進行中

→学校協議フェーズへ移行

 派生クエスト

☑ 担任へ制度利用を相談する

☑ 学習記録の共有方法を決める

☑ 担任と面談する


② ICT等を活用した学習活動

Lv1 解放

 →学習ログ作成可能


③ 対面指導の実施

Lv1 解放

→支援センター通所中

※学校との連携・出席扱い手続中


④ 理解度に応じた計画的な学習プログラム

 Lv1 進行中

派生クエスト

☑学校とプログラムを共有する

□ 校長へ説明する


【人間関係(パーティー/NPC)】

501:【謎の分析おじさん】(信頼度:Lv.1)

横道逸子:【コスプレネキ】(信頼度:Lv.3)

不登通子:【家ボス(母)】(圧:Max)

模部勇気:【ユウキ】(親密度:1)

□関係再接続イベント発生

_________________________________



お読みいただきありがとうございます。

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