↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/15

第九楽章 The hero always arrives late.

 今この場に立っているのは、シャープたちだけだった。奴らの足元には、人間であった肉片が転がっている。壊れた装備が煙をたてて燃えている。今この場で呼吸をしているのは、私だけだった。

 バースとソプラを片付けたシャープ③が、私へと体を向けた。関節を人形のように軋ませながら。

 立ち上がろうともしなかった。気力も湧いてこなかった。ただ、身を焼き尽くすような激情が、行き場を失い燻っているだけであった。目をくらませるような憤怒が、身体中を駆け巡っているだけであった。


「……さて、と。」


 シャープ③はそう呟くと、ゆっくりと歩みを進めた。一歩一歩、殺された隊員たちを踏み潰しながら。その四本の足で窪んでいく大地が、赤く汚れていた。

 そのシャープ③に続くように、シャープ②もまた、ぞろぞろと集い始めた。

 もうすぐ、シャープ③の手が私に届く。長く伸ばされた手が私の目前に迫った時……


 大地を響かすような轟音と共に、一筋の閃光が飛び込んできた。

 シャープ③の腹部へと、銀色の大剣が突き刺さったのが見えた。


「……エルケー、ニヒ……!」


 憎悪のこもったシャープ③の声が、薄れゆく意識の中で頭に響いた。シャープ②を率いて逃走する③を追いかける最高司令官の後ろ姿は、名画に違いなかった。


──────R国ピアニッシモ医療機関第一総合病院──────

 規則的に鳴る機械音。ぽとぽとと垂れる点滴の水音。そして、色のない部屋。私は硬いベッドに寝かされていた。たった今、意識が浮上したところだ。

 全身が痛い。動こうとすると鈍痛が走る。息を吸う。肺に痛みを感じた。手を握ってみる。握れなかった。頭だけを動かして周囲を眺める。何もない。真っ白な空間が続いている。もちろん、壁やカーテンはあったが。

 私は生き残ったのか。リコルダは無事なのか。シャープ③はどうなった。いろんな疑問が湧き出す。もう一度、周囲を眺める。私以外の患者はいなかった。四つのベッドがある病室。私はそこにただ一人。

 寂しかった。言いようのない孤独感が胸を満たす。果てしない後悔に身を押し潰されそうだった。死にたかった。殺して欲しかった。もしかしたら、あの二人は生きているかもしれない。そんな起きるはずのない妄言を心の支えにしてしまうほどには、私はもう正常でなかった。


 遠くから足音が近づいてくる。一歩一歩が大きく、毅然とした歩き方。それは私の病室の前で立ち止まると、扉をゆっくりと開けた。目だけでそちらを見る。そこには全身を血で汚し、握り拳を振るわせた、エルケーニヒが立っていた。彼女は私のベッドの横にある椅子に腰掛けた。

 何を言おうか迷っている様子で、天井を仰いだり、私の顔を見つめたり、自分の握られた拳を見ていたりしたが、決心がついたのか、舌打ちをしたのち、低く怒りのこもった声で話し始めた。


「……リコルダは半分が死亡、一名は行方不明、残りは重症。フォルテ殲滅部隊は半数が死亡。……フォルテ全体で見れば、およそ戦力の半数が死亡または戦闘不可。お前は……いや、私は……。」


 そうだ。彼らは死んだ。仕方のないことだった。シャープ③は強大すぎた。

 彼女の握りしめたベッドの手すりが、みしゃりとひしゃげる。鉄カスが散っていった。エルケーニヒはため息をつき、どこか遠くへ目線をやった。


「……はぁ。もういい。……私がもう少し速ければ、間に合っていた。実際、耐えることには耐えていたようだったから。……お前は休んでおけ。私はフォルテの後始末を行なってくる。」


 そう言って彼女は立ち上がったあと、振り返りもせずに病室を出ていった。だんだんと遠ざかっていく足音に、私は再び一人と言うことを実感し始めた。時計の無機質な呼吸音だけが、この閉じられた世界に残された。


 私は思考する。深く、自分の中へ沈み込んでいくように。心臓が焼かれるような痛みを感じて、目を閉じた。


 どれだけ経ったか、また足音が耳に入る。だが、エルケーニヒのものではない。もっと小柄な人間だろう。足取りは重く、何度か立ち止まった後、私の病室の扉を開いた。


「……久しぶり、テノル。」


 よろよろと足元もおぼつかない様子で歩み寄ってきた。顔は青白くなり、腹部に深い傷を負っているのか、腹に巻いた包帯に血が染みていた。顔だけは無理に笑おうとして、変に歪んでいた。枯れ木のようになってしまった足は、消耗を感じさせた。

 彼は私の隣のベッドに座った。椅子はエルケーニヒが壊してしまっていた。お互いに言葉を発さず、時間だけが刻まれる。今はこの二人だけがリコルダなんだと、どうしようもない欠落を覚えた。体が動かないことが、私が話さずにいる正当な理由になっている気がした。

 しばらくして、アルトは腰を上げた。立ち上がって、数歩よろめく。


「……じゃあ、またね。……今度こそは……。」


 何かを言いかけたが、途中で口を一文字に結び、俯いた。そして、こちらを寂しげに横目で流し見た後、走り去っていった。

 心に残った罪悪感と閉鎖感が、鎖を外れていく。窓から差し込む夕焼けに、私は手が届かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。