第十楽章 駆け巡る速さの名を
怪我はすっかり完治し、私は再び戦場に戻っていた。今ではフォルテ本部から直接、エルケーニヒと共に出動している。リコルダの事務所には戻らなかった。もう誰もいない。行く意味がなかった。
久しぶりに体を動かしたせいか、節々が痛む。ただ、次第に慣れていくだろう。ヴィヴァーチェは運良く残っていた。エルケーニヒが言うに、勝手に戻って来ていたのだそうだ。遺物の力とは不思議なものだ。
シャープが出現したという報せを受けて、私は第一地区北に向かっていた。到着した場所には、私一人しかいなかった。二桁ほどのシャープ①と、それをまとめるシャープ②が一体。よくある編成だ。北の石壁を睨みつけるそいつらの中に、私は切り込んだ。
握られたヴィヴァーチェに反応するように、心の中で火種が燻るのを感じる。焼けるような痛みが、ぼやけかけた頭の霧を晴らしていく。今の私には、何もかもが見えていた。
「……一体、もう一体。更に二体。」
背後からシャープ①が鉤爪を振り下ろしてくるが、その前に腕を切り落とす。横からも何体かが私を突き刺そうと手を伸ばすが、こちらも切ってしまえば関係はない。そして、切り落とした腕が落下する前に、その上を走り、シャープたちの首を切りに行く。冷たい緑の血が噴き上がる。
手に握ったヴィヴァーチェが、その炎を大きく揺らめかせる。赤く赤く染まった刀身は、周囲を焼き尽くす。切断する。これでシャープへ切り込むときのあの感覚が、実に心地よい。
こうして私はシャープたちを狩っていた。仲間の敵討ちをしているようで、とても満たされた。しばらく、アルトとは出会っていなかった。彼は何処へ行ってしまったのか。それは知らなくてもいいと思った。
全てのシャープが灰になったのを見て、私は炎を鞘に収めた。夕焼け空に目を細める。地平線の向こうへと沈んでいく太陽。明日も同じ姿で昇る太陽。私たちもあの太陽のように、もう一度……。
そんな不要な考えを浮かばせてしまったことに、少々バツが悪くなる。今の私は幸福であり、戻らなくてもいいのだ。
ヴィヴァーチェが陽炎を纏って、薄く揺れる。遠くの像が歪む。ほうけたような状態でそれを見つめていると、心の中の迷いが消えていくような気がした。全身に重たく、のしかかっていた何かが流れていく。
ふと、遠くから聞き覚えのある足音が聞こえてきた。大地を打ち鳴らす、巨大な足音。無意識のうちにヴィヴァーチェを抜き放っていた。燃える刀身の炎が、手首までつたってくる。灰のスーツが黒い焦げを作ったのが見えた。
体にだんだんと熱が溜まっていく。蒸気機関のように、全身へと力が行き渡っていく。
「……お久しぶりですね、シャープ③。会いたかったですよ。」
大量の死骸の上に腰を下ろす私の前に、奴は現れた。枯れ木のようなその体を、重心がないかのように揺らしながら。顔のパーツが人間とかけ離れているせいで、シャープ③がどんな表情をしているか判断に困るのが残念だが。
「こっちこそ、久しぶり。……だいぶ変わったね。」
「あなたのおかげ、だと言っておきましょうか。感謝していますよ。」
心から溢れ出す烈火が、腕の血管を通じてヴィヴァーチェへと注がれる。炎はより赤くなり、不安定に揺れている。火力だけは増したようだ。思わず口角が上がる。
決着の時。ヒーローとは遅れてやってくるものだ。拍数が上昇していくこの熱に、私は英雄の神力を重ねていた。
「……決着を。」




