第十一楽章 Their name is…
眼前に立ちはだかる、憎悪すべき相手。仲間の仇。何もかもを奪っていった災禍の象徴。私と共に戦場に立っていた戦友たちを皆殺しにした、あの日の偶像。
シャープ③を前に、私が立っている。あの日と同じだ。ただ、私しかいないという点を除けば。
涼しい風が吹き抜ける。枯葉が宙をまった。
静かに時が流れていく。秋の乾いた空気と、夜に近づく冷たい日差しが、私とシャープの間に存在している。後ろへと通り過ぎていった枯葉が燃え落ちた。
金属の甲高い打撃音。私はシャープ③へと切り掛かっていた。それを、シャープ③は片腕で弾く。その勢いに飛ばされるも、倒れることなく着地した。
周囲を囲むビル群。隙間から夕陽が顔をのぞいている。
今度は、あの枯れ木みたいな脚を狙う。アスファルト固めの地面の上を駆ける。大きな図体により早く動くことができないシャープ③は、頭だけを動かして私を追った。
大きく左から回り込む。すると、シャープ③は右腕を高く上げ、迎撃の体勢をとった。急な方向転換で一気に距離を詰めた私へと、その凶悪な爪が振り下ろされる。
「……石などを投げれば……。」
低姿勢になり、地面からコンクリートを持ち上げる。それを、迫る鉤爪へと放り投げた。右肩だけを使って投げたが、相手の手を弾くだけなら十分だった。振り下ろされた腕は全くの別方向に弾かれ、シャープ③は大きな隙を晒した。
だが十分ではない。奴の左腕から、黒い魔術の光が見える。対象は私、おそらく、闇魔術の物理攻撃類だろう。
「ネロ・ランチャ。」
そうシャープ③が呟くと、魔力の高まった左手から黒い魔術の槍が射出された。それを身軽にかわす。私の体スレスレを通り過ぎていった槍たちは、後方へとすっ飛んでいった。
「……引っかかると思いましたか?」
私はその場から大きく横方向に跳躍し、シャープ③との距離は変えないまま、場所だけを移動した。そして、黒い槍によって基盤を崩されたビルが、私の元いた場所に倒れた。砂煙が立ち上り、破片が飛び散る。
ヴィヴァーチェが赤く発光し、周辺の煙を焼き払う。その場で回転し、視界を晴らす。
「……やっぱり、君は天才だと思うよ……。」
デカい図体のくせに、シャープ③は魔法陣を六つほど展開した。魔術を使う怪物なんて初めてだ。これも知性のなせる技なのだろうか。深淵が顔を覗かせる。
あの魔術は、使用するまでに時間がかかる。だから、その間に懐に潜り込んでしまえばいい。その状態で使用すれば、無駄に範囲が広いから、自分まで巻き込むことになる。
埃っぽいような鉄臭いような、そんな匂いが鼻をつく。足に熱が溜まり、勢いよく地を蹴った。体を右に捻り、すぐに斬撃が放てるように体勢を整える。
これは予想していなかったのか、シャープ③は慌てて両手を使い、ガードを行った。鈍い金属音。火花が散る。今度は弾かれない。そのまま自分から下に落ち、股下へと潜り込む。四本の足が私を潰そうと地団駄踏むが、私はもうそこにはいない。背後に回り込み、下を覗く首へと、炎を纏った剣撃を打ち込んだ。
ぐらりと巨体が揺れる。
シャープ③は首の痛みに悶絶しながらも、頭を半回転させてこちらを向いた。
「いったぁ……くっそ、なんてことをしてくれたんだ……。」
「後で湿布でも貼ったらどうですか?貴方用のものが売っているかは知りませんが。」
宙に未だ留まっている私を捕らえようと、左右から手が飛んできたので、勢いよく後転をし、回避する。体を蹴られた衝撃で、またもシャープ③は体をぐらつかせた。大地に降り立ち、私はもう一度標的へと狙いを定めた。
「……まさか……もう……いや、ならやっぱり早く済ませないと──」
一人ぶつぶつ呟くシャープ③。今がチャンスともう一度駆け出した時、遠くから大きな足音が響いてきた。大地を揺らす力強さ。まるで、シャープ③だ。荒々しく戦車を地面に叩きつけているような、そんな音と衝撃だった。
「……何をするのです?」
私の問いかけに気づいたのか、シャープ③は思索から顔を上げ、一回頷いた。
「そうだね、やっぱり、もっと戦力を投入したらいいんじゃないかな、と思ってね。」
高いビルが建っている。その向こう側から、どんどん足音は近づいてくる。時刻はすでに夜の八時を回っていた。太陽の光はもうない。
「……来ていいよ、バース、ソプラ!」
ビルが倒される。その向こうから現れ出たのは、彼らによく似た、二体のシャープ③だった。
「これで、リコルダが揃ったね、テノル。また、あの時の日常を送りたくなってこない?」
心の内側で、何かが爆発する。星が散る。太陽が全てを焼き尽くす。気づけば、目から熱い涙がこぼれ落ちていた。ヴィヴァーチェを起点にして、炎が全身に回っていく。だが、不思議と熱くはない。むしろ、心地いいぐらいだ。
心の底で抑圧されていた何かが、自我の殻で包んだ何かが、その勢いを増す。体を包む炎だけではない、内側で煉獄が芽を出した。
そして、弾ける。心と体が繋がったような、一体感とともに、全身が焼かれる苦痛が直に神経を撫でる。うねる赤き炎の流れが、左肩、右腕、左足の皮膚を突き破り顔を出す。周囲へと散っていく火の粉は、どこまでも吸い込まれそうに、怪しく光っていた。
「……え……なんで、こんなにタイミングが悪いんだよ……。」
シャープ③が悪態をつく。しかし、その表情は、星のない夜空のような寂しさを感じさせた。
どこからか出てくる懐かしさと、心を埋め尽くそうとする孤独感を焼き払い、私は大地に足をつける。コンクリートの隙間から空を見上げていた、白色の花が炎で焼け落ちた。
「……私からも、名乗らせてもらいましょう。この力……疾き灼熱より……【アレグロ】。」
剣を振る。まるでオーロラのように残った残像が、炎を雫のように垂らした。




