第六楽章 耳を切り裂くような静寂
この怪物を止めるためには、おそらくだが多くの犠牲を払わねばならないだろう。全員生存で、封殺など、夢物語にも等しい。私たちにできることは、あくまでエルケーニヒが来るまで耐えること。勝利は目的としていない。適度な後退、適度な防衛。戦況に合わせ、的確な指示を行うのみ。
「総員、防御体制を取れ!これから私が指示を行う!シャープ③から距離を取り、ターゲットをばらけさせろ!」
フォルテ戦闘員が一斉に動く。シャープ③を包囲する陣形は変わらず、その囲う円だけが広がる。そして、各々がシールドを張り、対斬撃装甲を身につける。やらないよりはマシ、と言うレベルではあるが、それで死亡率が下がるならやらない手はない。
そして、時間だけが過ぎていく。シャープ③は動く気配を見せない。こちらもまた、待ちの姿勢だ。こう着状態のまま、睨み合う。
「……このまま何も起こらなければいいんですが……。」
エルケーニヒの到着までの時間さえ稼げればいい。シャープ③が動かないことがむしろ好都合だった。まだシャープ③の能力も性質もほぼわかっていないこの状況、下手に動けば見知らぬ力で即死する可能性だってある。この戦いが終わったら、特徴を書き記しておこう。
すでにバースとソプラは私と離れ、フォルテ戦闘員の補助にまわっていた。息を呑むような静寂の中で、二人の足音や戦闘員たちの呼吸音が聞こえてくるような気がした。
そして……この停止した空間に、一石が投じられた。ぐらり、と水の入った水筒が倒れるみたいに、シャープ③が体を揺らした。細く縦に伸びた体、木の枝のように分かれた腕。攻撃範囲は、想定の二倍ほどであった。
私から見て斜め前方、二つの街路樹の間に待機していた部隊のうち二人が、無残にもその身を切り開かれていた。赤く飛び散った鮮血が、雨のように降り注いだ。
「──っ、速い──!」
ほんのわずかな時間だった。枯葉が風に吹かれてどこかへ飛んでいくのを誰も知らないように、あの隊員も、その命が失われる瞬間を誰も知らなかった。広場からシャープ③は動いていない。上半身を倒すだけで、広場内の全てに手が届く。
「ソプラ、前線に出る隊員に保護魔術をかけろ!バース、地術で地形を変化させ、動きを抑えろ!」
「わかった!」
「了解だ!」
バースが高速で詠唱をすると、広場内の地面に動きが見られた。だんだんとシャープ③を取り囲むように大地が隆起していく。それと同時に、突撃部隊に水色のバリアが張られる。
「怯むな!今下がれば他のものが被害に遭う!我々が食い止めるのだ!」
隊員たちは怯えていない。いや、怯えている暇がない。ここでは、心に隙がある人間から死ぬ。前だけを見て、己の命を賭けて敵を食い止める覚悟をした。
まだふらりふらりと揺れているシャープ③は、一体どこを見ているのかわからない顔を、蛇口のように捻って、周りを確認している。垂れ下がった腕はどこを掴むでもなく、どこを破壊するでもなく、ただ空を漂っていた。バースの魔術で足が絡め取られたか、一切中央から動いていない。
ポケットの中で、電話が震えた。エルケーニヒからだ。
「……テノルか。あと数分で到着する。」
電話の向こうでは、瓦礫が崩れる音や、風を切る音が鳴っていた。




