第五楽章 アンダンテ
耳を刺すような甲高い警報が鳴り響いた。朝食を終え、そろそろ仕事に取り組もうとしていたアルトを除く三人は、異様な事態に動きを止めた。手持ちのデヴァイスから、警告音が鳴っている。
ヴーヴー、と数回バイブすれば、画面にはフォルテ最高司令官エルケーニヒの文字が浮かんでいた。テノルは震える指先で、電話を受け取る。
「……こちら、リコルダ。命令内容をお伝えください。」
バースとソプラが、固唾を飲んで見守っている。エルケーニヒが返事をするまでの時間が、嫌に長く感じられた。染み入るような静寂と騒々しさの中、彼女の口は開かれた。
「至急第四地区に向かえ。万全の準備をしろ。……私が到着するまで、時間を稼げ。」
わかりました、とだけ返し、電話が切られた。残響したコール音が、心臓の鼓動と重なっていて、妙に胸をそわそわさせた。朝日がアルトのデスクに差し込み、ペンを照らしている。
「…行きましょう、みなさん。迅速に準備を終え、第四地区中央広場へ。」
二人は覚悟を決めた面持ちで頷いた。よりにもよってアルトがいないなんて、とは誰も言わなかった。黙々と自室で出撃準備を進める。金庫の中で眠りこけているヴィヴァーチェを叩き起こし、腰に提げた。燃えるような熱気が、鞘越しにも伝わってくる。光の届かない部屋の中では、どうも孤独を感じる。
「準備はできたか?アルト、ソプラ。俺はもう大丈夫だ。」
「十分。いつであっても回復にまわれるように、ポーションも持った。」
玄関前で、互いにチェックをする。念には念を入れなければ、死ぬ。一通り確認し終え、テノルは扉を開けた。湿った空気が背筋をなでた。思わず身震いする。
「……バース、高速転移魔法を。」
「了解。」
右手を挙げた彼の足元に、黄土色の魔法陣が展開される。それは子機のように分裂体を生み出し、残る二人の足元にも広がった。ぎゅうっと窄まるようにして、影を飲み込んでいく。魔法陣が点のようになるころには、三人の姿はどこにもなかった。
──────第四地区中央広場──────
それはそれは凄惨な光景だった。緑が広がる中央公園。その木一つ一つに、誰かしらの死体の肉片がかかっていた。まるで、クリスマスツリーのデコレーションみたいに。
ふだんは老人子供などによって憩いの場となっているこの広場。それが、今は戦場と変化していた。フォルテの部隊が多数、広場を取り囲むように配置され、中央の巨大怪物に向かって火薬兵器を構えていた。たった一体の怪物に対して、フォルテ殲滅部隊のおよそ半分程度の人員が配備されている。異常なことだった。
「……覚悟は、できていますか、ふたりとも。」
震える左手を噛み、なんとか落ち着かせる。バースとソプラの様子を伺えば、彼らもまた、極度の緊張に体を震わせていた。なぜよりにもよって、アルトがいない日に。そう思っているのだろう。
「…っ、できている。いつでも魔術を最大火力でぶっ放す準備は完璧だ。」
「今回は私がサポートもやります。……アルトの分、ちゃんとカバーしてみせる。」
周辺部隊と確認を取りあい、今の状況を簡潔にまとめた。被害者は計測不能、予想される損害は甚大。そして、敵は──
「……シャープ③。」
聳え立つビルのような大きさの、その怪物は、にたあと笑った気がした。




