第四楽章 微妙に不味い料理
「よし決めた!今日はボクが料理するよ!」
リコルダのオフィス内の空気が凍った。ピキーンと、分子運動が停止されたみたいに。パソコンに向かって事務作業を行なっていたテノルが、ぎこちなく首を動かし、アルトの方を向いた。
「……正気ですか?あの、嘘だと言ってはくれないのですか?」
他の二人は、ただ黙々と自分の作業に集中していた。なるべくこの現実を見ないようにと、必死に。椅子から立ち上がったアルトは、浮かれたような調子でキッチンに向かった。
「………みんな、逃げない?」
そのソプラの提案に、バースもテノルも乗りかけた。だが、あのアルトのことだ、必ず追いかけてくる。そもそも、家はここなのだから、帰ってきた時に必ず会う。意味がなかった。
「ふぅ〜、………はぁ〜………。」
大きなため息が、バースから一つ。ポケットをまさぐり、何かを探すそぶりをしていたが、何かに気づいたように肩を落とした。彼のデスクの上のライターは、もうとっくに燃料が入っていなかった。
「………明日の天気は、晴れらしいですよ。気温もちょうど良いそうです。」
「うん……明日まで生きていたいな。」
キッチンからじわじわと床を這ってくる、紫色のオーラ。決して料理のエフェクトではない。魔術か何かだ。わずかにそのオーラから魔力を感じる。ぐつぐつと何か煮えている音と、酸っぱい焦げの匂いが鼻をついた。
「………料理に補助呪文をかけるとは………壊滅的だ、ああ。」
そうしてしばらくしたのち、いよいよその料理らしき毒物が運ばれてきた。鍋。そう、鍋。玉虫色の光沢を出している煮汁。漂う形容し難き匂い。少しだけ、血の池地獄が見えた気がした。
「ささっ、食べて。」
エプロン姿で満面の笑みを浮かべる。こいつは食わないのか、味見はしたのか。そんな不満が渦を巻いている。ダイニングテーブルの上に置かれたそれを、三人で小皿に取り分ける。なるべく自分の分が少なくなるように調節し合って。
鍋の中でぷかぷかと浮いている、小魚の頭がこちらを向いた気がした。いや、向いた。まだ生きている。なんなら泳いでいる。
「………い、いただきます………。」
「………いただきます……。」
「いただきます………。」
三人揃って、口に汁を放り込んだ。舌を刺すような不快感と共に、ダクトのほこりを詰め込んだような匂いが口内に広がる。吐き出しそうになるのを抑え、なんとか嚥下すると、脊髄に微弱な電流が走ったような気がした。腹の中で鉛が沈んでいるような感覚。最悪だ。
「………うっ……。」
テノルが倒れた。バタンと、真横に。お茶碗とスプーンはテーブルの上に置いて、汚さないように気遣いをしてくれた最期だった。
「て、テノル───!」
(注:この後、ソプラが治癒魔術を全力使用して、テノルは一命を取り留めました)




