第十五楽章 モドゥラツィオーネ
私の力が、空気を震わせる。エネルギーが溢れ出し、制御できない。炎となって具現化する感情の激動が、世界へなだれ込んでいく。空気すら焼き、空中に炎が浮かぶ。深く息を吐くと、それは炎になっていた。
ようやく集いそうになったシャープ③へと、ヴィヴァーチェを向ける。腰を落とし、強く地面を蹴った。
それは一瞬のことだった。誰にも見えていなかった。音が聞こえたときには、もう到達していた。シャープ③の腹に、深々とヴィヴァーチェが突き刺さる。遅れて衝撃波が伝わり、シャープ③の巨体が吹き飛んだ。
「アルト!?」
ソプラ型シャープが吹き飛ばされたシャープ③へと駆け寄る。彼女の手から、淡い光がシャープ③へと注がれている。ソプラらしい、苦痛の少ない回復魔術だ。
しかし、このままそれを眺めているわけにはいかない。私はさらなる一撃を加えるため、再び突進の体勢をとった。また、炎とともにシャープ③を貫こうと跳躍したとき、私の眼前に巨大な土の壁が形成された。突然現れた障壁に私は激突したが、固くはなく、ただ速度が緩み、土の中に埋もれただけだった。
「……やはり、あなたはバースなのですね。」
「今更過ぎないか?だいぶ前から俺ってわかる行動しかしてなかったと思うんだが。」
「今のは確認です。初認識と再確認の区別ぐらいつけましょう。基本ですよ。」
土の山から抜け出し、右方向に立つバース型シャープへと顔を向ける。彼の姿はすっかり変わってしまったが、独特の雰囲気というか、全体の印象はあまり変化していない。だから余計に寂しい。
「生憎ですが、私の邪魔をするなら、殺さねばなりません。まだ私の仲間だと言うなら、シャープ③の首に手をかけさせてください。」
「そりゃあ、出来ねえ相談だな。わかるだろ、俺がアルトを見捨てられねぇの。」
「まだあれをアルトと呼ぶのですね。リコルダを裏切り、多くの隊員たちを殺した背組者だというのに。」
バース型シャープは顔を歪めて悲しそうに笑い、魔法陣を展開した。黄土色の魔力が込められていく、大小さまざまな文様。このまま待っていれば、確実に死に至ると確信できるほどのプレッシャーがそこにはあった。あくまで、このまま待っていれば、だが。
私は大きく息を吸い込み、全身を巡る炎に酸素を供給した。爆発的な燃焼が、体へと熱エネルギーを与える。筋肉が力を受け取る。ヴィヴァーチェを握った右手を大きく引き、そして、右半身を前に出しつつ突撃した。バース型シャープは体の中央をぶち抜かれ、だが、それを認識できず、少し遅れて困惑と苦悶の表情を浮かべた。大きな胴体に、焼け焦げた風穴が空いている。
「あなたもシャープ③に歪められたのですか。なら、殺すしか手段はないですね。どうも、正気に戻ろうとする意思はないみたいなので。」
「……俺には……お前がアレグロで歪んでいってるようにしか……見えないが。」
「ええ、そうだと思いますよ。ですが貴方がたよりは、世界のための行動をしています。」
バース型シャープの体を貫通し、そのまま背後にいた私は、苦々しく振り向く彼の一挙手一投足を観察していた。否定するときに軽く首を振る癖、振り向くとき右足を少し高く上げる癖。どれもこれも、バースと同じだった。全くもって一緒だった。
私は脳天を叩き割るために、左腕を高く上げ、右足で屈んだ。剣先に意識を集中させ、綺麗に裂けるように。そして私は飛び上がった。バース型シャープは私を目で追おうとしたが、太陽と私が重なったせいで、私のことを完全に見失った。このまま振り下ろせば、彼はアジの開きになる。
剣とその脳天が触れ合う刹那の前、私の体は後ろへ大きく弾かれた。シャープ③の仕業。そう直感でわかった。念入りに準備された防護壁は、いくらこの力といえども破るのは困難だ。
「ごめん、バース。遅れちゃって。」
「構わねえ。ソプラ、早く治癒してくれ。」
「はいはい。いつも人使いが荒いんだから。」
シャープ③たちが、集結する。一箇所に、シャープ③のところに。
心臓が跳ねた。背中を冷たいものが走った。体温は高いというのに、冷や汗が流れる。手は震え、呼吸が荒くなる。本能的な恐怖が喉の奥から迫り上がってくる。
「何を……しようと!」
私の問いかけに、シャープ③は答えた。膨大な魔力と、それとは違うアレグロにも似た力が、アルトへと吸い寄せられていくのを感じる。風がアルトへと吹き、私は地面へと伏せた。背後からコンクリート片たちが飛んでいく。
「……昔のお話。つまらないものだよ、ボクにとって。」
シャープ③の心臓部位が、核が光り輝く。それは禍々しいものではなく、金色の、ある種神々しさを感じさせるものでもあった。
「でも、これを使うしかないかなって思って。嫌いは嫌いでも、せっかくボクに与えられたチャンスなんだから。」
大地に大きなひび割れが生じる。シャープ③から核が飛び出し、その割れ目へと潜り込んだ。残されたシャープ③の体は崩壊し、大地へと溶け込んでいった。ソプラ型シャープとバース型シャープは、いつの間にかその巨体を消し去り、影も形もなくなっていた。ただ、この場から走り去る二人の人影を、私は目にしていた。
「……ああ、これは懐かしい気がしますね。……とても最悪な気分ですよ、シャープ③。」
黒い闇の中から、咆哮が轟く。うねる触手が地上へと這い出て、段々とその全貌が明らかになっていく。大地より生まれ出しその巨竜は、冒涜的だった。神話のミドガルズオルムを想起させるような、悍ましくも猛々しいその外見。この世がひっくり返ったような衝撃と、絶望的状況への理解が私を襲った。
そうか。誰も、③までしかないとは言っていなかった。




