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造物のアルス  作者: おのい えな


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第98話

 翌朝。

 食堂は早い時間から人が多かった。

 配膳台の前には列ができ、皿の触れ合う音が途切れない。

 窓の外では、祭りの飾り紐が風に揺れている。

 笑い声が遠くにあり、けれど学院の中はいつも通りの匂いがした。


 アルスは、同じ卓に向かい合うヴァーンを見た。

 昨夜の話が、まだ胸の奥に残っている。

 笑って終わったはずなのに、言葉の影は消えていなかった。


「問題はただ謝るだけだったら、あまり効果はなさそうなことだよね」


 アルスが言うと、ヴァーンは眉を上げた。


「そうなのか?」


「そうだよ。ヴァーンのお父さんが聞いた通りの人だったら、

 『ああ、分かってる。心配するな』って言いそうじゃない?」


 ヴァーンは短く息を吐き、呆れたように笑う。


「なんで会ってないのに、解像度が高いんだ」


 アルスは椀の縁を指でなぞりながら、言葉を選んだ。

 昨夜、ヴァーンが語った父の姿は、乱暴なものではなく。

 むしろ、何も言わないことで人を傷つける種類のものに見えた。


「それにヴァーンのお父さん――

 言いづらいな。お父さんとお母さんの名前なんて言うの?」


「ヴァルド=グレイブとアスカ=グレイブだ」


「ありがとう。ってかヴァーンの苗字ってグレイブっていうんだ。かっこいい」


 ヴァーンが、わずかに視線を逸らす。

 褒められるのに慣れていない顔だった。


「それにヴァルドさんは今、君がいなくなったことで、ますます元気がないんじゃないかな」


 ヴァーンの肩が、ほんの少し落ちた。

 返事をしないのが、答えだった。


「だからまず、こんなに成長したよ!って教えてあげる必要があると思うんだ」


「なぜだ?」


「優しい人なんでしょ?

 子供の成長が嬉しくない親なんていないよ」


 言っていて、胸の奥が小さく痛んだ。

 ユベルと過ごした時間は、長い人生の中では短い。

 それでも、確かに“教えたい”と思ったことがある。

 その感覚が、今になって指先へ戻ってくる。


「そんなものか?」


「多分」


「でも、どうするって言うんだ?」


 アルスは一拍置いて、困ったように笑った。


「それは――これから考えよう」


 実のところ、何も決まっていなかった。

 ただ、動かなければいけないことだけが分かっている。


 そのとき、椅子の脚が床を擦る音がした。

 見覚えのある顔が、卓の横に立っている。


「何やってんの二人で?」


 リデルだった。

 髪を整え、いつもより少しだけ機嫌が良さそうに見える。

 祭りが近いせいか、歩き方まで軽い。


「男同士の話だ」


 ヴァーンが言うと、リデルは目を細める。


「何それ?」


 頬がわずかに膨らむ。

 その仕草が、昨夜の重さを少しだけ遠ざけた。


 アルスは、リデルのほうへ体を向けた。


「リデルはさ、人に関心持ってもらうときは、どうしたらいいと思う?」


「関心?難しいわね……」


 リデルは腕を組み、少しだけ唇を尖らせて考える。

 周りの雑音が、一拍ぶん小さくなる。


「賞とか取るのがいいんじゃない?」


「賞かー。そんなものどこにあるのさ」


 アルスが言い終える前に、背後からもう一つ影が差した。

 覗き込むように、ミーナが顔を出す。


「二人とも賞が欲しいの?

 なら祭りの催しの『魔道大会』はどう?」


「魔道大会?でもそれって国の代表が出れるんじゃないの?」


 ヴァーンが、乾いた声で笑う。


「アルス。何も知らないんだな」


「基本的にそうだけど、一日だけ一般の人でも出られる日があるのよ」


「誰でも?」


「そう。誰でも。アルベスの人だって出られるのよ」


 アルスは思わず、窓の外を見た。

 街は、祭りに合わせて形を変えつつある。

 その中で「一般が戦う日」があると言われると、規模の大きさが急に現実味を帯びる。


「そうなんだ」


「その日は総当たりの対戦じゃなくて、一日中、参加者全員で競うの」


 ミーナが息を吸い、言い切るように続けた。


「つまり乱戦ってこと」


 ミーナの言い方は短い。

 それがかえって、危うさを想像させた。


「ルールはないの?」


 ミーナは肩をすくめ、指先で空中に小さく線を引くようにしながら説明を始める。


「基本的なルールは変わらないけど、チーム組んだり一人で動いたり、そこら辺は自由よ」


「参加者の人数は無制限。

 指定されたアルベスの街の区域を使って行われるの」


「危なくないのそれ?」


 リデルが先に口を開いた。眉は少しだけ寄っている。


「危ないわよ。

 だからその日指定された人は、建物内にいたり、そもそもそこを離れたりするの」


「人数が減ってきたら、参加者は中央円環堂に集まって、決着をつけるの」


 中央円環堂。

 昨日聞いた名前が、ここで繋がった。

 あの円の建物が、ただの舞台ではなく。

 祭りの中心として、最後に人を集める場所なのだと。


「でもその臨場感が楽しいって人も大勢いるし、建物や参加者以外の人間を傷つけるのは禁止されているのよ」


 禁止、と言われても。

 人の数が増えれば、守れない瞬間もある。

 アルスはその想像を、口に出した。


「不正とか多そうじゃない?」


「実際ある」


 ヴァーンの返答は即答だった。

 笑いも、飾りもない。


「それいいの?」


「不正が嫌なら、みんなの目につくところに行けばいい。

 最初から中央円環堂にいるとか な」


 ミーナが「それでも」と言いたげに、手のひらを上に向けた。


「でも、そうすると狙われちゃうってわけ」


 ヴァーンが小さく笑い、当然のことのように言葉を継ぐ。


「じゃあそこも駆け引きの一部だってわけだ」


「そう。みんなに楽しんで欲しい祭りだからね」


 リデルの声は、どこか誇らしげだった。

 アルベスが“中立”であること。

 だからこそ、各国が集まり、競い合う場を作れること。

 その空気が、言葉の端に滲んでいる。


「やっぱりチームで出る人が多いのかな?」


 ミーナは頷き、指を折って数える。


「多いけど、まとまって四人が多いかな?」


「なんで?」


「少なければ少ないほど評価されるし、

 それに多ければ多いほど、まとめて狙ってくださいって言ってるようなもの。

 それに、マナも乱れるよ」


「なるほど、勉強になる」


 アルスは頷いた。

 頭の中に、昨夜のヴァーンの言葉が浮かぶ。

 謝ること。

 目を覚ましてやること。

 そのために必要なのは、まず“見せること”なのかもしれない。

 成長を。

 変わった自分を。


「それであなた達、魔道大会出るの?」


 リデルの視線が、ヴァーンへ向く。

 ミーナも、アルスも、言葉を待った。


「出よう。アルス」


 ヴァーンは迷いなく言った。

 昨日の夜より、声に芯があった。


「そう来なくっちゃ」


 アルスは笑って頷く。

 胸の奥の痛みは消えていない。

 けれど、動くための熱に変わりはじめていた。

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