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造物のアルス  作者: おのい えな


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第107話

 街の中心へ戻るほど。

 音が増えていった。

 露店の呼び込み。

 鍋の蓋を叩く音。

 香草と油の匂い。

 布が翻り、旗が揺れて、通りの上を短冊が走る。


 さっきまでの、木々の影と池の静けさが嘘みたいだった。


 祭りの布があるだけで、街は別の顔を見せる。

 人が集まると、空気が変わる。


 アルスは歩きながら考えていた。

 さっきの家。

 空の花壇。

 窓の向こうの散らかった床。

 そして、薪を割って戻るだけの背中。


「単純に手紙書いて、送るのはどう?」


 ヴァーンは即答した。


「あの様子の人間が、手紙が来ているのに気付くか?」


「……そうだね」


 アルスは口を閉じる。

 人波を避けるふりをして、考え込んだ。


「じゃあ、手紙を玄関に置いて、ドアをノックして逃げるのは?」


「それはいいが、なんだか悪いことしているみたいじゃないか?」


「そんなことないと思うけど」


「……却下だ」


 ヴァーンの声は短い。

 アルスは難しい顔のまま、露店の色をぼんやり眺めた。


「もういっそ、直接会いに行けばいいじゃない」


「それができたら苦労していない。合わせる顔がないんだ……」


 ヴァーンの言葉が、わずかに鈍る。

 アルスはその横顔を見て、ため息をついた。


「そうだったね」


 歩いていると、前方に人だかりができていた。

 輪の中心から、歓声が跳ねる。


 どうやら腕相撲の大会らしい。

 樽を横倒しにした台の上に、肘当てが置かれている。

 商人が胸を張り、声を張り上げた。


「さあさあ、見ていってください!

 只今から決勝戦を行います!」


「対戦するのはこの二人!」


 水の国の装束を纏った、美しい女性。

 火の国の装束を纏った、屈強な男性。

 二人は樽の上で手を取り、今にも始めるところだった。


「どっちが勝つと思う?」


 アルスが囁くと、ヴァーンは目を細めた。


「さぁな。ただ、あの女、相当やるぞ」


「じゃあ、あの人が勝つの?」


「火の国の人間を舐めるな。流石に簡単には崩れん」


「どっちなのさ」


「どっちが勝つか簡単に分かるなら、面白くないだろう?」


「それもそうだね」


 合図がかかる。

 二人の腕が中央で止まった。

 筋が張り、手首が震え、指先が白くなる。

 会場の声が一段上がった。


 ヴァーンが低く言う。


「そろそろ決着がつくな」


「何で分かるの?」


「あの男が晶装士だからだ」


 そう言った瞬間。

 男の腕が、じわりと押し込んでいく。

 火の国の男の肩が、まるで別の重量を乗せたみたいに動いた。


「普通の人間が、火の晶装士の身体能力に勝てるわけがないからな」


「でもあの女の人、普通じゃないみたい」


 アルスが言ったとき。

 女性が、押し戻し始めた。

 止まっていた針が逆へ振れるみたいに、男の腕がわずかに戻る。


 ヴァーンは目を見開き、すぐに気づいた顔になる。


「あの女も晶装士か」


 そこからは、拮抗だった。

 一歩も引かない攻防。

 樽の板が軋み、肘当てがずれ、台そのものが呻く。


 そして先に耐えられなくなったのは、腕ではなく樽だった。

 大きな音と共に崩れ、二人は反射で体を引いた。

 割れた木片が散り、観客はさらに沸く。


「すごかったね。二人とも」


「そうだな」


 ヴァーンの声は、珍しく素直だった。

 アルスは、さっきの光景を頭の中でもう一度組み立てる。

 見せる。

 見せつける。

 相手の目の前で。


 そして、ふっと思いついた。


「ねえ、僕らもあれやろうよ」


「腕相撲か?そんなのやってどうする」


 ヴァーンが呆れる。

 アルスは首を振った。


「違うよ。ヴァルドさんの家の目の前で戦おうよ」


 ヴァーンの顔が固まる。

 反射で否定しかけて、飲み込んだ。


「……いい案ではあるが、一つ問題がある」


「あんなところに居ても誰も来ないぞ」


「じゃあ、呼べばいいのさ」


「どうやって?」


 アルスは胸の奥で、結晶の感触を思い出す。

 ユベルの魔法。

 閉じ込めて、運んで、解く。


「ユベルの魔法を使おう。大量の炎を事前に結晶にしておいて、はるか上空に投げて――」


 言いながら、アルスは言葉を選び直した。


「……爆ぜさせるんじゃなくて、合図の光みたいに弾けさせる。

 遠くからでも見えるように」


「そんなことしてどうなる?」


「俺たちはここにいるぞって、知らせてあげるのさ」


 ヴァーンは少し考え込んだ。

 露店の喧噪が、二人の周りだけ遠くなる。

 やがて、短く頷いた。


「……ありだな。やってみる価値はある」


 ただ、すぐに眉が寄る。


「ただ、親父はどうする?

 目の前でうるさくされて、ただ迷惑じゃないか?」


 アルスは肩をすくめた。

 いつもの調子で言う。


「いいんじゃない?それで」


 ヴァーンは呆気に取られた顔をして、すぐに笑った。


「そうだな。少し規模の大きい反抗期でいいな」


 アルスもつられて笑う。

 笑いは短い。

 けれど、その裏にある目的は軽くない。


 笑い声の向こうで、祭りの鈴が鳴っていた。


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