第103話
翌日。
アルスとヴァーンは学院の修練場へ向かっていた。
朝の冷たい空気が、石畳の上で薄く揺れている。
祭の装飾は街に残っているのに、学院の通路はいつも通り静かだった。
なぜか、ユリウスも一緒だった。
「作戦会議をするにも、お互いの実力を知っていなければならないからな」
「ヴァーンと手合わせするの初めてだね」
「僕も見学させてもらってもいいかい?」
「いいけど……面白くないよ。多分」
「いいさ」
修練場に着いて扉を開けると、先客がいた。
空気に、汗と土の匂いが残っている。
どうやら訓練は終わっているようだった。
「セラさん!」
声に反応して、奥のほうにいた少女が振り向いた。
セラだ。
その隣にはトールがいて――いや、正確には床に転がっていた。
息はしている。
ただ、全身がもう限界という顔をしている。
「おお、アルス。久しぶりだな」
「久しぶりです!」
アルスが返事をすると、セラの肩に留まっていた小さな翼獣が、くるりと首を巡らせた。
あのセレモニーで見た翼獣だ。
「その子、セレモニーでも居ましたよね」
「見ていたのか。そうだよ。私の晶獣のカイリっていうんだ」
「小さいですね。子供ですか?」
「いや、これで成体だよ」
「それになんだか、不思議な見た目してますね」
全体的に暗い青色で。
体毛ではなく鱗が生えている。
羽も羽毛ではなく、膜のように薄い。
「ああ。こいつもなかなか珍しくてな。『竜種』という」
「もしかして、この子もルナと同じで?」
「そうだ」
密猟されたんだ。
と、すぐに理解できた。
「そこを助けたら、懐かれてな。お前達を見ていたし、すぐに決めたよ」
「いいんですか?
翼獣に乗りたいって言っていたのに」
「いいさ。後悔など一度もしていない」
セラはカイリを撫でた。
指先に、愛着が乗っている。
「撫でても?」
「こいつは私以外には懐かなくてな。危ないからやめておけ」
セラが鼻高々に説明する。
アルスはカイリを見つめた。
すると。
カイリはセラの肩から、ふわりと降りて。
アルスのほうへ乗り移った。
「なにっ!?」
懐かしい反応だった。
セラの顔が、一瞬だけ本気で悔しそうに歪む。
カイリはアルスの匂いを嗅ぎ、満足そうに息を吐いて。
後ろのフードの中へ潜り込んだ。
「はは。なんか心を許してくれたらしいです」
セラは悔しそうにして、思い出したように言う。
「そうだった。お前は天性の獣垂らしだった」
そんなやり取りをしていると、後ろから声がかかる。
「あなたがアルスの師匠ですね。噂は予々伺っております。
私はアルスの友人のヴァーンと申します」
「あら、丁寧ね。私はセラ。少し違うけど、アルスの姉弟子をしています」
アルスは「そうだった」という顔をする。
セラが軽く肩をすくめた。
「それで。こんな祭りの日にこんなところに何の用なんだ?」
「それが……」
アルスは一息置き、言い切る。
「魔道大会に出ようと思って」
「ほう。一般枠か」
「そうです」
「三人でか?」
アルスは後ろを向いた。
どうやらセラはユリウスも数に入れているようだった。
「いや、出るのは僕とヴァーンで――」
「いや、面白そうだ。僕も出よう」
ユリウスがアルスの声を遮る。
悪びれた様子はない。
当然のことのように、輪の中へ入ってしまう。
「いいのか?
まだ昨日会ったばかりだぞ」
「いいさ。
それに昨日話した時に、信頼に値すると思ったからね」
アルスはセラのほうへ向き直る。
言い直すしかない。
「というわけで三人で出ます」
「そうか。見に行く予定はなかったが、折角だし見に行くよ」
セラはすぐ続けた。
念押しのように。
「その代わり。お前も絶対に私たちの試合を見に来てね」
「うん」
「修行の成果を見せてあげるよ」
セラは腰についている袋を叩いた。
その仕草だけで、得意げなのが分かる。
「じゃ、あとはここを好きに使いな。
トール! 伸びてないで行くよ」
「はーい」
トールは呻きながら起き上がって、セラの後をついていく。
ふらついているのに、足取りは妙にしっかりしていた。
慣れている。
セラの扱きに。
「じゃあね。三人とも」
「カイリも行くよ」
セラの声に反応して、フードの中がもぞりと動いた。
名残惜しそうに、カイリが顔を出す。
アルスの髪を一度だけ鼻先で触れ、ふわりと飛び立った。
セラの肩に戻る。
けれど一瞬だけ、カイリはアルスのほうを振り返った。
小さく喉を鳴らすように羽を震わせてから、セラと一緒に去っていく。
二人と一匹が修練場を出ると、空気がすっと静かになった。
◆
「驚いたよ。お前の師匠――いや姉弟子だったな。
それがあのセラ=ドロステだったなんて」
「そうだね」
「二人もセラのこと知ってるの?」
「前の魔道大会でも代表として出ているからな。
若者枠の時から合わせて三度連続で、代表に選ばれていると聞いている」
「もしかして、アルスってめちゃくちゃ強い?」
「そんなことないよ。トールの方が強いしね」
「ま、それを確かめるために俺たちはここに来たからな」
ヴァーンは修練場の中央へ歩き、距離を測るように足を止めた。
目線が二人を往復する。
「早速だが。お前達、武器は使っているか?」
アルスは壁際に置かれていた木の短剣を拾う。
握ると、手の中で軽く鳴った。
「僕はこれで」
ユリウスも剣を一本取った。
刃は模擬用で、光は鈍い。
「準備いいよ」
「ヴァーンは?」
アルスが訊くと、ヴァーンは何でもないように肩を回した。
指を鳴らし、手首を一度ひねる。
その動きだけで、空気が少し変わる。
「そんなものいらないさ」
手元は空だ。
けれど隙がない。
足の置き方と重心だけで、もう構えになっていた。
「急遽だが三つ巴でやる。
チームを組む前に、癖と間合いを知っておきたい」
「ルールは?」
「大体でいいが、戦闘不能にした方が勝ちだ。
致命の一撃を入れたと思った時点で止める。
無茶はするな」
「分かった」
「了解」
ヴァーンは短く頷き、床を指先で叩くように示した。
「位置につけ」
三人が距離を取り、三角形になる。
中心に、静けさが落ちた。
外の祭の喧噪が嘘みたいに遠い。
アルスは短剣を握り直し、息を整える。
ユリウスは肩の力を抜き、視線だけを鋭くする。
ヴァーンは手を空にしたまま、微動だにしない。
「じゃ、始めるか」




