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造物のアルス  作者: おのい えな


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第100話

 朝のアルベスは。

 いつもより音が多かった。

 石畳を叩く靴音が途切れず。

 遠くで鳴る呼び声が、風に乗って何度も折り返す。

 祭りの布が揺れるたび、色が陽に反射して、街全体が少しだけ眩しい。


 アルスは、グラナード家の門の前で立ち止まった。

 いつもの道なのに、今日だけは別の場所へ繋がっているみたいに感じる。

 胸の奥が落ち着かない。

 それでも足は、自然とここへ向かっていた。


 呼び鈴に手を伸ばして鳴らす。

 澄んだ音が一度響いて、消える。

 ――返事がない。


 もう一度鳴らそうとしたとき。

 二階の窓が少し開き、そこから声が降ってきた。


「アルス! おはよう! 勝手に入っちゃって!」


 声の主はリデルだった。

 いつもより明るい。

 祭りの朝らしい軽さがある。


「わかった」


 アルスは門を押し、敷地に足を踏み入れる。

 扉を開けた途端。

 小さな足音が駆けてきて、二匹が迎えに出た。


 ルナとウィル。

 今日は二匹とも、首元に飾りをつけていた。

 紐に小さな飾り石が縫い込まれていて、光を受けるたびにきらりと鳴る。


「二人とも、似合っているよ」


 ルナは尻尾を大きく振って、誇らしげに胸を張った。

 ウィルは一瞬だけ顔を背ける。

 照れ臭そうに鼻を鳴らし、けれどすぐにアルスの足元へ寄ってくる。


 言われたとおり、家の中へ入る。

 開会式の日だ。

 普段なら躊躇うところだが、今日は躊躇しているほうが遅れる気がした。


「お邪魔しまーす」


「おお、アルスいらっしゃい」


 玄関奥から、アーデンの声が返ってくる。

 姿を見せた彼は、いつもの作業着ではなかった。

 茶を基調とした落ち着いた服装に、ところどころ黄色が差している。

 目立つほど派手ではない。

 けれど、土の国の席に属する者だと一目で分かる配色だった。


「アーデンさん、おはようございます」


「早速だけど、アルス。そこの部屋でその服に着替えてきてくれ。多分時間かかると思うけど頑張って」


「はい……。分かりました」


 アーデンは忙しなく、奥へ行ったり二階へ上がったりを繰り返していた。

 手伝っているのだ。

 アスリナとリデルの準備を。


 アルスは案内された部屋へ入り、置かれていた服に手を伸ばす。

 触れた瞬間、布の重みが違った。

 装飾が多い。

 紐も留め具も、どれをどこへ通すのか分からない。


 結局、格闘になる。

 腕を通しては戻し。

 紐を引いてはほどき。

 鏡の前で首を傾げ、また最初からやり直す。


 その間も、部屋の向こうから声が聞こえてきた。


『これは派手すぎ』

『スカートは邪魔』

『もう少し綺麗な色がいい』


 言葉だけが飛び交い、足音が忙しく行き来する。

 祭りの朝の慌ただしさが、家の中にもそのまま流れ込んでいた。


 しばらくして、ようやく声が落ち着く。

 廊下の足音が一度止まり。

 扉が軽く叩かれた。


「お待たせアルス。ようやく落ち着いたよ」


「はい」


 アーデンがアルスを見て、目を細める。


「おお、やっぱりアルスは似合っているな」


 褒め言葉に、アルスは少しだけ首の後ろが熱くなる。

 いつもと違う自分が、居心地の悪いようで。

 同時に、どこか誇らしい。


「さ、準備もできたし、そろそろ行こう。玄関に出ておいで」


 言われるまま玄関へ向かう。

 そこには、綺麗な服に身を包んだ二人がいた。


「わあ。二人とも綺麗」


 リデルはそれを聞いて、恥ずかしそうに目を逸らす。

 口元だけを尖らせて、強がるみたいに言った。


「アルスもかっこいいじゃない」


 続けて、アスリナがこちらを向く。


「あらアルス。かっこいいわね」


 それだけだった。

 それだけなのに。


 アルスの視線が、自然とアスリナの左手と左足へ落ちる。

 義肢が見えた。

 肘から先と膝より先が、木を媒体にした魔道具へ置き換わっている。

 けれど、それは作られたものとは思えないほど自然だった。

 元からそうだったかのように、指が動き。

 足が支え、体重が移る。


 胸の奥が、きゅっと縮む。

 次の瞬間、涙が勝手にこぼれ落ちた。


「ちょ、ちょっとアルス! どうしたの?」


「本当よ。どうしたの?」


「なんだか……嬉しくて」


 言葉にした途端、喉が震えた。

 アスリナはそれが何に向けられた涙か気づいたのだろう。

 そっと、アルスを抱きしめる。

 腕の温かさが、胸に落ち着きを作る。


「聞いたわ。あなたも色々と手伝ってくれたのよね?」


「そんな。僕は何もしてないです。リデルが頑張ったんです」


「それでも、ありがとう」


 その姿を見たリデルも、なぜか涙ぐんだ。

 目元が滲み、唇が震える。


 ――その瞬間。

 アスリナの表情が、すっと鋭くなる。

 怒鳴らない。

 ただ、逃げ道のない目を向けて言い切った。


「ダメよ!リデル!せっかくのおめかしが台無しになる!」


 リデルは息を呑み、涙を引っ込めようとして失敗した。

 目元が少し滲んだまま、肩をすくめる。


「ふう。この程度なら馬車の中で直せそうね」


「ごべんなざい」


 噛んだ。

 アスリナに顎を持ち上げられ、変な言葉遣いになっている。


「さあ、早く馬車に乗って。直すわよ」


 そう言って、アスリナとリデルは馬車の中へ駆け込んでいった。

 布の擦れる音。

 小さな箱が動く音。

 忙しい手つきが、目に浮かぶ。


 アーデンがアルスの前に立つ。

 背丈の影が、少しだけ安心を落とした。


「アルス。僕からもお礼を言わせてくれ」


「妻がああやって、自由に動けているのは君のおかげなんだ」


「さっきも言ったんですけど、リデルが頑張ったんです」


「そうじゃないさ。君があの子に頑張るきっかけを与えてくれたことにお礼を言いたいんだ」


 あの日のことが、ふと蘇る。

 土の国へ行くと言ったときの、家の空気。

 リデルの決意。

 アーデンとアスリナの心配。

 全部が繋がって、今の義肢へ至っている。


「アルス。本当にありがとう」


「こちらこそ、ありがとうございます」


「さ、僕らも乗ろう」


 遅れて馬車に乗る二人。

 揺れが始まると、家の前の石畳が遠ざかっていく。

 窓の外の景色が、祭りの色に塗り替わっていく。


 ◆


 馬車が止まったのは、中央円環堂の前だった。

 目の前に広がっていたのは、今まで見たことのない人の群れ。

 声。

 旗。

 装飾。

 匂い。

 それらが混ざって、空気そのものが厚くなっている。


「すごい人の数だね」


「今日が一番、このアルベスに人が集まる日だからね」


 リデルが言う。

 声の端に、誇らしさが混じっていた。


「僕らはこっちだ。一般の人たちが入る時間になる前に入ろう」


 アーデンが先に歩く。

 一行は人波をかき分け、円環堂の入口へ向かった。


 扉をくぐった瞬間。

 外の喧噪が、別の響きに変わった。


 声が高い天井に吸われ、何重にも反響して戻ってくる。

 広い。

 広すぎて、足音さえ小さく感じる。

 頭上はドーム状に丸く、魔石灯と採光が混じった光が、上から静かに落ちていた。

 光は柔らかいのに、空間は巨大で。

 中心へ向けて、すべてが収束していく構造が見える。

 円形の客席は幾重にも段を重ね、遥か下――円の中心に壇がある。


「すごいね」


 アルスが息を漏らすと、アーデンが頷いて促した。


「こっちだよ」


 アーデンの後を追う。

 通路を抜け、席へ出た瞬間、視界がさらに開けた。

 かなり前の席だった。


 周りの人を見渡す。

 必ず、黄色の装飾が入っている。

 肩の飾り。

 帯。

 胸元の留め具。

 小さな差し色だけで、土の国だと分かる。


 そして、建物全体を見渡したとき。

 アルスは気づいて、息を呑んだ。


 見事に色が分かれている。

 火の国は赤。

 水の国は青。

 風の国は緑。

 土の国は黄。

 光の国は白。

 そして、何色にも染まっていない箇所。

 恐らく、あれがアルベスの席だ。


 装飾は部分だけだ。

 布の端。

 飾り紐。

 小さな留め具。

 それなのに、人が集まるとはっきりと分かる。


 特に前の席へ行くほど。

 色は濃くなっていた。

 淡い色が、段々と濃くなる。

 そのグラデーションが、驚くほど美しい。


「綺麗」


「でしょ?」


 リデルが胸を張る。

 自分の国の凄さを、ようやく一緒に見せられた顔だ。


「前の時もこんなに前の席だったの?」


「うん」


「よく自分の家の凄さ知らなかったよね」


「だって当時はそんなものだと思ってたから」


 そんな無駄話をしていると。

 壇上に一人の男が上がった。

 声が、円環堂全体に反響する。


『皆、静粛に』


 ざわめきが、波のように引いていく。

 五環祭が、今始まろうとしていた。

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