第45話
先週、METROPOLARiSの古参ファンが取材カメラの前で「あの頃から売れると思ってた」と話しているのをテレビ越しに見た。僕はそれを、音を消したまま最後まで眺めた。
現在、7人のスケジュールは、毎週休みがないほどに隙間なく埋まっていた。コンセプトカフェ『METROPOLARiS』も彼女たちの出勤の回数は減り、ほとんどアルバイトの子が接客をすることになった。
そんな多忙な彼女たちなのだが、今日、テレビ局などに何とか無理を言って、夜の時間を空けてもらい7人全員が集結した。
「乃木さん、今日はみんな集めてどうしたんですか?」
菖蒲さんが不思議そうに僕に聞いてくる。
「今日は新しく社員としてこの店に入る人を紹介します」
「ただ紹介するだけなら私たちいる意味あるの?」
志歩もやっぱり、不思議そうに聞いてくる。
「まあまあ、みんなにも紹介したいから。もうすぐ来るから、ちょっと待ってて」
「……分かりました」
菖蒲さんが静かに頷いた。
そこから数分後、店のドアが開かれた。
「失礼します」
そう言って優太くんと彩葉ちゃんが横一列に並んだ。2人とも、どこか緊張した面持ちでこちらを見ていた。
7人の間の空気感が一気に変わった。
「明日から、2人には社員として働いてもらうことになります」
僕がそう宣言しても、しばらく誰一人として口を開かなかった。
次の瞬間、ルナが僕の腕を掴んでその場を離れさせた。それに千佳と初歌ちゃん、玲奈ちゃんもついてきた。
「おい、健人!?これは一体どういうことなんだよ!?」
ルナが興奮気味に僕に聞いてきた。
「どうして彩葉と優太を入れたの?」
初歌ちゃんも少し怒り気味に詰め寄ってくる。玲奈ちゃんも千佳も、心配そうに僕を見てくる。
「いやまあ…とりあえず僕の主張を聞いてほしいな」
ルナと初歌ちゃんを宥めてから、4人に彩葉ちゃんと優太くんを入れる経緯を説明した。
「なるほどね。健人の考えはよく分かったけど、それで本当に健人は大丈夫なの?」
説明しても、やっぱり心配そうに玲奈ちゃんが聞いてくる。
「うん。僕はもう2人について、とやかく言ったりしないよ。」
初歌ちゃんが小さく息を吐いた。
「……分かった。健人を信じるよ」
初歌ちゃんはそう言ったが、ルナはまだ複雑そうな顔をしていた。
「ルナ」
千佳がルナに向かって静かに言う。
「健人くんが決めたことだからさ。ここは健人くんのことを信じてみようよ」
ルナは下を向いて黙ってしまった。やがて顔を上げて、そっぽを向いたまま言った。
「……分かったよ。でもその代わり、何かあったらその時はしっかり言えよ、健人」
「うん、分かった。絶対言うよ」
僕がそう言ったのを聞いて、玲奈ちゃんも小さく頷いた。
「じゃあ、そろそろ戻ろっか」
千佳が言い、5人で優太くんと彩葉ちゃんたちがいるところへ戻った。
僕たちが戻ると、2人は残された志歩、菖蒲さん、綾乃さんの3人と向き合っていた。5人は、表面上では穏やかそうだったが、どこかぎこちない雰囲気が漂っていた。
僕たちが戻ってくるのを見ると、菖蒲さんはどこか安堵するような表情を浮かべた。
ルナが優太くんの前に立った。
「……よろしく」
優太くんが深く頭を下げた。
「よろしくお願いします」
彩葉ちゃんも同じように頭を下げた。
「じゃあ、せっかくだから何か飲もうよ」
千佳が立ち上がり、人数分の飲み物を淹れ始めた。
全員がテーブルを囲んで座った。誰もカップに手を付けようとしなかった。
彩葉ちゃんが静かに立ち上がった。
「……改めて、言わせてください」
全員の視線が彩葉ちゃんに集まった。
「……私たちは、健人のことを陥れました。本当に申し訳ないと思っています。すみませんでした」
少しの間があった。
「ですが…それでも私たちはここに来ました。」
彩葉ちゃんが深く頭を下げた。それに優太くんも続いた。
誰も何も言わなかった。
玲奈ちゃんはカップを持とうとして、それをやめた。それから、静かに口を開いた。
「……顔上げて。」
2人が顔を上げた。
「過去のことは変えられないけど、これからのことは変えられるから」
2人の目が少し潤んでいた。
彩葉ちゃんが小声で「ありがとう」と言った。千佳がコーヒーをテーブルに並べた。
「じゃあ、乾杯しようよ」
全員がカップを持った。
「METROPOLARiS、これからもよろしく」
千佳が言った。
「よろしくお願いします」
優太くんと彩葉ちゃんが頭を下げた。
カップが触れ合う音が、閉店後のカフェに響いた。
また、沈黙が訪れた。外を走る車の音だけが、時々聞こえてくるだけだった。
「そういえば」
僕は思い出したようにみんなに言った。
「もう一人来る予定で」
「え、誰?」
千佳が聞いた瞬間にドアが開いた。
「……失礼します」
全員の視線が入口に集まった。葛西蒼だった。
店内の空気が、また一瞬変わった。
「……Emmaの」
誰かが小さく呟いた。
蒼は表情を変えずに全員を見渡してから、僕を見た。
「遅れました」
「ちょうどよかったよ」
僕は少し笑った。
「みんな、葛西蒼さん。うちの所属アーティストです」
しばらく沈黙が続いた。最初に動いたのは綾乃さんだった。
「私は、神谷綾乃。よろしく、ね。」
綾乃さんに便乗するように千佳と志歩も続いた。
「私は山王千佳。よろしくね、蒼ちゃん」
志歩は一瞬、蒼をじっと見た。それから、静かに口を開いた。
「月島志歩です。葛西さん、これからよろしくお願いします。」
「葛西蒼です。……よろしくお願いします」
3人から自己紹介を受けた蒼が小さく頭を下げた。
窓の外に夜の街が広がっていた。
僕はカップを触ってみた。カップは少し冷たくなってきていた。
店を出ると、夜風が少し冷たかった。
「お疲れ」
玲奈ちゃんが大きく伸びをしながら言った。
「疲れたね……」
初歌ちゃんもどこか脱力したように呟いた。
4人で駅に向かって歩き出した。しばらくは誰も何も言わなかった。
それを破ったのは玲奈ちゃんだった。
「でもさ、健人。今日よく言えたね」
「え?」
「彩葉たちのこと、受け入れるって。前の健人だったら絶対あんなふうに言えなかったと思うから」
「いや、前からこのくらいは言えたと思うけど?」
「え、そうなの?」
「……もしかして、あのビビりキャラ、本気で信じてたの?」
玲奈ちゃんと初歌ちゃんが顔を見合わせた。
「だって…あんなに叫んでたじゃん」
「あれは盛り上げるために少しオーバーにリアクションしてたの。……でも3割は本当に怖かったから」
「3割!?」
「え、そうだったの…?」
僕たちのやり取りを聞いていた千佳が、ショックを受けたような顔でこちらを向いてきた。
「千佳まで…」
夜道に3人の笑い声が響いた。僕はそれにつられて、続いて笑った。




