ババアと謎のメイド
もちろんそんな訳はなかった。
「んだよ!心配して損したっつーの!」
急いで帰宅するもそこにはいつも通りに上半身裸の筋肉ムキムキ仙人が縁側で煎餅を頬張っていた。
「ほっほ。災難ぢゃったの」
その隣にはとても気まずそうな奥田奈央。
「日向くん…お、おかえり?」
話を聞くと綾音と出会った後、無事に日向家までたどり着いて事情を説明したらしいのだが上半身裸の筋肉ムキムキ仙人クソジジイが「大丈夫ぢゃッ!!!!」と一蹴。
そのまま、ばあちゃんによって家に上げられてもてなされた。
「災難ぢゃったじゃねえよ!分かってんなら助けに来いや!こっちはどうやって奥田逃がそうか考えてたんだぞ!」
「そーんなかっかと怒るんぢゃない。この子がほんとに危なかったらちゃんと割って入ったわい」
「ホントかよ…って。ばあちゃんどこ?聞きたいことあんだけど」
「ばあさんなら野暮用で出かけよった。ま、陽が完全に落ちる前には帰ってくるぢゃろ」
「ふーん、じゃいいや。奥田」
「は、はい!?」
「家まで送ってくよ。綾音もついでに」
「いや、アヤちゃんは連れて戻ってきてくれんか。お客さんが来るんぢゃ」
「綾音も?まあいいけど」
客人の事は気になるが今はとりあえず奈央を送り届けるべく3人で家を出た。
駅から離れたショッピングモール。
その陰を拠点として数ヶ月が経つ。
仲間の結界魔法を使用することで影の世界へ身を落とし同じ闇の魔法を扱える人間がいなければ勘付かれることもない合理的な場所だ。
時々影から抜け出して食料を調達すればいくらでも滞在することが可能、おまけに近場には入浴施設もあり快適性は抜群。
「完敗。敗因の説明は省く」
その結界を扱う仲間が淡々とつぶやく。
「そうだな…身に沁みてる」
寝具販売に設置されているベッドにヘルルとリィゼが具合が悪そうに横たわっている。
「アタマいたーい。シャルネセンパイたすけてー。おえっぷ」
「自業自得。自分の力量すら把握できないなんて無様」
シャルネは呆れながらも水の入った透明な容器をリィゼへ投げた。
「あなた達がそのザマじゃ当面は動けなさそうね。それに標的も手に負えない強さになってきている。一度ハーモラルに戻って追加の人員を…!?」
普段から氷のような表情を崩すことのなかったシャルネがらしくない焦った顔をしてすぐに考え込む。
「1人…いや、2人?どうやってっ!」
「シャルネ?何があったんだ」
「侵入者ッ!まっすぐこっちに来__」
直感感じた迫りくる攻撃の前兆。
認識した頃にはもう遅く身構えて受け止めることしか叶わない。
接触の瞬間に攻撃はシンプルな魔力の塊だと判明したが爆発。
「人物記録更新。カテゴリーはいかがされますか?」
爆風が晴れて視認性が回復すると給仕服を着た奇妙な人間が天使のように舞い降りていた。
「敵だよ。あの3人は私たち家族の敵で登録しようかねぇ」
そして老婆が別の場所から気配を感じさせずに静かに歩いてきた。
「了解、登録完了。戦闘の続行は必要でしょうか」
「それは今からのお話し次第だねぇ」
ただですら満身創痍な状態の2人を庇いながら戦えるか?
答えは無論、否。
給仕服の女は3人がベストコンディションでも勝ち目はない。
老婆に関してはその更に上の次元にいるかのような強さだ。
それにこの老婆には見覚えがある。
「リント・ヒナタの祖母…!何故ここが分かった!」
「いやいや。廃工場であの2人を見た次の日には分かっておったよ。影の世界とは少々安直じゃないかい?」
「不覚。泳がされていたというのかっ!」
「少なくとも我が家以外に直接、派手な被害を出さないならもう少し泳がせたかったけどねぇ。うちの孫のお友達にご迷惑かけちゃ見過ごす理由はもう無いよ?」
「ぅ…シャルネ…センパ…イ…」
「シャルネ…お前だけでも逃げて…この事を魔王様に…」
立ち上がることすらできないリィゼ、同じくヘルルが自分に逃げるよう促す。
「まあまあ、別に取って食ったりはしないよ。キコも一旦お待ち」
「了解」
キコという名の給仕服の女は老婆の側で地に足をつける。
「話し合いをしにきたんだ。君たちアヴェダレオの若人とねぇ」
「話すことなど無い。ここで討て」
「命をすぐ捨てちゃダメさ。ババアからのうっとおしい助言をたくさんしてやろうか?」
「私は命など惜しくない。魔王様を裏切ることになるならここで首を__」
イメージが唐突に湧いた。
見えない斬撃が自分の首と胴体を分かつ鮮明なイメージが。
考える間もなく右手が首の心配をして直ぐに動き、とめどない冷や汗が流れる。
「おかしいねぇ。今、死に怯えたように見えたよ」
口と意識が一致していない無様な心を看破されてしまいシャルネは身構える。
「それにね。あーんな年寄りのために若い子が死んじゃいかんよ。死ぬべきはうちらジジババ世代さ」
「…何が言いたい」
「なぁに簡単な事だよ。そろそろ私たちの世代のケジメってやつをつけんとねぇ。こんな若い子まで巻き込みおって…」
「何を言われようが死ぬことはあっても折れることはない。私の存在が魔王様にとって不利益になるなら自害するまでだ」
話し合いは難しそう。
この手段はなるべく避けたかったが状況を変えるには仕方がない。
「…こりゃ難しそうだね。しょうがない、キコ」
「了解」
命じられたキコがシャルネに急接近し飛び膝蹴りで遠くへ吹き飛ばす。
「ぐっ…はぁっ!」
「シャルっ…」
立ち上がる事もままならない状況でヘルルが手を伸ばすが無論無駄。
「首元の方、失礼致します」
素早い手付きでうなじにピリッと鋭い痛みが走る。
抵抗しようにも既にリィゼの方へ立っており同じ様にうなじに細工をされた。
「何を…した!」
「魔力循環にちょっと細工をしたのさ。ハーモラルじゃ何も起こらないけどマナ濃度の薄い地球に居続けたら体がより魔力を生成しようと過剰に体力を消費し続けて最後にゃホトケ様さ」
ホトケ様の意味は理解できないがその他の意図を汲み取るにこのまま地球で過ごすと死ぬのだろう。
「飛んでったあの子くらいなら3時間は持つだろうけど…手負いの坊ちゃん達は1時間持つか怪しいねぇ」
「ぐぞ…ばばぁ…!」
死ぬわけにいかない
死んでたまるか
意識が朦朧としてきたヘルルとは対称的にリィゼが汚らしい言葉遣いで声を出しながら残っている力を全て振り絞って立ち上がる。
「こんなどころで…死んでだまるがぁ!」
ここで死んだら生まれた意味がない
だってまだ…ワタシは…わたしは…私は………
しかしそれも火事場の馬鹿力によるもの。
すぐに膝から崩れ落ちて意識を失うがそれでも尚、這いながら向かう心意気に思わず幸は言葉を漏らした。
「そうさ、それでいいんだよ。ゲートの場所を教えなさいな。ハーモラルに3人とも帰してあげるからね」
清と幸の老夫婦が考えてもどうしても答えが見つからなかった物。
それは地球とハーモラルを繋ぐゲートだ。
数年前からどうやってハーモラルの魔獣がこの地球に現れているのかがどう考えても分からなかった。
「お仕事完了です。この女性にも私の魔法を仕掛けました」
状況が落ち着いたところでキコが先ほど飛び膝蹴りでふっ飛ばした結界魔法の使い手であろう女子を肩に担いで戻る。
「ご苦労様キコ。後はゲートだけど………」
幸は自分の見ている光景を疑った。
なるほど
道理で考えても探してもゲートが見つからない訳だ
「ここまでやるとは…堕ちるところまで堕ちてしまったんだねぇ…先生…」
約40年ほど前の淡い青春の記憶が呼び起こされる。
しかしそれはもう飾るだけの記憶にせねばならない。
65歳になって再び死地へ赴くことになるとは考えもしなかったが我々の世代が犯した過ちを若人に償わせるわけにはいかないのだ。




