はじめてのろうどう
リントとスノウがハーモラルに移動した翌日の明朝。
「ごめんスノウ!一匹逃した!」
「何やってんの!まったく!」
紹介場には大きく分けて二つの依頼が存在する。
一つは公共機関からの特殊依頼。
これは冒険者のランクや活動歴などを重視し、難易度が高い依頼が多い。
その分、名声や報酬面では期待ができる。
親父達も何度か参加していた記憶があってその度に俺は地球に戻らされた記憶がある。
対してもう一つは民間依頼。
一般的な依頼はこれを指すことが多い。
特定の個人や団体から紹介場に事情を話し正式に依頼として張り出す。
参加条件を紹介状が見極め、報酬は依頼者が支払う。
紹介場にマージンは入るもの冒険者にとっては受けたい依頼を簡単に見定めて面倒な手続き等も紹介場側がやってくれるのでこれに不満を持つものはいない。
そして現在、リントとスノウが行っているのは荷物引きの魔獣【ダリオル】の牧場に現れ、餌を横取りしていく二つ角の兎の討伐だ。
一体一体は脅威でないものの群れで行動されると手数で不利なためスノウの氷魔法で足元を止めてもらいリントが一匹ずつ殴って駆除する方式を取ったが元気な個体は脱出する。
それを逃さないようにスノウが氷魔法でつららを飛ばして着実に潰してゆく。
「ふぃー…これで終わりか」
周りを見渡すと倒した分のマナストーンに所々、ダブルホーンラビットの角と毛皮が落ちており次の群れが来る予感はない。
幼い顔つきの依頼主に報告を終えるとすぐさまシンヘルキ中央街にあるギルド紹介場まで急ぐ。
ここの紹介場も規模こそセンタレアには劣るものの不便はない。
「これ!完了届でっす!」
民間依頼を終えた場合は依頼完了の血判状を提出する。
血判状を介することにより完了の不正を防ぐ事が出来る。
「はい、血判状と依頼主の魔力の一致を確認しました。ご苦労様です。こちらは今回の成果報酬となります」
木製のトレイのような物に乗せられたのはこのハーモラルで流通している通貨のエルだ。
わかりやすく1円=1エル。
地球と違うのは1000エル以降の紙幣は無く硬貨のみで1000エルは三角形、5000エルは四角形、10000エルは五角形でとても財布に入れづらい。
依頼書には冒険者に報酬として2万エルと討伐の際に出たマナストーンを全部譲ると書いてあった。
つまり、五角形の硬貨が2枚だ。
これも管理者とやらが絡んでるのかそれとも分岐後の独自発展の結果なのかは知らない。
「ふおぉぉ~!」
リントこと日向凜斗の労働経験は0
今年高校に進学してからアルバイトをしようと思ったのも束の間。
魔獣の出没により夜中を駆け回り日中は高校生となかなかハードな生活を送っていたのだ。
強いて言うなれば祖父の肩叩きと祖母の料理の手伝いでもらえる500円玉のみ。
そんな労働童貞が、自分の労力で、大金(凜斗の人生比)を得たのである。
「むふふ、むっふふ」
「…キモ」
街中を歩きつつ、稼いだエルを満面の笑みで眺めているリントを見たスノウの一言だった。
「いい?一日の宿代が8000エル、実質的な利益は12000エル。あんたが欲しがったダリオルと私の希望の荷車は合わせて110万エル!大体あと60万エル必要なの!こんなペースじゃいつまでかかるか…」
「荷車もうちょっと安くしようぜ。なんでドア付きの部屋タイプなんだよ。日向家は屋根があって正面は丸見えのザ・旅の荷車って感じだったぞ」
「メロウル家は違ったの!私に野晒で寝ろっていうの!?」
これだからいいとこ育ちのお嬢様は…
「まあ今日は腕鳴らしみたいなもんだったし、夜からの依頼は報酬で選ぶか」
「そうしましょう。アレタもしばらくはシンヘルキに滞在するらしいし、少し宿で休ませて。あー!髪が獣臭い!」
そう、ここはシンヘルキ。
健三さんが言った通り旅に必要な荷車と荷物引きの魔獣を買いに来たのだが、アレタの言う通りそれらの値段がかなり上がっている。
その理由はこの街に入ってすぐさま判明した。
「おかえりなさいませー!」
宿に戻り、受付に立っているのは子どもだ。
それも10歳を過ぎた辺りの幼い子。
「できれば浴場を使いたいのだけど…」
「しょーちしました!ではじゅんびが出来ましたらお部屋までおうかがいしますー!」
「俺はもう一回荷車見てくる。時間になったら紹介場で」
「わかったわ。じゃ」
今、このシンヘルキには大人の数が異様に少ないのである。
「親攫いか…」
どうやらここ一年間で大人、それも子を持つ大人が男女問わず行方を絡ましているらしい。
衛兵などの捜索虚しくこれといった情報は未だ得られずにいて残された子供は子を持たない大人の下に転がり込んだり宿などの住み込みで雇われてなんとか暮らしているようだ。
荷車の価格高騰もシンプル
作り手の技術不足、資材運送の著しい人材不足だ
未熟な腕前と人材不足が相まって技術業の製品は軒並み高騰してしまっており、リント達は見事それに出くわしてしまったのだ。
そして、昨日シンヘルキに到着した足で荷車を製造している店に向かったのだが、所持金を伝えただけで豪炎の如く怒り狂って追い出されてしまった。
「なんだテメェ!また来やがったか!」
再び店の敷居を跨ぐとドワーフの大工らしきの女の子の怒鳴り声が頭を殴る。
「一応客候補だぞ俺…」
「テメェみてえなガキに売るウチの商品はねぇぞ!」
「ガキって、お前こそガキだろがい!」
「はっ!オレがガキだぁ?いい度胸してんなテメェ!表出な」
「悪いけど、女子と殴り合う趣味はねーよ」
「女子だぁ…?一線超えたなお前」
仕事用の金槌が頭に向けて飛んでくるが首を傾げて躱す。
逆鱗に触れてしまったか?
しかしこいつの見た目や雰囲気は同い年かそこらへんだぞ
「女って呼ばれるのはまだいい…だけどな、女で子どもの女子って呼ばれんのは我慢なんねえ」
「…お前こそ仕事道具を雑に扱うんだな。そんな職人、信用できねえ」
「だったら帰んな。二度とうちに来るんじゃねえ」
お望み通り、背中を向けて退店の意を示す。
ただ少しだけコイツが気に食わないので置き土産に、かつて夜明けの太陽に席を置いていた鍛冶師兼大工の男の言葉を残す。
「親父の仲間の職人が言ってたぜ。金槌に携わるならその金槌に血を付けるな、打つのは生命ではなく釘だってな」
「…っ!待て!おま__」
何か言いかけていたか知ったことではない。
どうせもう二度と来ないのだから。
そして残されたドワーフの少女は後悔ままに呟いた。
「なんで親方の言葉…知ってんだよあいつ…」




