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73話 結界の要





 予想していなかったとは言わない。

 世界の管理者である笹熊のおっさんは何も言っていなかったが、『異世界転生斡旋事務所』などというフザケたものがある以上、この世界の転生者が俺一人だけであるなど有り得ないと思っていた。

 何時会えるだろうと内心楽しみにしていたが、まさか初の自分以外の転生者との会合がこんな場面になるとはね。


「あんまり驚いてねぇなぁ、張り合いがねぇ。ここはもう少しリアクションが欲しい所だろ」


 そんなことを言われても困る。俺はどちらかと言うとあんまり騒がしいタイプではない。休み時間に教室の端っこで本とか読んでるグループなのだ。

 対するジョンは明らかに騒がしいグループの存在。我々と彼らは相容れることはない。


「何となくそうではないかと思っていた。お前はモンスターにしては人間臭すぎる」

「アンタもな。お互い疑っていたというワケだ」


 別に悪い意味で疑っていたんじゃないんだけどな。あれ、もしかして? 程度の疑いだったし。

 俺が此処にいる理由は単純だ。相手が転生者だろうが召喚者だろうが巻き込まれ系チートだろうが、可愛い娘達を泣かせたり危険な目に合わせたりする奴は叩き潰す。そして反省し謝ってもらう。

 それだけだ。

 ジョンが転生者などということは、この際、まったく関係がない! 何でこんなことをした、とか約束とはなんだ、とかもね! 今は一切気にしません。

 動けなくしてから聞けばいいんです。


「取り敢えず。殴る」


 踏み込みの一足でジョンとの間合いを詰め、腰を捻ってリバーブローを打ち込む。

 宣言してから動いたから卑怯じゃないよね。奇襲扱いにはされない筈だ。

 殴った感触は、水を詰め込んだ皮袋を殴ったかのようだった。ジョンの体が波打ち、衝撃が分散し伝わっていくのが波紋の動きでよく分かる。

 威力が吸収されている。


「おごほッ!? っかぁ、いきなりかよ! アンタは猛獣か!?」

「殴ると言ったが?」

「話が途中だっただろうが、あれか、此所から先は肉体言語ってか!?」

「ヤディカ達を追わなければいかん、これ以上の話ならば後で聞く」

「だからこっちにも都合があるんだっての!」


 慌てているようだが、ダメージは殆ど入っていないようだな。『HP自動回復』を持っていたようだし、この程度では気にする内にも入らないということか。

 ならば回復する速度よりも早く攻撃を打ち続けてやる。


 密着した距離のまま逆回転、反対側に同じくブローを打ち、更にジョンの体を伝わる波紋を打ち返すように逆側にブロー。

 半透明の体の中で衝撃がぶつかり合い、炸裂する。


「ぐぉッ!?」


 ついでにおまけだ、取っておくといい。

 衝撃を抑え込もうとしているジョンの胸目掛けて、震透掌を放つ。

 揺らいでいたジョンの体に今まで以上に大きな波が走る。

 身体中に泡が立ち上ぼり、水中で爆発が起こったかのような音と共にジョンは弾け跳んだ。

 辺りにジョンだったスライム片が散らばっていく。


 ひぇえ、自分でやっておきながらかなりスプラッターな光景。

 これは生物相手には使えないな……。スライムにも使用禁止かもしれないけど。


 まぁ、ジョンなら平気だろ。

 飛び散った体もうじゅうじゅしながら集まってるし。

 ほらな、あっという間に元通りになってしまった。 


「ごほっ、がは……、あぁ、くそが、同じ元人間なら話し合いが出来ると思ったんだがな」

「時と場合に依りけりだ。あの子達の安全が優先だ」

「過保護め、話にならねぇな」


 過保護結構、手遅れになってからじゃ遅いんだよ!

 ヤディカちゃん達が自分の力を試したいというならそれもいい。存分にやってみるといいと思うよ。

 だけどね、万が一が起こらないように俺は見守っていたい。何も三人が強くなる機会を奪おうってんじゃない。死ぬかもしれないという危険を取り払いたいだけだなのだ。


「君が降参するまで。殴るのを。止めない!」

「おいおいおい、まぁ聞けよ、今の俺のこの体は、本体から分かれた一部分に過ぎねぇ。つまり、俺の分身は他にも居るってことだ」


 む……、それはつまり、ヤディカちゃん達を陰ながらボディガードしているということか?

 それともそれを利用した人質作戦?

 前者なら羨ましい、殴る。後者なら許せん、殴る。

 うん、どっちも変わらんな!


「分かった分かった、降参だ! 俺の負けだよ、この体じゃ本体からいくら力を貰っても勝負にならねぇ。俺が隠していることも白状する。だからその手を下ろせって!」


 嘘だな。少なくとも、その体で俺の相手を出来ないというのは嘘だ。

 《ステータス》にこそ少々差はあるが、所持しているスキルは実践向きで、俺の打撃主体の戦闘スタイルには有利に働くものばかりだ。

 俺が攻撃しても反撃する素振りを見せなかったことから、俺の攻撃を受けきれる自信があったのだと分かる。

 【詐欺師】という称号もあるし、未だに得たいの知れない所がある。正直、信頼するに値しない。

 隠していることを白状するにせよ、話した内容がどれだけ真実か……。


 だが、信用出来ないのはボコボコに攻撃したあとでも変わらない。

 むしろ、助かるために聞こえの良い嘘を吐く可能性が上がる気がする。


 よし、ここはジョンを無視して塩枯死樹人ソルトゾンビトゥレントの所へ行ってしまおう。


「あの子達が自分をどう思っているのか、自信がないだろ、アンタ」


 走り出そうとしたのだが、ジョンのその言葉が俺の足を止めた。


「そんなことはない」


 くそ、言ってから失敗だと気づいた。反応してしまった以上はジョンの言葉を肯定しているのも同じだ。

 振り返ると、ジョンはニヤリと笑っていた。おのれ【詐欺師】め。信用出来ないのに無視することも出来ない。ぬぐぐ……。


「さっきも言ったが、俺以外にも本体の分体が居る。その内の一つはあの娘達の一人にくっついてるのさ。声も送れるぜ」

「ジョン。何故出会ってすぐの君があの子達に執着する? 確かに腕は立つが子供だぞ」

「腕が立つ子供、素晴らしいじゃないの。亜人でここまで強くなるなれる奴なんて今までいなかったんだぜ? しかも進化している。まぁ、アンタが関わっているんだろうが」


 そんな探るような目をされても何も特別なことなんてしてないよ。ちょっと一緒に修行して組手しただけだよ。あとヤディカちゃんとインユゥちゃんとは一緒に暮らしてます。最近、カレオちゃんも来るようになりました。特別なことっていったら、その同居くらい?


「他の亜人連中も強くなってきているよな。昔の知り合いがそれ・・は出来ないようにしたはずなんだけどよ」

「賢者を知っているのか」

「称号が見えてるだろ、白々しいぜ、旦那」


 すまんね、『覗き見』を持ってるなんて普段人には言わないもんだから、しらばっくれる癖が付いてんのよ。


「まぁその話は今は良いんだ、重要なことじゃねぇ。話の要点は俺があの子達に執着する理由だろ?」

「……そうだな」


 賢者の話も重要な気がするんだけどね。

 今はヤディカちゃん達のことが優先です。もしもジョンの理由が他のやつらにも通用することだったら、今後彼女達の身が危なくなる。そうなる前に大元を叩けるようにしなくては。


「旦那は島の東側の森から来たんだろ? そこで火を吐く熊を殺したよな?」

「あぁ。彼も正しく強敵ともだった」

「他にも強いモンスターを大量に殺しちまった」

「私だけではないが、そうだな」

「それがマズかったのよ」


 ジョンの話では、この島には魔王によって結界が張られていたらしい。そんな話、誰かからも聞いたことがあります、はい。

 効果は、北の果てにあるこの島を、多種多様な生物が生存できる環境に変化させる環境保全機能。亜人族のみでこの島からの脱出を不可能にする識別機能、島の生態系を破壊しかねない強力な存在の侵入を拒む防衛機能などがあるそうだ。


 そこまで効果の重複した結界を維持するのはいくら魔王といえども難しく、一人では保って数週間らしい。なので、不足を補うべく、島に生息、または外部から持ち込んでいた強いモンスターを結界の要に設定し、必要魔力の何割かを負担させていた。

 しかし、結界の要になっていたモンスターを俺たちが悉く殺して回ってしまったので、今や島を守る結界は崩壊寸前。このままでは島は吹雪が吹き荒れ、太刀打ち出来ないほどのモンスターが闊歩する魔境へと変貌してしまう。

 早く新しい結界の要を見つけなければならないが、それほどのモンスターは殆ど狩り尽くされてしまっていた……。


 うん、エルカ族が森で安全に暮らすためにって結構狩りをしたもんね。

 一時期は食料庫にも収まりきらないくらいの肉があったもんでした。

 やり過ぎたから狩りは規制したんだけども、他の亜人の集落を滅ぼしかねない危険なモンスターついては狩りを奨励してるんだよね。

 それが地雷だったとか、先に言ってよという話でして……。


「途方に暮れていた折りに、全ての力を結界維持に注ぐ為に眠りに付いていた魔王様がお目覚めになっちまった。魔王様が結界の最終防衛ラインでな。起きちまったってことは、相当ヤバイってことなんだよ」

「それにしては嬉しそうに見えるが」

「まぁな、俺は魔王様にゾッコンだからよ」


 そういや何か得意そうに小指をたててコレ・・とか言ってたな。魔王をコレ呼ばわりかよ。告げ口してやろうかい。


「ならばジョンがヤディカ達に関わる理由は……」

「もう言うまでも無いだろ?」


 まぁそうだよな。結界の要とやらにするためだ。

 なったらどうなるとか以前の問題だ。そんなことは認められん。あの子達が努力で勝ち取った力だぞ、横からかっ拐わせるわけにはいかない。


「私の魔力ならばどうだ。充分賄えるのではないか?」

「済まんな、旦那はもう要になることは決定してるんだ。それでも足りないんだよ。だからあの子達に早くもっと強くなって欲しいのさ。塩枯死樹人ソルトゾンビトゥレントくらい倒せるようになれば、まぁ、要としての素質は充分だろうからよ」


 どうあっても三人を利用するつもりか。

 ならば、俺はお前と魔王の敵だ。俺はお前に敵対する。


「おっと、ここで分体の俺をボコボコにしてもいいがな、それでこの島のことはどうするんだ? 吹雪に覆われた死の島にしてもいいのかい?」

「…………」


 出来るわけがない。

 そうなればエルカ族もゼクト族ネビ族も、彼等の枝族達も皆死んでしまう。

 俺はまだ良いとして、ヤディカちゃん達まで要とやらにしなければいけないのか? 他に手はないのか? 本当に?

 いや、そもそもジョンが嘘を吐いている可能性だってあるんだ、いや、そうに決まっている。こいつは【詐欺師】なんだから、今言っていたことも全部嘘かもしれないじゃないか!


「旦那は単純だねぇ、考えていることがまる分かりだ。言っとくけどな、嘘は吐いてねぇ」

「馬鹿な! お前は詐欺師だ」

「【詐欺師】の称号はな、“嘘”じゃなくて“言葉”で相手を誘導する奴に贈られる称号なんだよ、嘘じゃあ、嘘つきになっちまうだろ?」


 これが、これが本当だとして、俺はどうすればいい?

 俺の力ではまだ足りない。きっと、エルカ族の村長を中心とした精鋭達でも足りない。

 ジョンとしてもこれはギリギリの賭けなんだろう。

 ヤディカちゃん達が勝利を収め、成長することに期待せざるを得ないほどに。


 強力なモンスターを倒せば当然多くの経験値が入り、大きく成長できる。

 ジョンが、俺がヤディカちゃん達に合流するのを防ごうとしているのは、俺が塩枯死樹人ソルトゾンビトゥレントを倒した場合、もしくは俺の協力があった場合、ヤディカちゃん達に入る経験値が大きく削がれるからか。


 つまり、俺が塩枯死樹人ソルトゾンビトゥレントを単独で倒し成長できる幅では、結界の要に充分な強化がされないということだ。


「……結界の要になればどうなる」

「毎日必要な分の魔力が吸われる、それと、どうあっても島から出られなくなる。そんな所だな」

「君と魔王は既に要なのだな」

「そうだよ。期待していたら済まんね」


 そうか、生け贄になったり、植物状態で保存、とかいうことにはならないらしい。

 毎日規定量の魔力を収めればそれでいい、と。

 島から出られないのは痛いが、それでも大きなデメリットという程じゃない。


「一つ聞かせてくれ」

「あぁ、いいよ。何でも聞きな」

「一度要になったらもう取り返しは効かないのか?」

「さぁな、だが掛けた術式の解除は出来るはずだぜ。したことはないけどな」


 だったら、死ぬまで魔力を搾り取られるということも無さそうだな。

 ならば俺がするべきことは単純だ。いつもと変わらない、極々シンプルなことだ。


「ジョン。私は強くなる。私の魔力で島を維持できるまでにな。そうすればヤディカも、インユゥも、カレオも、要になる必要はないだろう」

「そりゃまぁ、そうだがね。旦那、アンタはもう相当に強い。魔王様とぶつかり合えるくらいには強いと思うぜ? そんな奴がこれ以上どうやって強くなるってんだ? まともに経験値稼げる相手なんて、もうこの島に残ってねぇと思うぞ?」

「大丈夫だ。問題ない。その代わり頼みがある」

「予想は付くぜ。旦那が強くなる間、あの子達を守れってんだろ?」

「頼めるだろうか?」


 ジョンはヤディカちゃん達の安全よりも、強化を望んでいる奴だ、信用出来ない。出来ないが、それでも今は信用するしかない。

 ヤディカちゃん、インユゥちゃん、カレオちゃん、三人の未来を守るためだ。

 要になってもどうということは無いとあの子達は言うかもしれない。だけど、俺はあの子達にいつか世界を見てもらいたいと思っている。

 素敵な子達だ。才能がある。魅力もある。それでいて努力が出来る。もっと広い世界を知るべきなんだ。

 俺は、俺の異世界人生全てを掛けて、あの子達の未来になりたい。


「出来なきゃ、旦那が本格的に敵に回りそうだな。良いぜ、あの子達の面倒を見てやるよ。ただ、過度な期待は御辞退したいぜ。なんせ弱いスライムなんでな」

「あの子達が死ぬような事があれば……」

「分かった分かった! 俺はやると決めたら全力でやる男だぜ」

「不本意だが、信用している」


 コイツが保険というのが本当に不安だよ。

 出来れば村長とかビルカートのおっさんを呼びに行きたいくらいだけど、探し回る時間も惜しいしな。


「ジョン。最後に一つ言っておく」


 俺はその場に座り込み、座禅を組んだ。

 今から今までやらなかった試みをするのだ。後顧の憂いは断っておかないとね。あと、気になってたことも。

 ジョンが、まだ何かあるのかと面倒臭そうな顔で振り向いた。


「私は女だ。旦那ではない」


 ジョンの濃い顔がポカンと間抜け面になった。

 体だけの話なんだけどね。一応、師匠の体だから。女性に分類されてるはずだから。


 嘘だろ! 叫ぶジョンの声が遠くに聞こえ始める。

 俺は、俺の更なる強化、さらに厳しい修行のために、意識を深く沈めていくのだった。



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