表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/114

72話 【転生者】

今回、短めになっております





「どうした?」


 少女は自分の髪を熱心にいていた男が急に動きを止めたのを感じて、振り返った。

 玉座の背もたれが邪魔だが、男の顔は辛うじて見える。

 いつもニヤニヤとからかうような笑みを絶やすことの無い男が、険しい表情で此処ではない何処かを睨み付けていた。

 ただならぬ雰囲気に、少女も表情を改める。


「まさか、接触したのか。例の強力な力を持った者と」

「……」


 男は応えない。

 ただ、じっとしながら険しい顔をしているだけだ。


「すまん、お嬢様、ちと余裕がないかもな」

「……お前が余裕を持てないほどの相手か」

「あぁ、こうならないように動いていたつもりだったんだが……、やれやれ、どうにもいい手札が揃わねぇ」


 珍しく弱音を吐く男の姿を見て、少女は内心奮起した。

 今こそ主として堂々とした姿を見せるべきである、と。

 少女は正面に向き直り、不敵に笑って見せた。


「ふん、面白いではないか。構わん、本気で相手をしてやるがいい。それで潰れるようならば初めからいらん」

「当然だ。本気でやらせてもらうぜ」

「くっくっく、では私はお前が奮闘する様子を映像水晶で見物させてもらうとしよう」


 男は大きく深呼吸をすると、懐からハサミを取り出した。

 そして、鬼気迫るほど真剣な目付きで少女の髪の一本、その先端を見据え、ハサミを振るう。

 研ぎ澄まされた一閃は、見事に少女の髪の枝毛を寸断し、周囲の髪、切られた一本の髪さえ傷ませない。

 切り取られた枝毛は、男が何をしたのか少女が気付く前に男のポケットの中にそっと回収された。


 栄養状態、魔力状態、使用するシャンプーやコンディショナーの厳選、頭皮マッサージ、湿度や室温などの環境、それらを完璧に整えても、経年劣化による枝毛は防げなかったのか、と男は顔を覆い落胆する。

 いや、完璧に整えていたつもりだったが、どこかに落ち度があったのだろう。出なければ、少女の髪にダメージが入る筈がない。

 これからは手入れにもっと時間をかけなければ、と男は決意を新たにするのだった。


「……?」


 少女は男に命令を出したキメ顔のまま男が動くのを待っていたが、枝毛を切り落とした男が髪を梳くのに戻ると、何かおかしいと気付いたらしい。


「おい、どうした? 私の髪の手入れなど後にしろ、その強力な奴の所に早く行け」


 くるりと振り返り男に再度命令するが、男は怪訝な顔をして首を傾げる。


「なぁ、お嬢様、なんのこと言ってるんだ?」

「何って、お前、大変な相手と戦うんだろう?」

「ん? あぁそれな、戦った。厳しい戦いだったぜ……」

「え? もう? 勝ったのか?」

「あぁ、お嬢様、お嬢様の枝毛は俺がスパッと切り落としておいたぜ」


 自慢気にハサミを見せる男に、少女の顔色が変わった。

 最初は蒼白であったが、次第に赤く染まっていく。

 男の顔に一筋、冷や汗が垂れた。


「き、貴様……ジョン・エマル! この不忠者のスライムめ! 今日という今日は勘弁ならん! その体を粉々に砕き宙に撒いてくれる! えぇい、おのれ! この体さえ自由に動けば!」

「いや、俺スライムだから、そんなことされてもすぐ直るぞ?」

「ならば死ぬまで引き千切る!」

「悪かった、からかい過ぎた、真面目にやるよ、だからそう暴れるな、な?」


 男、人型粘生体ヒューマノイドゲルのジョン・エマルは、完全に癇癪を起こして暴れる少女の前に回り込み、頭を下げ、なんとか機嫌を取ろうといつものニヤニヤ笑いを引っ込め、真摯な笑顔を見せた。

 だが、残念なことに、少女の怒りはその程度のご機嫌取りで収まるほど軽くは無かった。


「だったらご自慢の分体でも本体の貴様でも何でも使ってさっさとやれ! バカ! 意地悪!」

「分かった分かった。直ぐにやるよ。だけどよ、ちょっとふざけたお陰で思わぬ収穫が有りそうだぜ?」

「……何だそれは」


 興味を持った少女の様子に機嫌を直してもらう可能性を見たジョンは、ここがチャンスとばかりに少女の手を取り、真面目な顔を作る。


「結界が弱まったせいで俺たちの制御を放れちまった塩枯死樹人ソルトゾンビトゥレントの野郎がいい餌になってくれたんだよ」

「ほぅ、魔力電池にもなれず塩を作り出すだけの能無しだったが、そうか、それなりに経験値は溜め込んでいたな」

「まぁ、それでも亜人やモンスター程度にしたら充分な脅威さ。生死をかけるくらいのな」

「ふむ。まだ彼らはそのようなレベルなのか……」

「その能無しに、有望そうな若者をぶつけてみるのさ。上手く倒せばレベルアップ、魔力の多い亜人が生まれるって寸法だ」

「なるほどな……、お前がやけに動かなかったのも、その若者をトゥレントの奴にぶつける為か」

「そうなんだよ、不真面目に見えてしまったかい? それは俺が悪かった。だが、俺はいつだってお嬢様の事を考えているんだぜ?」

「ふ、ふん、私も短慮な所が有ったかもしれんな。部下を信頼しきれないのは器が小さい証拠だ、すまんな」

「おいおい謝らないでくれよ俺の可愛いお嬢様」


 そういってジョンは少女の小さな手の甲にキスを落とす。


「ただ、余裕がないのは事実だぜ。若者の保護者が例の強力な存在って奴でな」

「うん? それがどうした?」

「奴は随分過保護なようだぜ、どうやらお怒りだ」

「強くならなければ生きていけない世界で、強くなろうとすると怒るのか? 変わった奴だ」

「とは言え、強いのは確かさ。分体に力を送っとくか……」


 久方ぶりの戦闘の予感に、ジョンも、彼の主も楽しそうに笑うのだった。




◆◆◆




 スライムの家を飛び出した俺は直ぐ様周囲に『魔力感知』をかけ、ジョンの行方を探った。

 こんなことになるなら、ジョンにさっさと『覗き見』を掛けとくんだった。

 戦いでもないのに相手の《ステータス》を覗くのは失礼だと思っていたが、それで危険が生まれる可能性が潰せるならそうすべきだろう。

 俺が危険に陥るならいい。自業自得だし、罠でも敵でも噛み破るだけだ。

 だけど、ヤディカちゃん達が危険に曝されるのは違う。それは絶対に避けなければ。


 ジョンは治療がスライム達の治療が終わるまでは村に近付かないと言っていた筈だが、自分の家の裏手で俺を待ち構えていた。

 ご丁寧に、俺が気付きやすいように魔力を放出して存在感をアピールしてやがる。

 その魔力量はザコなんてもんじゃない。赤角熊にも勝るとも劣らない量だ。

 このレベルにまでなってくると、単純な《ステータス》差だけでは勝つのが難しくなってくる。

 それ以外にも独特な『スキル』を獲得していることが多いからだ。

 この世界、『スキル』と魔力を上手く使えればジャイアントキリングも不可能ではないのだ。


 ジョンが視界に入った時点で『覗き見』発動。

 失礼とか言ってられない。明らかにこっちを挑発している態度、怪しすぎる。何が起こっているのか、俺が何故ここに来ているのか分かっていやがるな。




《ステータス》

名前:ジョン・エマル(分体)

種族:人型粘生体ヒューマノイドゲル

Lv.20

HP:860

MP:900

SP:1300

攻撃力:700+350

防御力:410

素早さ:1870


◇スキル

『流体操作』『変色』『分裂』『合体』『念話』『無手の天才』『根性』『HP自動回復(大)』『眷族強化』『覗き見』

『水魔法』『火魔法』

『物理軽減(大)』『魔法軽減(大)』『状態異常耐性』

『エネルギー吸収』『エネルギー変換』


◇称号

【■■■】【ユニークファイター】【喧嘩屋】【突然変異】【魔王の側近】【賢者の弟子】

【詐欺師】【創成者】




 《ステータス》を見て改めて思うが、どこがザコだよ! こいつ、赤角熊も倒しちゃうんじゃないの?

 しかも、名前の横に分体ってあるってことは、こいつは本体じゃない。本体はもっと強いということか。

 称号の一つに潰れたものがあるのが気になるが……。少し、予想が付くと言えば付く。

 ふん、たぎらせてくれるぜ。


「よぉ、旦那、どうしたい?」

「白々しいな。私が此処に来た理由はもう分かっているのだろう」

「へへっ、言っとくが、嬢ちゃん達に手は出してないぜ?」

「そうか。では彼女たちはどこだ」

「それは言えねぇんだな。約束でよ」

「……塩枯死樹人ソルトゾンビトゥレントの所か」


 うむむ、ジョンが黒幕でヤディカちゃん達に何かしたのかと思ったけど、こりゃあの三人が独断で行っちゃった感じかな。

 手厳しいこと言っちゃったからなぁ、俺を見返すために自分達で強いモンスターを倒す! みたいな考えになっちゃったんだろうな。

 すぐに追いかけなければ! たぶんヤディカちゃん達は地下を進んでいるだろう。俺一人なら塩化させる呪いを弾きながら進んでいける。すぐに追い付ける!


「おっと、すまねぇが、もう少し俺に付き合ってもらうぜ」


 ジョンが俺の前に回り込んできた。その姿がぐにぐにと蠢きながら肥大化し、一つの形を作っていく。

 これは、人間の姿か。なるほど、人型粘生体ヒューマノイドゲルというのは、こっちが本当の姿なのか。


「戦いならば後にしろ。三人の安全を確保するのが先だ」

「それも約束でよ。ついでに俺のコレ・・の為でもあるんだな」


 全身半透明で水色なのに、顔だけ濃いままのジョンが、にやりと小指を立てて見せる。

 ……なんかムカつきますよ?

 そんなに相手して欲しいのだったら、ちょっとオジサン気合い入れちゃおうかな?

 急いでるこっちを無理矢理付き合わせてるんだから文句無いよね!


「……聞きたいことがもう一つあったな。ジョン、お前は何者だ?」


 頭の中のスイッチを切り替え、拳を握る。

 ジョンがどんな攻撃をしてこようが構わない。速攻で沈める。


「おいおい、カサンドラの旦那よ、あんた、俺の《ステータス》を覗いたんだろ? だったら分かってるんじゃねぇのかい?」

「魔王や賢者と繋がりがあるようだな。そしてスライムとしては格段に強い。恐らく進化三段階目といった所か」


 言いながら、俺は一つの考えを口に出せないでいた。

 引っ掛かっているのは称号、俺の《ステータス》では、あの一番最初の所に何が入っていた?


「そうじゃねぇ。俺の『覗き見』でもアンタの称号の最初の一つは潰れて見える。これでも分からねぇかい?」


 ……やっぱりそうなのか。

 ジョン・エマル、所在不明のスライム、お前の正体は俺と同じ……。


『【転生者】……だったのか……』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ