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74話 女の子 三人寄れば 姦しい

飲酒表現がありますが、本作品は未成年の飲酒を推奨するものではありません




 もうどれだけこうしているのだろう。

 時間はそれほど経っていないはずだが、明かりが殆どなく、塩の据えた臭いがキツく、屈んで通るのがやっとの狭い空間の中では、時間が流れているのかどうかも分からなくなるのだった。


 カレオは泥をこねてトンネルの補強を続けながら、段々と頭が働かなくなっている自分を自覚していた。


 持ってきた資材はとっくに底を尽き、今は泥を固めてレンガのようしてトンネルの梁を作っているのだ。


 インユゥは黙々と穴を掘り続けている。いつからか泥よりも岩のようになった塩の塊が道を塞ぐようになり、多くの魔力を両手のドリルに注がなくてはならなくなっていた。

 気を緩めるとすぐにドリルがほどけ、ただの回転する魔力になってしまう。常に意識を張っていなくてはならないという状況に、会話する余裕など残っていなかった。


 ヤディカはトンネルを補強する粘液を出していたが、既に肌の一部が乾き、塩のせいで焼けたようになっていた。

 望めばどんな毒でも薬でも調合できるスキルを手にいれたヤディカではあるが、長時間に渡り体から搾り出し続けるという経験は初めてであった。

 これ以上続ければ命に関わるかもしれない。そんな考えがちらりとよぎる。


 張り詰めたゴムが弾けるような音がして、インユゥの両手のドリルがほどけた。

 これで何回目か数えるのもうんざりするような回数だ。


「もう今日は無理だべ、休むべきだよ」


 ぽつりとカレオが呟いた。

 疲労から息を荒げていたインユゥが苛々と振り返る。


「あァ? 誰が無理だって?」

「皆もう限界だべ、体を休めなければ駄目だ」

「ふざけんな、アタシはまだやれるぞ。アタシの限界をお前が決めるんじゃない」

「…………カレオの、言う通り、かも……」


 弱々しい声でヤディカが呟くと、その場にへたり込んでしまった。

 薄暗く、一つのランタン以外殆ど明かりのないトンネルの中だが、三人とも夜目が効く、インユゥには、火膨れをおこしているヤディカの腕が見えてしまった。

 もう体を守る粘液を出す余裕すら無いのだ。

 どれだけ強くなったとしても、ヤディカはエルカ族である。筋肉の塊となった男衆と比べて、その肌は粘液の保護が無ければ弱いままだ。


「このままじゃ例のモンスターの所に辿り着いても戦えないべさ。今は休むべきだよ」

「ちっ、そうだな……」


 インユゥも回転させようとしていたドリルを消し、壁にもたれかかる。

 カレオが背負っていたリュックから食料や水を取り出した。大量に食べるインユゥの為に、食料はかなり多目である。飲料水もそれなりだ。だが、薬を調合できるヤディカに頼っていたため、医薬品の類いは殆ど無かった。


「ヤディカちゃん、その腕につけるものが無いだよ……、本当にゴメンだ……」

「別に、いい……。少し食べて眠れば、自分で治せる、から」

「バカ、せめて洗い流せ、また腕を切り落とすとか言われたいのかよ」


 インユゥは自分の水をじゃばじゃばとヤディカの腕に振り掛ける。

 染みて痛いのか、ヤディカの眉が僅かに潜められた。


「インユゥちゃんもだよ、目を洗わなきゃダメだべ」

「あァ? アタシか? アタシはいいよ」

「飛び散った塩の欠片が目に入ってるはずだべ、洗わなきゃ危ないだよ」

「怪我したって、アタシは食えば治るんだよ、そういう体質なんだから」

「それでもだべ、怪我はしないに越したことないべよ」

「……ったく、分かったよ」


 三人は狭いトンネルの中に座り込み、カレオが持ってきていた食料を食べた。

 固く焼き上げて水分を飛ばしたパンのようなものと、分厚い皮の果物、丁寧に塩を拭った干し肉、芋を潰して乾かした餅。そしてわずかな果実酒。

 火を起こすことが出来ない、冷たい食事だったが、腹に食べ物が入ることで、ヤディカとインユゥは自分がどれだけ疲れていたか自覚したのだった。


「味付けが薄いかもしれないだども、塩ならそこらに沢山あるべ?」

「ハッ、今なら何食べても全部塩味だよ。口の中がまだじゃりじゃりするかんな」

「干し肉、ちゃんと塩、拭ってきた……。カレオ、偉い」


 珍しくヤディカに褒められて、カレオは恥ずかしそうに頭を掻いた。


「ワタスはまだまだ弱いから、こういうとこで皆の役に立たねばと思ったべ」

「……いつも言ってること、気にしてる……?」


 ヤディカとしては友達に冗談を言う感覚でからかっていたのだが、カレオが本気に取って悩んでいたとしたら、それは悪意があったのと変わらない。

 そっと顔を伺うヤディカに、カレオはにっこりと微笑んだ。


「ヤディカちゃんが親しみを持ってくれているのは分かってるだよ。友達と思ってくれて嬉しいべ。でも弱いのは事実だべよ」

「アタシ達と一緒にカサンドラの組手いじめに付いてきている時点で、弱くないと思うけどなァ」


 芋餅を美味しそうにかじりながら、インユゥがしみじみと呟いた。

 カサンドラが進化してさらに強くなってからは余計に酷さが増した。

 あれをまともな修行と呼べるなら、そいつはもう変態だと思う。


「あれに、付いて来れるの……、他に、何人いたっけ……?」

「アタシ達以外には……あー……、村長だろ、カブトムシのオッサンだろ、ヤディカのパパとママ、ネビ族のオッサン三人……くらいじゃない?」

「ジョンも、きっといける、と思う……」

「はぁ? あのスライムが?」

「ヤディカちゃんを疑う訳じゃないけんども、少し無理があるような……」


 三人の脳裏にやけに顔の濃いスライムの姿が浮かぶ。

 暑苦しい笑みを浮かべた次の瞬間、カサンドラのイメージに踏み潰されていた。

 実際に何度も殴られていたことを、当然三人は知らない。



「そういやさ、ジョンの奴、カサンドラのこと“旦那”って呼んでたよな」


 果実酒をぐびりと煽り、インユゥが言った。

 その頬は少々赤い。

 ここの雰囲気も手伝って、回るのが早いようだった。

 いつのまにかヤディカもカレオも果実酒の瓶を持っている。

 塩漬けの空間で甘い果実酒は口当たりが良かったのだろう、周囲には瓶がいくつも転がっていた。


「そういえば、そうだべなぁ」

「カサンドラって男? 女? どっちだと思う?」

「ヤディカちゃんは知ってるべ? 一番長く一緒にいるもんね」

「…………知らない」


 実際、果実酒は普段から水と同様に多く飲まれている物である。薬の代わりにも使用されているし、場所によっては生水が危険な所もある。発酵させた果実酒の方が保存も効くため、一般的なのだ。

 故に三人とも飲み慣れているのだが、やはり雰囲気に飲まれているのだろう。ヤディカとカレオの頬も紅潮していた。


「えーッ、知らんべか! 本当に? 隠してるんじゃないべかぁ?」

「へぇ? ヤディカ、お前カサンドラのこと好きなんだろ? なのにどっちか知らなくていいの?」

「別に……どっちでも、カサンドラはカサンドラ……」


 ヤディカの告白にインユゥは口笛を吹き、カレオは頬を押さえてキャーキャー言いながら転げ回った。

 言ってしまってから、カサンドラに恋をしているとカミングアウトしたも同然と気づいたヤディカは、顔を真っ赤にさせて俯いた。その手には酒瓶がしっかりと抱えられている。


「そっかそっか、ヤディカはどっちでも構わないと! いやァ、愛だねぇ」

「……インユゥだって、そうじゃない」

「あァ? アタシがどうしたって?」


 ヤディカが果実酒を一気に煽り、ダン、と勢いよく地面に叩き付けた。


「ペントーサと戦ってる時……、アタシから、カサンドラを取らないで……って言ってたクセに……」

「あ、アタシはそんなこと言ってねぇぞ!」

「あの人の傍に居ていいのは……、お前じゃない、とかなんとか……」

「わーッ! わーッ! 止めろよ! 」

「ヒャーッ! インユゥちゃんもだべか! 三角関係なんだべか! ヒャーッ!」

「なに部外者面してんだコラァ!」


 悶えて転がるカレオにインユゥが飛び掛かり、羽交い締めにする。

 案外大きな胸が強調され、ぷるんと揺れた。


「……? なんか、苛つく……?」


 身の内から感じた得たいの知れない苛立ちに戸惑うヤディカ。その目は自然と自分の胸に落ちていた。

 雄大な地平がそこには広がっている。対してインユゥはなだらかな丘、カレオは肥沃な山々であった。


「カレオだってカサンドラに助けて貰ったんだろ! 憧れたとか言ってたけど、それが恋かもしれねぇだろうが!」

「へぁ!? わ、ワタスがここここ恋だべか!? カサンドラさんに!? お、おおおお畏れ多いだよ!」

「その反応がもう怪しいんだよ!」

「ワタスは助けて貰った恩を返したいだけだべ! こっここ恋なんて、そんな……ひゃわぁ!?」


 突如奇声を上げるカレオ。その胸をヤディカが鷲掴みにしていた。

 ぐにゃんぐにゃんとスライムのように形を変えるその2つの山に、我知らずヤディカの顔が険しくなっていく。


 カレオの拘束を解いたインユゥが、そっとヤディカの肩に手を置いた。


「分かる、分かるぞ。これは触ってみたくなるよな」

「えぇええ!? なんッ、何でだべ!?」

「もしもカサンドラが男だったら、これは脅威になる。アタシの昔の記憶がいってる。男はみんな大きいのが好きだって」

「もごう」


 ぐにぃ、とヤディカの手に力が籠る。


「ひぇええ! ヤディカちゃんこれちょっと本当に強ッ! もげる! もげてしまうべ!」

「もぐの」


 ヤディカは目が据わっていた。どうやらすっかり酔ってしまっているらしい。


「あっはっはっははは!」

「痛たた! インユゥちゃんも笑ってないで助けて欲しいべよー!」


 どうしたら、とカレオが慌てている内に、今度はゆるゆると力が抜け、ヤディカはそのままカレオに凭れかかるように眠ってしまった。


「あ、あれ、ヤディカちゃん?」

「あーあ、胸に埋もれて気持ち良さそうに寝てら、こいつ、あんまり酒飲んだこと無かったな」

「……無さそう、だったべなぁ」


 インユゥは残っていた果実酒の瓶をいそいそと手元に集めながらとろけたように眠っているヤディカの頬を摘まんだ。


「戦士だなんだって何時も気を張ってるからな、こいつ。たまには憧れのカサンドラが居ないところで休んだっていいだろ」

「……また女の子だけで集まって楽しむのもいいかも知れないべな」

「おい、それじゃカサンドラが女だったら入ってくるぞ?」

「え? 駄目だべか?」

「そしたらヤディカがカサンドラに付きっきりになって、アタシ等と遊んでくれなくなるじゃん」

「あー……そうだべな……。じゃあ、子供だけの宴会にするべ!」


 その場合、エルカ族のうるさい子供達も入ってきそうで、少し嫌な予感のするインユゥだった。

 それに、子供だけとか言ってもカサンドラは何処かで見てそうな気がする。


「カレオ、アンタもそのまま休んじゃいなよ。ここなら見張りも必要ないだろ」

「インユゥちゃんはどうするべ?」

「アタシは食って飲めば回復する。だからまだ食べる」

「そうだべか。それじゃ、お先に失礼するべ」


 カレオも大きな欠伸を一つすると、そのまま横になった。

 地肌の露出したトンネルでもすぐに眠ることの出来る逞しい子達である。


 二人が眠った薄暗がりの中で、一人酒瓶を傾けながら、インユゥはトンネルの先を見詰めていた。


「もうすぐ、だよな……。アンデッドの気配を感じる。この塩の塊を越えたら、すぐだ」


 そして鋭い視線のまま、カレオが背負ってきていた大きなリュック睨み付けた。

 資材が入っていたリュックは、最初に比べて随分萎んでいたが、それでまだまだ何かで膨らんでいる。


「手出しすんなよ?」


 底冷えするような声に、リュックに潜んでいた何かはぶるりと震えるのだった。



カレオ>インユゥ>>>越えられない壁>>>ヤディカ

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