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8/11

王冠の意味

■1


九月上旬。


ロンドン、午前10;50。


セレニア、午後0:50。


「以上、セレニア王宮前より、BBCのエミリー・カーターがお伝えしました」


現地レポーターがカメラへ頭を下げる。


「それでは、スタジオのダニエルさん、シャーロットさんにお戻しします」


画面が切り替わった。


配信開始時、数千人だった同時接続数は、すでに10万人を超えていた。


BBCスタジオ。


「はい。エミリーさん、ありがとうございました」


英国の人気司会者、ダニエル・フォスターが正面のカメラを見る。


その隣には、シャーロット。


「さて。いよいよ始まりますね」


「ええ」


シャーロットが頷く。


「セレニア王国、次期国王をめぐる最後のプレゼンが、このあと行われます」


背後の大型モニターに、二人の王子が映し出された。


第一王子、レオン・ボーモント。


第二王子、ルカ・ボーモント。


「しかし、下馬評ではかなり差がついているようですね」


「現在、大手ブックメーカーでは、およそ2:1でレオン殿下が優勢です」


「まあ、実績がありますからね」


「観光分野では、すでに目に見える成果を出していますから」


ダニエルがシャーロットを見る。


「ところで、シャーロットさん。あなたは両王子とも現地で取材したんですよね?」


「はい」


「じゃあ聞いてみましょう」


少し楽しそうに笑う。


「あなたなら、どちらに賭けます?」


「私ですか?」


「ええ。もちろんプライベートで」


シャーロットは少し考えるふりをした。


「まあ、私、ルカ王子推しなんですよ」


ダニエルが眉を上げる。


「それ、BBCで言っていいんですか?」


「ダニエルさんの番組でしょう?」


「なるほど。そうでした」


スタジオから笑い声が漏れる。


「では、いくら?」


「全部」


「全ベット?」


「ええ」


「それで負けてもいいんですか?」


シャーロットは笑った。


「いいんですよ」


少し間を置く。


「推しへの愛があれば」


ダニエルが吹き出した。


「今日はずいぶん個人的ですね」


「たまにはいいでしょう?」


シャーロットは涼しい顔で資料をめくった。


「プライベートのお話ということでしたので」


「いいですね。では仕事に戻りましょう」


ダニエルがカメラへ向き直る。


「それでは、プレゼン開始まであと十分」


背後のモニターが、セレニア王宮の会場へ切り替わる。


「午後一時から、生中継でお送りします」


ディレクターの声がイヤホンに入ってきた。


「同接30万人超えました!」


画面脇のコメント欄も、一気に流れ始める。


「Charlotte is Team Luca ?」


「LMAOOO CHARLOTTE」


「ALL IN is crazy」


■2


セレニア、午後1時25分。


「セレニアには、まだ世界に知られていない価値があります」


レオンは会場を見渡した。


「僕は、その価値を世界へ届けたい」


「競争相手は、地中海だけではありません」


レオンは会場を見渡した。


「美しい海だけなら、世界中にあります」


「インド洋にも、カリブ海にも、大西洋にも」


レオンはスクリーンを見る。


「ですが、私たちが目指しているのは、美しい海だけの観光地ではありません」


「八百年の歴史。街並み。料理。文化。そして王家」


「それらすべてを、観光資源にする」


「僕たちの競争相手は、フランスであり、イタリアであり――日本です」


「セレニアを、世界中から人が文化を体験しに来る国にします」


深く一礼する。


次の瞬間。


会場を、大きな拍手が包んだ。


レオンのプレゼンは完璧だった。


新しいホテル。


マリーナ。


クルーズ船の誘致。


外国人観光客の増加。


雇用。


投資。


どれも、すでに数字として現れている成果だった。


青い海。


白いホテル。


ヨットが並ぶ港。


スクリーンに映し出される映像も華やかだった。


理沙は舞台袖から、その光景を見つめる。


――強い。


拍手は、なかなか鳴りやまなかった。


やがて司会者が壇上へ戻る。


「レオン・ボーモント殿下、ありがとうございました」


再び拍手。


「ここで十分間の休憩に入ります」


「休憩後、第二王子ルカ・ボーモント殿下によるプレゼンテーションを行います」


会場の照明が明るくなった。


理沙は手元の資料を見る。


あと10分。


東都大の受験も。


司法試験も。


初めて教壇に立った時も、緊張した記憶はなかった。


なのに今は。


紙を持つ指先が、わずかに震えている。


隣に立っていたルカが、静かに会場を眺めていた。


「先生」


「ん?」


「この国は、小さいですけど強いですよ」


理沙が顔を上げる。


ルカはそのまま続けた。


「メフメト二世も、ヒトラーも、共産主義の時代も」


「この国は、何度も外から支配されそうになった」


会場の向こう。


王家の紋章が掲げられている。


「それでも、この国は八百年、ここに残ってきました」


「戦って。交渉して。時には同盟を結んで」


ルカは少し笑う。


「歴代の王たちは、そうやって王冠を守ってきたんです」


「そして、僕も、ボーモントですから」


スタッフが近づいてくる。


「殿下、まもなくです」


「はい」


ルカはジャケットの襟を整えた。


そして、理沙を見る。


「さあ」


穏やかに笑う。


「行きましょうか」


理沙は一度だけ息を吐いた。


「ええ」


二人は、壇上へ続く扉へ向かった。


■3


午後1時40分。


休憩が終わった。


会場の照明が落ちる。


司会者が壇上へ上がった。


「それでは、第二王子ルカ・ボーモント殿下によるプレゼンテーションを始めます」


拍手。


ルカが壇上へ向かう。


中央に立ち、会場を見渡した。


「先ほど、兄から素晴らしい提案がありました」


背後のスクリーンに、セレニアの街並みが映し出される。


「観光は、この国を支える重要な産業です」


「そしてこれからも、国を豊かにするために成長させていかなければならない」


一枚、スライドが切り替わる。


「一方で、セレニアには大きな弱点があります」


画面に大きく文字が現れた。


高等教育


「この国は、高度な教育インフラの多くを国外に依存しています」


「法律、医学、経済、行政」


「専門的な知識を身につけようとすれば、多くの若者が英国をはじめとする国外へ出なければなりません」


次のスライド。


国外留学に必要な費用。


国費留学の人数。


国内で受けられる高等教育の選択肢。


「もちろん、国外で学ぶこと自体に問題があるわけではありません」


「問題は、それを選べる人間が限られていることです」


ルカは会場を見る。


「能力があっても、家庭に十分な資金がなければ留学できない」


「国費留学にも限りがあります」


「生まれた家庭によって、将来の選択肢が決まってしまう」


少し間を置いた。


「僕は、それを変えたい」


スライドが切り替わる。


人への投資


「道路を作る」


「港を作る」


「ホテルを作る」


「どれも、この国には必要な投資です」


「ですが」


ルカは正面を向いた。


「僕が最も投資したいのは、人です」


スクリーンに、セレニア王立法科大学が映る。


「その第一歩として、五か月前、王立法科大学を設立しました」


続いて。


ミア・カルド。


ニコ・マレン。


二人の写真が並んだ。


「彼らは、特別な家庭に生まれたわけではありません」


「一人は北部の山間部」


「もう一人は南部の港町の出身です」


「二人には四か月間、英国の法曹資格試験に向けた教育を受けてもらいました」


ロンドンの試験会場へ向かう二人の映像。


「七月、二人は英国で試験を受けました」


会場が静かになる。


「そして今日」


ルカは一度、理沙のいる舞台袖を見る。


「その結果が発表されます」


小さなどよめきが起こった。


「僕たちが作った教育環境が、本当に世界で通用するものなのか」


「その最初の成果が、今日明らかになります」


ルカは一歩下がった。


「結果と、教育プログラムの詳細については――」


舞台袖へ手を向ける。


「技術顧問から説明させます」


会場の視線が、一斉に理沙へ向いた。


「その結果が発表されます」


その時。


理沙のスマートフォンが震えた。


理沙は一瞬、目を閉じた。


――よし。


■4


日本。


午後7時45分


東京都新宿区、高田馬場。


片山ビザ行政書士事務所。


「片山センセイ、これです」


アプリリア・サリが、パソコンの画面を指さした。


BBCの公式配信。


セレニア王国、王位継承戦。


画面の中では、第二王子ルカ・ボーモントがプレゼンを続けている。


「へえ」


片山が画面を覗き込む。


「この人が、アプリリアの北奥大学時代の先生?」


「ハイ」


アプリリアが笑った。


「藤原先生です」


画面の端。


舞台袖に立つ理沙の姿が、小さく映る。


「行政書士の試験、受けてみたらって言ってくれたのも先生です」


「そうなんだ」


「ハイ」


アプリリアは画面を見つめる。


「先生、頑張ッテ」


◇


同時刻。


東京都千代田区、神保町。


田中法律事務所。


「先生、それじゃ、お先に失礼します」


「お疲れさま」


若い事務員が鞄を持ち、ドアへ向かう。


途中で振り返った。


「あれ? 先生は帰らないんですか?」


「うん。ちょっと気になる配信があってね」


田中はデスクのパソコンへ視線を戻した。


「それ見てから帰るよ」


「海外ニュースですか?」


「まあ、そんなところ」


事務員が帰る。


静かになった事務所。


モニターには、BBCのライブ配信が映っていた。


セレニア王国。


第二王子のプレゼン。


そして舞台袖には、かつて自分を教えてくれた人がいる。


田中は椅子にもたれ、少し笑った。


「藤原先生」


画面を見る。


「ガツンと決めちゃってくださいよ」


■5


同時刻。


日本。


北奥市の居酒屋。


東京から駆け付けた相馬麻衣も一緒に、高校時代の同級生たちが集まっていた。


「そういや、藤原さんって今どうしてるんだっけ?」


田村がジョッキを置いた。


「北奥大学で先生やってるって聞いたけど」


山口が首を傾げる。


「なんか、辞めたとか辞めるとか言ってなかった?」


麻衣が答える。


「うん。仕事でしばらく海外にいるって」


「海外?」


「詳しくは聞いてないけど」


相馬麻衣が答える。


「今日も誘ったんだけどね。仕事だからごめんって」


「へえ。相変わらず忙しいんだな」


隣で山口がスマートフォンをいじっていた。


「あ、そういえばさ」


「何?」


「今日ちょっと面白いニュース見たんだよね」


山口が画面を見せる。


「セレニア王国?」


田村が読み上げる。


「地中海の小さい王国。今日、次の国王を決めるプレゼンやってるらしい」


「国王って、選ぶの?」


「兄弟で競ってるんだって。海外じゃブックメーカーまで賭けやってて、兄貴の方が優勢らしいぞ」


麻衣が笑った。


「何それ」


「BBCで生配信してる」


「日本から見られるの?」


「見られるみたい」


田村がスマートフォンをテーブルの中央へ置いた。


画面には、金髪の若い男。


第二王子ルカ・ボーモント。


英語の字幕を追いながら、田村が首を傾げる。


「ちょっと英語が早いな。大学作ったって話?」


「そうみたいね」


画面の隅。


同時接続数は、すでに70万人を超えていた。


麻衣がグラスを持ったまま画面を見る。


やがて、ルカが壇上から横へ手を向けた。


『結果と、教育プログラムの詳細については――』


画面が切り替わる。


『技術顧問から説明させます』


一人の日本人女性が、舞台袖から歩いてきた。


山口の手が止まった。


「……え?」


「何?」


「ちょっと待って」


スマートフォンを持ち上げ、画面へ顔を近づける。


「これ、藤原さんじゃない?」


「は?」


田村も覗き込む。


「……マジだ」


「うそ」


麻衣がスマートフォンを受け取った。


画面いっぱいに、理沙の顔が映る。


昔と変わらない。


けれど。


地中海の王宮。


世界へ配信される王位継承戦。


その壇上に、理沙が立っていた。


麻衣はしばらく何も言えなかった。


そして。


小さく、その名前を呼んだ。


「……理沙」


■6


「ご紹介にあずかりました」


理沙は壇上の中央へ進んだ。


「セレニア王立法科大学、技術顧問。藤原理沙です」


会場を見渡す。


「まず最初に、先ほど発表された二名の試験結果をご報告します」


一度、息を整える。


「ミア・カルド。合格」


小さなどよめき。


「ニコ・マレン。合格」


今度は、はっきりと拍手が起こった。


理沙は少し笑う。


「そして」


会場が静まるのを待つ。


「二人とも、満点でした」


一瞬。


空気が止まった。


次の瞬間。


会場が大きくざわめいた。


理沙はスクリーンへ視線を向ける。


そこに映っているのは、事前に用意していた資料だった。


「今回、二人には四か月間の集中訓練を行いました」


スライドが切り替わる。


「試験範囲を約3000のパターンに分解し、それぞれ最低10周」


「合計、約3万問です」


教室で問題を解く二人。


理沙の添削を受ける二人。


ロンドンへ向かう二人。


「ただ問題を解くだけではありません」


「間違えた論点を分析し、理解が足りないところは繰り返す」


「それを四か月間、続けてもらいました」


理沙は会場を見る。


「これが、今回行った教育プログラムの概要です」


一礼する。


「では、質疑応答に移らせていただきます」


会場の空気が変わった。


何人かが手元の資料を見る。


その中で。


一人の男が、ゆっくりと手を挙げた。


大宰相。


エドガー・サヴェルだった。


■7


一人の男が、ゆっくりと手を挙げた。


大宰相。


エドガー・サヴェルだった。


「まずは、二名の合格、おめでとうございます」


「ありがとうございます」


「この試験は、私も若い頃に受けましたが……いやはや、満点とは。素晴らしい」


会場に小さな笑いが起きる。


エドガーは資料へ目を落とした。


「一つ、お聞きしたい」


「もし二名が不合格だった場合、どうされるおつもりだったのですかな?」


理沙が顔を上げる。


「結果を受けて、スライドを差し替え、内容を変更する予定だったのでしょうか?」


一瞬、会場が静かになる。


ルカがマイクを手に取った。


「いいえ」


エドガーを見る。


「合否に関係なく、この内容で行く予定でした」


■8


同時刻。


日本。


北奥市の居酒屋。


「……今、何て言ってるの?」


山口がスマートフォンの画面を見ながら聞いた。


田村が字幕を追う。


「不合格だった場合でも、同じ内容でプレゼンするつもりだったのか、って」


「どういうこと?」


相馬麻衣が画面を見る。


「たぶん」


少し考えて。


「合格したから、この大学は成功でしたって言いたいだけなんじゃないの? って意地悪してるんだと思う」


「ああ」


山口が頷く。


「そういうことね」


三人の視線が、再び画面へ戻った。


画面の中。


ルカがマイクを握っていた。


同時接続数、90万人。


コメント欄には、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語。


いくつもの言語が、途切れることなく流れていた。


その内容は、どれも似ている。


――意地悪な質問だなぁ。


――でも、正論でしょ?。


――王子はどう答える?


■9


セレニア王宮。


「合否に関係なく、この内容で行く予定でした」


エドガーがルカを見る。


「ほう」


「では、なぜです?」


ルカはマイクを理沙へ向けた。


「先生」


理沙が受け取る。


「合格したから、この四か月に意味があったわけではないからです」


会場が静かになる。


「二人は、自分でこの道を選びました」


「三万問を解いて、間違えて、直して。また間違えて」


「普通の人だったら、逃げたくなる量だったと思います」


会場に少し笑いがこぼれた。


「でも、二人は逃げなかった」


エドガーが目を細める。


「しかし、国家が教育に投資する以上、費用対効果は必要でしょう」


「もちろんです」


理沙は頷いた。


「教育の質を評価する必要はあります。制度に問題があれば、改善もしなければならない」


「でも」


少し間を置く。


「結果だけを見て、成功と失敗に分けるのは、違うと思っています」


理沙はマイクをルカへ戻した。


ルカが受け取る。


「セレニア八百年の歴史の中で、賢王たちは、国民に成功を与え続けてきました」


「道路を作り、港を作り、学校を作り、この国を豊かにしてきた」


「それが王の役割であることに、間違いはありません」


少し間を置く。


「しかし」


ルカは会場を見渡した。


「それは成功であって、幸福ではない」


「幸福とは、自分の意思で行動し、その結果を自分で受けとめること」


「王が与えるべきは、成功でも幸福でもありません」


「自分の未来を選ぶ機会です」


会場は静まり返っていた。


ルカは一度、息を吐く。


「そして、母も」


理沙が顔を上げる。


「自分で自分の未来を選んだのだと思います」


その時。


国王リチャード十四世が、わずかに手を上げた。


すぐに、傍らに控えていた侍従がマイクを差し出す。


「ルカ」


「はい、父上」


リチャードは息子をまっすぐに見る。


「お前は、この国をどう変えるつもりだ?」


同時接続数、100万人。


コメント欄には、世界中から書き込みが殺到していた。


英語。


フランス語。


ドイツ語。


スペイン語。


いくつもの言語が、目で追えない速度で流れていく。


その中でも、反応はよく似ていた。


――ここで国王が登場か。


――王子、頑張れ。


――どうなんのこれ?


■10


同時刻。


神保町。


田中法律事務所。


田中はモニターを見ながら、少し笑った。


「いいですねえ、先生」


椅子にもたれる。


「それ、教壇でも同じこと言ってましたよね」


画面の中では、国王リチャード十四世がルカを見つめている。


『お前は、この国をどう変えるつもりだ?』


田中は身を乗り出した。


「さて」


「王子様は、どう答えるんですかね」


■11


「お前は、この国をどう変えるつもりだ?」


会場が静まり返る。


ルカは、すぐには答えなかった。


一度。


ゆっくりと会場を見渡す。


「王が成功を与える時代を、終わらせます」


小さなどよめきが起きた。


「国民が、自分の意思で未来を選び、自分の可能性に挑戦できる国にする」


「そのためには」


ルカは国王を見る。


「王の役割も、変わらなければなりません」


そして、舞台袖へ視線を向けた。


「先生」


「……はい」


「最後のスライドを」


理沙の手が、一瞬止まった。


昨日。


ルカから見せられた、最後の一枚。


本当にこれを。


国王の前で。


国民の前で。


世界へ生中継されている、この場で出すのか。


「……殿下」


理沙が小さく呼ぶ。


ルカは頷いた。


「いいです」


少し笑う。


「責任は、僕が持ちます」


理沙は息を吐いた。


そして。


キーを押す。


スクリーンが切り替わった。


【王権の段階的縮小】


【立憲君主制への移行】


一瞬。


誰も声を出さなかった。


そして。


会場が大きくざわめいた。


ルカは、そのざわめきが収まるのを待たなかった。


「セレニア王国は、八百年間続いてきました」


「それは、八百年間、何も変わらなかったからではありません」


「その時代に合わせて、変わり続けてきたからです」


ルカは正面を見る。


「ならば、次に変わるべきなのは」


少し間を置く。


「王です」


会場が、再び静かになった。


■12


同時刻。


日本。


北奥市の居酒屋。


画面の向こう。


ルカのプレゼンが終わった。


なのに。


会場は、妙なほど静かだった。


「……どういうこと?」


山口が首を傾げる。


「なんで誰もしゃべらないの?」


田村が字幕を追いながら、眉を寄せた。


「えーと……」


「王子が、王権を縮小して、立憲君主制に移行したいって言ってるみたい」


「え?」


山口が画面を見る。


「それって、ものすごいことなんじゃないの?」


「たぶん」


田村も自信なさそうに答える。


「俺もよく分かんないけど……そう言ってる」


麻衣は何も言わなかった。


画面の中。


壇上にはルカ。


その少し後ろに、理沙が立っている。


高校生の頃。


一緒に東京へ出た。


大学に入り。


仕事を選び。


結婚もせず。


地元へ戻って。


また海外へ行った。


何をしたいのか、自分でも分からないと言っていた理沙が。


今。


一つの国の未来が変わる場所に立っている。


「……理沙」


麻衣が小さく呟いた。


山口が隣を見る。


「麻衣?」


麻衣は慌てて目元を拭った。


「……なんでもない」


いつの間にか。


涙がこぼれていた。


同時接続数、150万人。


コメント欄。


英語。


フランス語。


ドイツ語。


スペイン語。


その中に、一件、日本語のコメントが流れる。


Mai Souma:白馬の王子様のお嫁さん。なれるかもね。


■13


会場は、静まり返っていた。


誰も、すぐには言葉を発しなかった。


やがて。


国王リチャード十四世が口を開く。


「なるほど」


ルカを見る。


「お前の考えは、よく分かった」


少し間を置く。


「他に、質問のある者は?」


会場を見渡す。


手は挙がらない。


「……いないようだな」


リチャードは頷いた。


「では、結果については、追って知らせる」


そして、司会者へ視線を向けた。


「……」


司会者が一瞬、反応に遅れる。


「はっ、はい」


慌てて壇上へ進み出た。


「そ、それでは――」


手元の進行表を確認する。


「以上をもちまして、次期国王選定に伴う最終プレゼンテーションを終了いたします」


一礼。


「レオン・ボーモント殿下」


「ルカ・ボーモント殿下」


「ありがとうございました」


拍手が起こる。


最初は、まばらに。


そして。


次第に大きくなっていった。


理沙は壇上のルカを見つめていた。


勝ったのか。


負けたのか。


まだ、誰にも分からない。


ただ。


王冠の意味を問われたルカは。


自分の答えを、すべて出し切っていた。


同時接続数、200万人。


コメント欄は、もはや読むものではなくなっていた。


文字の壁が、画面を流れていく。


■14


ロンドン。


BBCスタジオ。


「いやあ、白熱したプレゼンでしたね」


ダニエル・フォスターが、興奮した様子でカメラを見る。


「特にルカ王子。下馬評ではかなり不利でしたが、これは分からなくなってきました」


シャーロットが頷く。


「ええ。教育政策だけではなく、最後は王権そのもののあり方にまで踏み込みましたから」


「立憲君主制への段階的移行。かなり大きな発言です」


「そうですね」


「ブックメーカーも、今ごろ大変でしょう」


ダニエルが笑う。


「さて、結果は後ほど発表されるとのことです」


「それでは、いったんスタジオから現地へお返しします」


シャーロットがカメラへ向かって微笑む。


「エミリーさん、お願いします」


赤いランプが消えた。


「はい、オーケー!」


スタッフの声。


シャーロットは数秒、そのままの姿勢でいた。


そして。


「……ちょっと」


隣のスタッフを見る。


「今、カメラ回ってる?」


「え?」


「回ってない?」


「はい。現地に切り替わってます」


「マイクは?」


「落ちてます」


シャーロットは大きく息を吸った。


「ファーーーーーーーーーーーーーーーーー」


大きく天井を見上げた。


「ワイ将、頑張ったんやけどなぁーーーーー」


「ア、アシュフォードさん?」


ダニエルが目を丸くする。


「いやー、これは勝てへんわ」


「何の話です?」


シャーロットは天井を見上げたまま固まっていた。


「33-4………………………………」


イヤホンからディレクターの声が飛んだ。


『スタジオ戻りまーす。5、4、3――』


「しゃあない」


「切り替えていく」


シャーロットは一瞬で背筋を伸ばした。


表情が変わる。


赤いランプが点灯した。


「はい。エミリーさん、ありがとうございました」


完璧な笑顔だった。


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