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6/11

ロンドンの完璧令嬢

■1


初夏のロンドン、午後四時すぎ。


市内の試験センターから、ミアとニコが出てきた。


入口近くで待っていた理沙が、二人へ手を振る。


「お疲れさま。どうだった?」


「ばっちりです」


ミアが答えた。


ニコも頷く。


「三万問やっただけはありました」


「それならよし」


理沙は笑った。


「でも、今日は前半試験だからね。これで終わりじゃないよ」


「はい」


「来週には後半試験。ホテルに戻ったら、すぐ勉強再開」


「「はい」」


二人の返事に迷いはない。


「それが終わったら、合格発表は五、六週間後。でも、結果を待ってたら遅いから」


理沙は二人を見る。


「受かった前提で進めます」


「帰国後は、三か月後。十月後半の実技試験に向けて勉強開始」


ニコが笑った。


「望むところですね」


ミアも力強く頷く。


「先生、明日からもお願いします」


「もちろん。私たちは明日の朝に帰るけど、毎日オンラインで見るから」


「分かりました」


少し離れたところで待っていたルカが笑う。


四人は大通りまで歩いた。


そこでミアとニコがホテルへ戻るタクシーを拾う。


「じゃあ、また明日。オンラインでね」


「はい」


「後半も絶対受かります」


二人を乗せたタクシーが走り去った。


理沙は小さく息を吐く。


「さて」


隣のルカを見る。


今日はいつものスーツではなく、濃紺のジャケットにネクタイ。


理沙も試験会場へ迎えに来る前に、ホテルで同窓会用の服へ着替えていた。


ルカが腕時計を見る。


「先生。ちょっと早いですけど、会場に向かいますか?」


「キングスブリッジ大学だっけ?」


「ええ。ここから少しかかりますし」


「私、本当に行っていいの?」


「同伴者一名まで大丈夫です」


ルカは笑った。


「明日の朝には帰国ですし。せっかくロンドンまで来たんですから」


理沙は肩をすくめる。


「じゃあ、連れてってもらおうかな」


ルカが手を上げ、通りを走るタクシーを止めた。


二人は後部座席へ乗り込む。


「キングスブリッジ大学まで」


車は夕方のロンドンを走り出した。


■2


夕方。


タクシーは、ロンドン中心部の大通りで停まった。


「着きましたよ」


ルカが先に車を降りる。


理沙も続いた。


目の前に建つのは、キングスブリッジ大学。


歴史を感じさせる石造りの本館。


その隣には、ガラス張りの近代的な校舎が並んでいる。


広大なキャンパスがあるわけではない。


ロンドンの街そのものに、大学が溶け込んでいた。


「キングスブリッジ大学……」


理沙は建物を見上げる。


名前はもちろん知っている。


政治学や国際関係学では、世界でも有数の大学だ。


所属する研究者の論文も、これまで何本も読んだことがある。


「来るのは初めてですか?」


「うん。ウォーカー教授の比較政治の論文、授業で使ったことあるよ」


「ああ。僕、その先生のゼミでした」


理沙が振り返る。


「えっ、本人に習ってたの?」


「ええ。厳しい先生でしたよ」


「いいなあ」


「先生でも、そういう反応するんですね」


「そりゃするよ」


二人は本館へ入った。


同窓会の会場は、建物の奥にある古いホールだった。


高い天井。


壁には歴代学長の肖像画。


すでに百人ほどの卒業生が集まり、グラスを片手に談笑している。


会場へ入った途端。


「ルカ!」


声が飛んだ。


「久しぶり!」


「セレニアのニュース見てるぞ」


次々と人が集まってくる。


「どうも」


「久しぶり」


ルカも笑顔で応じる。


王子殿下ではなく。


政治学と国際関係学を学んでいた、昔の同級生たちの一人だった。


理沙は少し離れたところから、その様子を眺める。


そのとき。


会場の向こう側。


数人の友人たちと談笑していた女性が、こちらを見た。


淡い金髪。


黒いワンピース。


シャーロット・アシュフォード。


ルカに気づいたらしい。


「ごめんなさい。ちょっと行ってくるわ」


話していた友人たちに一言断り、グラスを置く。


そして、人の間を縫うようにこちらへ歩いてきた。


「ルカ!」


ルカが振り返る。


「シャーロット」


シャーロットは笑った。


「本当に来たのね」


「来るって返事したでしょう」


「あなた、いつも王家の都合を優先してるじゃない」


「ああ、そういうのやめたんです」


「……そうなの?」


そこでシャーロットは、ルカの隣にいる理沙へ目を向けた。


「藤原先生」


「お久しぶりです」


「セレニア以来ですね」


「ですね」


シャーロットは二人を交互に見て、少しだけ笑った。


■3


三人はグラスを手に、会場の端へ移動した。


シャーロットがルカを見る。


「そういえば、香港国際放送のインタビュー、見たわよ」


「ああ、ありがと」


「あなた、ずいぶん言うこと変わったわね」


ルカは少し笑った。


「そう?」


「前は、王が責任をもって国民を幸福にする、みたいなこと言ってたじゃない」


「今でも、国民を幸せにするのは王の仕事と思ってるよ」


ルカは少し考える。


「ただ、何が幸せかを決めるのは、王がとやかく言うことじゃないかなと」


シャーロットの表情が変わった。


「……へえ」


「自分の人生を自分で決めること、それ自体が幸せで、王はあくまでそれを支援する」


「それ、誰かの影響?」


シャーロットが理沙を見る。


「?」


「う~ん、昔からこう言っていたつもりだけどな」


「ふーん」


シャーロットは少しだけ目を細めた。


そのとき。


「ルカ!」


少し離れたところから、男性が手を振った。


「ちょっと来いよ。みんな待ってるぞ」


「ごめん。ちょっと行ってくる」


ルカは二人に断り、昔の友人たちの輪へ入っていった。


■4


残された理沙とシャーロット。


シャーロットはグラスを一口飲む。


「藤原先生」


「はい?」


「あなた、ルカと付き合ってる?」


「えっ?」


あまりに直球で、理沙は一瞬固まった。


「あっ、いや、その、なんだかな、わ、私たち、別にそういう関係じゃなくて……」


「あくまでビジネスパートナーで……」


「彼、14歳も年下だし……」


「そう」


「そうって……」


「じゃあ、遠慮しなくていいわね」


シャーロットはあっさり言った。


理沙が瞬きをする。


「何を?」


「藤原先生」


「はい?」


「……いえ、理沙さん」


「え?」


シャーロットは笑う。


「私、あいつをいただくわ」


「ええ?」


「前に言ったでしょう?」


グラスを軽く持ち上げる。


「欲しいものは、口を開けて待ってたって手に入らない。自分から取りにいかないと」


「……」


シャーロットは平然としていた。


「あなたとルカが恋人なら話は別。でも、違うんでしょう?」


「……違います」


「なら問題ないわね」


しばらくして、ルカが戻ってきた。


「お待たせしました」


「ちょうどよかった」


シャーロットがルカを見る。


「ルカ、今日、このあと空いてる?」


「このあと?」


「同窓会が終わったら、二人で飲み直さない?」


ルカは少し申し訳なさそうな顔をした。


「ごめん。明日、朝一の便でセレニアに帰るんだ」


「あら」


「先生も一緒だから、あまり遅くまでは」


シャーロットは少し考えた。


「そう」


一度だけ頷く。


「分かったわ」


理沙は、意外とあっさり引くんだなと思った。


次の瞬間。


「じゃあ、私がセレニアに行くわ」


「え?」


ルカと理沙の声が重なった。


シャーロットは何でもないことのように笑った。


「その方が早いでしょう?」


「四年間も一緒にいたんだから、あなたのことはだいたい分かってるわ」


「お土産、たくさん持っていってあげる」


■3


一週間後。


セレニア王立法科大学。


「以上が、セレニア王国で進む王位継承戦。そして第二王子、ルカ・ボーモント殿下へのインタビューでした」


「カット!」


カメラの赤いランプが消える。


シャーロットはイヤホンを外し、スタッフへ何か指示を出した。


その様子を、少し離れたところから理沙が眺めている。


「……本当に来た」


「言ったでしょう?」


シャーロットが振り返った。


その後ろには、カメラマン、音声、ディレクター。


BBCの取材チームが丸ごと来ていた。


「仕事、早いね」


「決めたら動くの」


シャーロットは資料を理沙へ渡した。


今回の特集は、王位継承戦を通してセレニアの現在を追う企画だった。


第一王子レオン。


第二王子ルカ。


王立法科大学。


観光政策。


旧来の王国制度。


数日にわたって、それぞれを取材する予定になっている。


「一つだけ言っておくけど」


シャーロットが言った。


「仕事は仕事よ」


「というと?」


「レオン殿下もルカも、公平に扱う。取材時間も同じ。質問も、政策の内容に合わせる以外は条件を揃える」


理沙が少し笑う。


「ルカのこと好きなのに?」


「私が欲しいのはルカであって、王冠じゃないもの」


「……………………」


シャーロットは少しだけ笑った。


「私なら、あの人を誰よりも幸せにできる」


「その力があるって、ちゃんと証明するの」


「だから、仕事では公平に扱うわ」


スタッフが次の撮影準備を始める。


理沙は手元の資料を見る。


「それで、なんで私まで同行するの?」


「あなたは王立法科大学の技術顧問」


シャーロットが指を一本立てる。


「番組には、王族でも官僚でもない。外から来た専門家の視点が重要なの」


「なるほど」


「王室広報にも許可は取ってあるわ」


「って…いつの間に」


「昨日」


シャーロットは当然のように答えた。


「明日はレオン殿下の取材。あなたも来てね」


「私も?」


「現地協力者でしょう?」


理沙は資料から顔を上げる。


「……私、いつからBBCの現地協力者になったの?」


シャーロットは笑った。


「今日から」


■4


翌日。


セレニア南部。


海沿いに建つセレニア・ロイヤルホテルのロビーに、ピアノの音が響いていた。


グランドピアノの前に座る、一人の男。


白いシャツ。


少し白髪の混じった金髪。


低く、よく通る声。


宿泊客も、ホテルスタッフも、足を止めて聞き入っている。


やがて、最後の音が消えた。


一瞬の静寂。


次の瞬間。


ロビーが大きな拍手に包まれた。


男は椅子から立ち上がり、軽く頭を下げる。


理沙は、その顔を見て固まった。


「……ちょっと待って」


隣にいたシャーロットを見る。


「あの人、リアム・ブラックウッドじゃない?」


「ええ」


英国を代表する男性歌手。


五十歳。


YouTubeには、十億回再生を超えるミュージックビデオが何本も並んでいる。


理沙でも、代表曲をいくつか知っていた。


「なんでいるの?」


「呼んだから」


シャーロットは平然と答えた。


「……呼んだから?」


「今回の特集に出演してもらったの」


「そんな簡単に呼べる人なの?」


「そこは企業秘密」


そのとき。


「いやあ、参ったな!」


豪快な声がロビーに響いた。


第一王子レオンが、拍手しながらこちらへ歩いてくる。


「ミス・アシュフォード。まさか本当にリアム・ブラックウッドを連れてくるとは思わなかった」


「お約束しましたから」


「いいのかい?」


レオンは楽しそうに笑った。


「こんな大物を俺のホテルに連れてきて」


シャーロットを見る。


「俺が勝ってしまうぞ」


「ええ。構いません」


即答だった。


レオンの笑顔が、一瞬止まる。


シャーロットは何でもないことのように続けた。


「私は王冠には興味ありませんから」


「……なるほど」


レオンはしばらく彼女を見た。


そして、また笑う。


「ミス・アシュフォード」


「はい?」


「よかったら、俺のところに来ないか?」


理沙が目を丸くする。


シャーロットは表情一つ変えなかった。


「私には、もったいないお言葉です」


「即答か」


「申し訳ありません」


「ははははっ、残念だ!」


向こうからスタッフが声を上げる。


「シャーロットさん、次の撮影お願いします!」


「はい、今行きます」


シャーロットはレオンへ一礼した。


「では、殿下。続きはカメラの前で」


「ああ」


そのままスタッフのもとへ歩いていく。


理沙は、その背中を見送った。


「……この人、本当に何者なのよ」


少し先で、シャーロットがカメラの前に立った。


■5


その日の午後。


セレニア王宮。


報道陣のフラッシュが、一斉に光った。


国王リチャード十四世と、一人の女性が笑顔で握手を交わしている。


淡い色のスーツ。


銀髪を上品に整えた、気品のある女性。


理沙は、その顔を見て固まった。


「……えっ?」


隣にいるシャーロットを見る。


「なんでアレクサンドラ女王がいるの?」


「中東歴訪の帰りに、少し寄っていただいたの」


「寄っていただいたって……」


シャーロットは笑う。


「そこも企業秘密」


理沙はもう一度、二人を見る。


英国女王。


アレクサンドラ二世。


世界中のニュースで何度も見た顔が、目の前にいる。


握手を終えたリチャードが、満面の笑みを浮かべた。


「サンドラ。久しぶりだな」


「去年会ったでしょう」


「そういう細かいことはいいんだよ」


アレクサンドラ女王が呆れたように笑う。


二人は若い頃からの友人だという。


◇


前日の夜。


王宮。


「リチャード陛下にも、ご都合はあるかと思いますが」


シャーロットは一枚の予定表を差し出した。


「アレクサンドラ女王が、中東歴訪の帰路で急遽少し時間が空いたそうです」


リチャードが顔を上げる。


「……サンドラが?」


「はい。明日の午後、二時間ほどならセレニアへ立ち寄れると」


「本当に?」


「もちろん、陛下がお忙しければお断りします」


「いや、空ける」


「そこは空けるよ」


即答だった。


シャーロットが笑う。


「では、そのように調整します」


リチャードは予定表を置いた。


そして、シャーロットを見る。


「ミス・アシュフォード」


「はい?」


「急に二時間空いたからって、普通は翌日にセレニアへ来たりしないだろ?」


「何が望みだ?」


シャーロットは一瞬だけ黙った。


それから、穏やかに答える。


「ルカ殿下を」


リチャードの眉がわずかに上がった。


「……あいつが王になれなくても?」


「ええ」


迷いのない返事だった。


「その時は、アシュフォード家で引き取ります」


リチャードは目を丸くした。


しばらくして。


「……引き取る、か」


そして、大きく笑った。


「ははははっ!」


シャーロットも、少しだけ笑った。


■6


午後10時50分。


セレニア王宮。


昼間までアレクサンドラ女王を迎えていた一室に、今度はBBCの照明とカメラが並んでいた。


中央の椅子に座っているのは、大宰相エドガー・サヴェル。


その向かいに、シャーロット。


理沙は少し離れたところで、その様子を見ていた。


「英国では、あと十分で午後十時です」


シャーロットが資料を確認する。


「ニュース本編の中で、十二分いただいています」


エドガーが眉を上げた。


「本当に生中継なのか?」


「ええ」


「編集は?」


「ありません」


「私が何を答えても?」


「そのまま流れます」


シャーロットはエドガーを見る。


「切り取りもしません」


しばらく沈黙があった。


「ずいぶん思い切ったことをする」


「大宰相ご自身の言葉を聞いてもらうのが、一番公平でしょう?」


エドガーは小さく笑った。


「ルカ殿下のご友人とは思えませんな」


「これは仕事ですから」


シャーロットは平然と答えた。


「私はルカを取材しました。レオン殿下も取材しました」


「そして今夜は、大宰相のお話を伺います」


スタッフが声を上げる。


「三十秒前です!」


シャーロットの表情が変わった。


背筋を伸ばし、イヤホンを耳に入れる。


「十秒!」


カメラの赤いランプが点灯した。


◇


十二分後。


「ありがとうございました」


赤いランプが消える。


部屋の空気が緩んだ。


スタッフたちが機材の確認を始める。


エドガーはしばらくシャーロットを見ていた。


「……本当に、切らなかったな」


「お約束しましたから」


「私を旧体制の悪役にすることもできただろうに」


シャーロットは少し笑った。


「私は記者です」


「裁判官ではありません」


エドガーが目を細める。


「それに」


シャーロットは資料を閉じた。


「この国を30年以上支えてきた大宰相の話を、そのまま聞く方が価値があります」


しばらく沈黙があった。


やがて、エドガーが席を立つ。


「ミス・アシュフォード」


「はい?」


「あなたは、優秀な記者だ」


シャーロットも立ち上がった。


「ありがとうございます」


時計は、すでに午前0時を回っていた。


理沙は壁の時計を見る。


そして、休む間もなくスタッフと明日の予定を確認し始めたシャーロットを見る。


「……この人、いつ寝てるんだろ」


■7


翌日。


北部へ向かう車の中。


ハンドルを握っているのは理沙だった。


後部座席には、エレノアとシャーロット。


今日はBBCのカメラも、王室広報のスタッフもいない。


完全な私用だった。


しばらく山道を走ったところで、エレノアが口を開く。


「ミス・アシュフォード」


「はい」


「今日は、なぜ私を?」


シャーロットは窓の外から視線を戻した。


「ご挨拶しておきたかったんです」


「私に?」


「はい」


少し間を置く。


「ルカ様を育てた方ですから」


エレノアは静かにシャーロットを見る。


「取材ではないのですね」


「もちろん」


「記事にも?」


「しません」


即答だった。


「今日は記者ではなく、私個人として来ています」


しばらく沈黙が続いた。


「あなた」


エレノアが再び口を開く。


「ルカの大学時代の同級生だったのよね」


「ええ」


「だったら、いろいろ聞いているでしょう」


エレノアは窓の外を見たまま続ける。


「ドラゴヴィッチ家のことも」


シャーロットの表情は変わらなかった。


「はい」


少し間を置く。


「本人から聞いたこともありますし、大学にいた頃、自分でも調べました」


「……そう」


「だから今日、ここへ来ました」


それ以上、エレノアは何も聞かなかった。


理沙はバックミラー越しに、二人をちらりと見る。


やがて車は、山の斜面にある小さな墓地へ着いた。


三人は車を降りる。


以前、ルカと来た場所だった。


エレノアが先を歩く。


そして、一つの墓標の前で足を止めた。


MILENA DRAGOVIC


エレノアは、しばらく何も言わなかった。


持ってきた花束を、静かに墓前へ置く。


シャーロットは数歩後ろで待っていた。


声をかけない。


近づきもしない。


エレノアが墓標から離れて、ようやく前へ出る。


手にしていた白い花を供えた。


「初めまして」


小さく頭を下げる。


「シャーロット・アシュフォードです」


小さく頭を下げる。


それだけだった。


エレノアも何も言わない。


ただ、少しだけ穏やかな顔でシャーロットを見ていた。


理沙も二人のあとに続き、墓前へ花を供えた。


「また来ました」


小さく手を合わせて、立ち上がる。


その時、隣にいるシャーロットを改めて見る。


「……えっ?」


思わず、小さな声が漏れた。


「何、この人」


「弱点ないじゃない」


■8


同日夕方。


セレニア国際空港。


出発ロビーには、BBCのスタッフたちが大きな機材ケースを並べ、搭乗手続きを進めていた。


数日間の取材を終え、シャーロットたちはロンドンへ戻る。


「理沙さん」


「はい」


「いろいろ手伝ってくださって、ありがとう」


「本当にね」


理沙が笑う。


「まさか私までBBCの現地協力者になるとは思わなかった」


「助かりました」


「次からはちゃんと出演料ください」


「交渉しておきます」


シャーロットも笑った。


スタッフの一人が声をかける。


「シャーロットさん、そろそろ行きますよ」


「分かった」


シャーロットはキャリーケースの取っ手を握る。


「それじゃ、ルカ。私はこれで帰るから」


「ええ。お疲れさまでした」


「あなたもね」


「僕は何もしてませんよ」


「それは嘘ね」


シャーロットは一歩近づいた。


別れの挨拶をするように、ルカの肩へ軽く手を添える。


そして。


耳元へ顔を寄せた。


小さな声で囁く。


「ルカ」


「はい?」


「今のあなた、とってもカッコイイよ」


「……え?」


シャーロットは少し笑った。


「先生に、ちょっと嫉妬しちゃうかも」


「え?」


そのまま、ルカの頬に軽くキスをする。


「ロンドンに戻ったら、また連絡するわ」


「ちょっ……」


「じゃあね、理沙さん」


「はい。また」


シャーロットは片手を上げる。


そのままBBCのスタッフたちと、保安検査場の向こうへ消えていった。


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