ロンドンの完璧令嬢
■1
初夏のロンドン、午後四時すぎ。
市内の試験センターから、ミアとニコが出てきた。
入口近くで待っていた理沙が、二人へ手を振る。
「お疲れさま。どうだった?」
「ばっちりです」
ミアが答えた。
ニコも頷く。
「三万問やっただけはありました」
「それならよし」
理沙は笑った。
「でも、今日は前半試験だからね。これで終わりじゃないよ」
「はい」
「来週には後半試験。ホテルに戻ったら、すぐ勉強再開」
「「はい」」
二人の返事に迷いはない。
「それが終わったら、合格発表は五、六週間後。でも、結果を待ってたら遅いから」
理沙は二人を見る。
「受かった前提で進めます」
「帰国後は、三か月後。十月後半の実技試験に向けて勉強開始」
ニコが笑った。
「望むところですね」
ミアも力強く頷く。
「先生、明日からもお願いします」
「もちろん。私たちは明日の朝に帰るけど、毎日オンラインで見るから」
「分かりました」
少し離れたところで待っていたルカが笑う。
四人は大通りまで歩いた。
そこでミアとニコがホテルへ戻るタクシーを拾う。
「じゃあ、また明日。オンラインでね」
「はい」
「後半も絶対受かります」
二人を乗せたタクシーが走り去った。
理沙は小さく息を吐く。
「さて」
隣のルカを見る。
今日はいつものスーツではなく、濃紺のジャケットにネクタイ。
理沙も試験会場へ迎えに来る前に、ホテルで同窓会用の服へ着替えていた。
ルカが腕時計を見る。
「先生。ちょっと早いですけど、会場に向かいますか?」
「キングスブリッジ大学だっけ?」
「ええ。ここから少しかかりますし」
「私、本当に行っていいの?」
「同伴者一名まで大丈夫です」
ルカは笑った。
「明日の朝には帰国ですし。せっかくロンドンまで来たんですから」
理沙は肩をすくめる。
「じゃあ、連れてってもらおうかな」
ルカが手を上げ、通りを走るタクシーを止めた。
二人は後部座席へ乗り込む。
「キングスブリッジ大学まで」
車は夕方のロンドンを走り出した。
■2
夕方。
タクシーは、ロンドン中心部の大通りで停まった。
「着きましたよ」
ルカが先に車を降りる。
理沙も続いた。
目の前に建つのは、キングスブリッジ大学。
歴史を感じさせる石造りの本館。
その隣には、ガラス張りの近代的な校舎が並んでいる。
広大なキャンパスがあるわけではない。
ロンドンの街そのものに、大学が溶け込んでいた。
「キングスブリッジ大学……」
理沙は建物を見上げる。
名前はもちろん知っている。
政治学や国際関係学では、世界でも有数の大学だ。
所属する研究者の論文も、これまで何本も読んだことがある。
「来るのは初めてですか?」
「うん。ウォーカー教授の比較政治の論文、授業で使ったことあるよ」
「ああ。僕、その先生のゼミでした」
理沙が振り返る。
「えっ、本人に習ってたの?」
「ええ。厳しい先生でしたよ」
「いいなあ」
「先生でも、そういう反応するんですね」
「そりゃするよ」
二人は本館へ入った。
同窓会の会場は、建物の奥にある古いホールだった。
高い天井。
壁には歴代学長の肖像画。
すでに百人ほどの卒業生が集まり、グラスを片手に談笑している。
会場へ入った途端。
「ルカ!」
声が飛んだ。
「久しぶり!」
「セレニアのニュース見てるぞ」
次々と人が集まってくる。
「どうも」
「久しぶり」
ルカも笑顔で応じる。
王子殿下ではなく。
政治学と国際関係学を学んでいた、昔の同級生たちの一人だった。
理沙は少し離れたところから、その様子を眺める。
そのとき。
会場の向こう側。
数人の友人たちと談笑していた女性が、こちらを見た。
淡い金髪。
黒いワンピース。
シャーロット・アシュフォード。
ルカに気づいたらしい。
「ごめんなさい。ちょっと行ってくるわ」
話していた友人たちに一言断り、グラスを置く。
そして、人の間を縫うようにこちらへ歩いてきた。
「ルカ!」
ルカが振り返る。
「シャーロット」
シャーロットは笑った。
「本当に来たのね」
「来るって返事したでしょう」
「あなた、いつも王家の都合を優先してるじゃない」
「ああ、そういうのやめたんです」
「……そうなの?」
そこでシャーロットは、ルカの隣にいる理沙へ目を向けた。
「藤原先生」
「お久しぶりです」
「セレニア以来ですね」
「ですね」
シャーロットは二人を交互に見て、少しだけ笑った。
■3
三人はグラスを手に、会場の端へ移動した。
シャーロットがルカを見る。
「そういえば、香港国際放送のインタビュー、見たわよ」
「ああ、ありがと」
「あなた、ずいぶん言うこと変わったわね」
ルカは少し笑った。
「そう?」
「前は、王が責任をもって国民を幸福にする、みたいなこと言ってたじゃない」
「今でも、国民を幸せにするのは王の仕事と思ってるよ」
ルカは少し考える。
「ただ、何が幸せかを決めるのは、王がとやかく言うことじゃないかなと」
シャーロットの表情が変わった。
「……へえ」
「自分の人生を自分で決めること、それ自体が幸せで、王はあくまでそれを支援する」
「それ、誰かの影響?」
シャーロットが理沙を見る。
「?」
「う~ん、昔からこう言っていたつもりだけどな」
「ふーん」
シャーロットは少しだけ目を細めた。
そのとき。
「ルカ!」
少し離れたところから、男性が手を振った。
「ちょっと来いよ。みんな待ってるぞ」
「ごめん。ちょっと行ってくる」
ルカは二人に断り、昔の友人たちの輪へ入っていった。
■4
残された理沙とシャーロット。
シャーロットはグラスを一口飲む。
「藤原先生」
「はい?」
「あなた、ルカと付き合ってる?」
「えっ?」
あまりに直球で、理沙は一瞬固まった。
「あっ、いや、その、なんだかな、わ、私たち、別にそういう関係じゃなくて……」
「あくまでビジネスパートナーで……」
「彼、14歳も年下だし……」
「そう」
「そうって……」
「じゃあ、遠慮しなくていいわね」
シャーロットはあっさり言った。
理沙が瞬きをする。
「何を?」
「藤原先生」
「はい?」
「……いえ、理沙さん」
「え?」
シャーロットは笑う。
「私、あいつをいただくわ」
「ええ?」
「前に言ったでしょう?」
グラスを軽く持ち上げる。
「欲しいものは、口を開けて待ってたって手に入らない。自分から取りにいかないと」
「……」
シャーロットは平然としていた。
「あなたとルカが恋人なら話は別。でも、違うんでしょう?」
「……違います」
「なら問題ないわね」
しばらくして、ルカが戻ってきた。
「お待たせしました」
「ちょうどよかった」
シャーロットがルカを見る。
「ルカ、今日、このあと空いてる?」
「このあと?」
「同窓会が終わったら、二人で飲み直さない?」
ルカは少し申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん。明日、朝一の便でセレニアに帰るんだ」
「あら」
「先生も一緒だから、あまり遅くまでは」
シャーロットは少し考えた。
「そう」
一度だけ頷く。
「分かったわ」
理沙は、意外とあっさり引くんだなと思った。
次の瞬間。
「じゃあ、私がセレニアに行くわ」
「え?」
ルカと理沙の声が重なった。
シャーロットは何でもないことのように笑った。
「その方が早いでしょう?」
「四年間も一緒にいたんだから、あなたのことはだいたい分かってるわ」
「お土産、たくさん持っていってあげる」
■3
一週間後。
セレニア王立法科大学。
「以上が、セレニア王国で進む王位継承戦。そして第二王子、ルカ・ボーモント殿下へのインタビューでした」
「カット!」
カメラの赤いランプが消える。
シャーロットはイヤホンを外し、スタッフへ何か指示を出した。
その様子を、少し離れたところから理沙が眺めている。
「……本当に来た」
「言ったでしょう?」
シャーロットが振り返った。
その後ろには、カメラマン、音声、ディレクター。
BBCの取材チームが丸ごと来ていた。
「仕事、早いね」
「決めたら動くの」
シャーロットは資料を理沙へ渡した。
今回の特集は、王位継承戦を通してセレニアの現在を追う企画だった。
第一王子レオン。
第二王子ルカ。
王立法科大学。
観光政策。
旧来の王国制度。
数日にわたって、それぞれを取材する予定になっている。
「一つだけ言っておくけど」
シャーロットが言った。
「仕事は仕事よ」
「というと?」
「レオン殿下もルカも、公平に扱う。取材時間も同じ。質問も、政策の内容に合わせる以外は条件を揃える」
理沙が少し笑う。
「ルカのこと好きなのに?」
「私が欲しいのはルカであって、王冠じゃないもの」
「……………………」
シャーロットは少しだけ笑った。
「私なら、あの人を誰よりも幸せにできる」
「その力があるって、ちゃんと証明するの」
「だから、仕事では公平に扱うわ」
スタッフが次の撮影準備を始める。
理沙は手元の資料を見る。
「それで、なんで私まで同行するの?」
「あなたは王立法科大学の技術顧問」
シャーロットが指を一本立てる。
「番組には、王族でも官僚でもない。外から来た専門家の視点が重要なの」
「なるほど」
「王室広報にも許可は取ってあるわ」
「って…いつの間に」
「昨日」
シャーロットは当然のように答えた。
「明日はレオン殿下の取材。あなたも来てね」
「私も?」
「現地協力者でしょう?」
理沙は資料から顔を上げる。
「……私、いつからBBCの現地協力者になったの?」
シャーロットは笑った。
「今日から」
■4
翌日。
セレニア南部。
海沿いに建つセレニア・ロイヤルホテルのロビーに、ピアノの音が響いていた。
グランドピアノの前に座る、一人の男。
白いシャツ。
少し白髪の混じった金髪。
低く、よく通る声。
宿泊客も、ホテルスタッフも、足を止めて聞き入っている。
やがて、最後の音が消えた。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
ロビーが大きな拍手に包まれた。
男は椅子から立ち上がり、軽く頭を下げる。
理沙は、その顔を見て固まった。
「……ちょっと待って」
隣にいたシャーロットを見る。
「あの人、リアム・ブラックウッドじゃない?」
「ええ」
英国を代表する男性歌手。
五十歳。
YouTubeには、十億回再生を超えるミュージックビデオが何本も並んでいる。
理沙でも、代表曲をいくつか知っていた。
「なんでいるの?」
「呼んだから」
シャーロットは平然と答えた。
「……呼んだから?」
「今回の特集に出演してもらったの」
「そんな簡単に呼べる人なの?」
「そこは企業秘密」
そのとき。
「いやあ、参ったな!」
豪快な声がロビーに響いた。
第一王子レオンが、拍手しながらこちらへ歩いてくる。
「ミス・アシュフォード。まさか本当にリアム・ブラックウッドを連れてくるとは思わなかった」
「お約束しましたから」
「いいのかい?」
レオンは楽しそうに笑った。
「こんな大物を俺のホテルに連れてきて」
シャーロットを見る。
「俺が勝ってしまうぞ」
「ええ。構いません」
即答だった。
レオンの笑顔が、一瞬止まる。
シャーロットは何でもないことのように続けた。
「私は王冠には興味ありませんから」
「……なるほど」
レオンはしばらく彼女を見た。
そして、また笑う。
「ミス・アシュフォード」
「はい?」
「よかったら、俺のところに来ないか?」
理沙が目を丸くする。
シャーロットは表情一つ変えなかった。
「私には、もったいないお言葉です」
「即答か」
「申し訳ありません」
「ははははっ、残念だ!」
向こうからスタッフが声を上げる。
「シャーロットさん、次の撮影お願いします!」
「はい、今行きます」
シャーロットはレオンへ一礼した。
「では、殿下。続きはカメラの前で」
「ああ」
そのままスタッフのもとへ歩いていく。
理沙は、その背中を見送った。
「……この人、本当に何者なのよ」
少し先で、シャーロットがカメラの前に立った。
■5
その日の午後。
セレニア王宮。
報道陣のフラッシュが、一斉に光った。
国王リチャード十四世と、一人の女性が笑顔で握手を交わしている。
淡い色のスーツ。
銀髪を上品に整えた、気品のある女性。
理沙は、その顔を見て固まった。
「……えっ?」
隣にいるシャーロットを見る。
「なんでアレクサンドラ女王がいるの?」
「中東歴訪の帰りに、少し寄っていただいたの」
「寄っていただいたって……」
シャーロットは笑う。
「そこも企業秘密」
理沙はもう一度、二人を見る。
英国女王。
アレクサンドラ二世。
世界中のニュースで何度も見た顔が、目の前にいる。
握手を終えたリチャードが、満面の笑みを浮かべた。
「サンドラ。久しぶりだな」
「去年会ったでしょう」
「そういう細かいことはいいんだよ」
アレクサンドラ女王が呆れたように笑う。
二人は若い頃からの友人だという。
◇
前日の夜。
王宮。
「リチャード陛下にも、ご都合はあるかと思いますが」
シャーロットは一枚の予定表を差し出した。
「アレクサンドラ女王が、中東歴訪の帰路で急遽少し時間が空いたそうです」
リチャードが顔を上げる。
「……サンドラが?」
「はい。明日の午後、二時間ほどならセレニアへ立ち寄れると」
「本当に?」
「もちろん、陛下がお忙しければお断りします」
「いや、空ける」
「そこは空けるよ」
即答だった。
シャーロットが笑う。
「では、そのように調整します」
リチャードは予定表を置いた。
そして、シャーロットを見る。
「ミス・アシュフォード」
「はい?」
「急に二時間空いたからって、普通は翌日にセレニアへ来たりしないだろ?」
「何が望みだ?」
シャーロットは一瞬だけ黙った。
それから、穏やかに答える。
「ルカ殿下を」
リチャードの眉がわずかに上がった。
「……あいつが王になれなくても?」
「ええ」
迷いのない返事だった。
「その時は、アシュフォード家で引き取ります」
リチャードは目を丸くした。
しばらくして。
「……引き取る、か」
そして、大きく笑った。
「ははははっ!」
シャーロットも、少しだけ笑った。
■6
午後10時50分。
セレニア王宮。
昼間までアレクサンドラ女王を迎えていた一室に、今度はBBCの照明とカメラが並んでいた。
中央の椅子に座っているのは、大宰相エドガー・サヴェル。
その向かいに、シャーロット。
理沙は少し離れたところで、その様子を見ていた。
「英国では、あと十分で午後十時です」
シャーロットが資料を確認する。
「ニュース本編の中で、十二分いただいています」
エドガーが眉を上げた。
「本当に生中継なのか?」
「ええ」
「編集は?」
「ありません」
「私が何を答えても?」
「そのまま流れます」
シャーロットはエドガーを見る。
「切り取りもしません」
しばらく沈黙があった。
「ずいぶん思い切ったことをする」
「大宰相ご自身の言葉を聞いてもらうのが、一番公平でしょう?」
エドガーは小さく笑った。
「ルカ殿下のご友人とは思えませんな」
「これは仕事ですから」
シャーロットは平然と答えた。
「私はルカを取材しました。レオン殿下も取材しました」
「そして今夜は、大宰相のお話を伺います」
スタッフが声を上げる。
「三十秒前です!」
シャーロットの表情が変わった。
背筋を伸ばし、イヤホンを耳に入れる。
「十秒!」
カメラの赤いランプが点灯した。
◇
十二分後。
「ありがとうございました」
赤いランプが消える。
部屋の空気が緩んだ。
スタッフたちが機材の確認を始める。
エドガーはしばらくシャーロットを見ていた。
「……本当に、切らなかったな」
「お約束しましたから」
「私を旧体制の悪役にすることもできただろうに」
シャーロットは少し笑った。
「私は記者です」
「裁判官ではありません」
エドガーが目を細める。
「それに」
シャーロットは資料を閉じた。
「この国を30年以上支えてきた大宰相の話を、そのまま聞く方が価値があります」
しばらく沈黙があった。
やがて、エドガーが席を立つ。
「ミス・アシュフォード」
「はい?」
「あなたは、優秀な記者だ」
シャーロットも立ち上がった。
「ありがとうございます」
時計は、すでに午前0時を回っていた。
理沙は壁の時計を見る。
そして、休む間もなくスタッフと明日の予定を確認し始めたシャーロットを見る。
「……この人、いつ寝てるんだろ」
■7
翌日。
北部へ向かう車の中。
ハンドルを握っているのは理沙だった。
後部座席には、エレノアとシャーロット。
今日はBBCのカメラも、王室広報のスタッフもいない。
完全な私用だった。
しばらく山道を走ったところで、エレノアが口を開く。
「ミス・アシュフォード」
「はい」
「今日は、なぜ私を?」
シャーロットは窓の外から視線を戻した。
「ご挨拶しておきたかったんです」
「私に?」
「はい」
少し間を置く。
「ルカ様を育てた方ですから」
エレノアは静かにシャーロットを見る。
「取材ではないのですね」
「もちろん」
「記事にも?」
「しません」
即答だった。
「今日は記者ではなく、私個人として来ています」
しばらく沈黙が続いた。
「あなた」
エレノアが再び口を開く。
「ルカの大学時代の同級生だったのよね」
「ええ」
「だったら、いろいろ聞いているでしょう」
エレノアは窓の外を見たまま続ける。
「ドラゴヴィッチ家のことも」
シャーロットの表情は変わらなかった。
「はい」
少し間を置く。
「本人から聞いたこともありますし、大学にいた頃、自分でも調べました」
「……そう」
「だから今日、ここへ来ました」
それ以上、エレノアは何も聞かなかった。
理沙はバックミラー越しに、二人をちらりと見る。
やがて車は、山の斜面にある小さな墓地へ着いた。
三人は車を降りる。
以前、ルカと来た場所だった。
エレノアが先を歩く。
そして、一つの墓標の前で足を止めた。
MILENA DRAGOVIC
エレノアは、しばらく何も言わなかった。
持ってきた花束を、静かに墓前へ置く。
シャーロットは数歩後ろで待っていた。
声をかけない。
近づきもしない。
エレノアが墓標から離れて、ようやく前へ出る。
手にしていた白い花を供えた。
「初めまして」
小さく頭を下げる。
「シャーロット・アシュフォードです」
小さく頭を下げる。
それだけだった。
エレノアも何も言わない。
ただ、少しだけ穏やかな顔でシャーロットを見ていた。
理沙も二人のあとに続き、墓前へ花を供えた。
「また来ました」
小さく手を合わせて、立ち上がる。
その時、隣にいるシャーロットを改めて見る。
「……えっ?」
思わず、小さな声が漏れた。
「何、この人」
「弱点ないじゃない」
■8
同日夕方。
セレニア国際空港。
出発ロビーには、BBCのスタッフたちが大きな機材ケースを並べ、搭乗手続きを進めていた。
数日間の取材を終え、シャーロットたちはロンドンへ戻る。
「理沙さん」
「はい」
「いろいろ手伝ってくださって、ありがとう」
「本当にね」
理沙が笑う。
「まさか私までBBCの現地協力者になるとは思わなかった」
「助かりました」
「次からはちゃんと出演料ください」
「交渉しておきます」
シャーロットも笑った。
スタッフの一人が声をかける。
「シャーロットさん、そろそろ行きますよ」
「分かった」
シャーロットはキャリーケースの取っ手を握る。
「それじゃ、ルカ。私はこれで帰るから」
「ええ。お疲れさまでした」
「あなたもね」
「僕は何もしてませんよ」
「それは嘘ね」
シャーロットは一歩近づいた。
別れの挨拶をするように、ルカの肩へ軽く手を添える。
そして。
耳元へ顔を寄せた。
小さな声で囁く。
「ルカ」
「はい?」
「今のあなた、とってもカッコイイよ」
「……え?」
シャーロットは少し笑った。
「先生に、ちょっと嫉妬しちゃうかも」
「え?」
そのまま、ルカの頬に軽くキスをする。
「ロンドンに戻ったら、また連絡するわ」
「ちょっ……」
「じゃあね、理沙さん」
「はい。また」
シャーロットは片手を上げる。
そのままBBCのスタッフたちと、保安検査場の向こうへ消えていった。




