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2/11

私は何でもできた


■1


三月十日。


高校を卒業して1週間。


18歳の藤原理沙は、佐伯麻衣の部屋でノートパソコンを覗き込んでいた。


東都帝国大学、合格者発表。


「あった!」


麻衣が声を上げる。


「私の番号!」


「おめでとう」


「理沙は?」


画面を少し下へ送る。


「あ、あった」


「やった!」


麻衣が理沙に抱きついた。


「痛いって」


「だって、一緒に行けるんだよ!」


二人とも東京西北大学にはすでに合格していた。


「西北だったら、大宮のおばさんの家から通えって言われてたの」


「大宮でもいいじゃない」


「大学生になってまで門限ある生活は嫌なの」


麻衣は少し笑った。


「東京行くの、ちょっと不安だったんだよね」


「麻衣が?」


「私だって不安くらいあるわよ。でも理沙も一緒なら大丈夫かなって」


「そんなもん?」


「そんなもんよ」


麻衣はパソコンを閉じた。


「今週末、部屋探し行くよ。うちのお母さん、藤原さんと一緒なら二人で住んでいいって」


「私、信用されてるのね」


「だから、その格好も何とかしないと」


「え?」


理沙は高校指定のジャージ姿だった。


「東京の女子大生は、足にわっかの付いたジャージなんて着ないのよ」


「まだ着れるよ」


「着れるかどうかじゃないの」


麻衣が立ち上がる。


「イオン行くよ。私が選んであげる」


「私の服?」


「同居人がそれだと困るの」


「なんで麻衣が困るのよ」


東都帝国大学に合格した日の午後。


理沙は麻衣に連れられて、いつものイオンモールへ向かった。


■2


週末。


二人は新幹線で東京へ出た。


不動産屋に連れられ、何軒か部屋を見る。


「ここ、大学近いよ」


理沙が言う。


「でも駅から遠い」


麻衣は間取り図を見る。


「こっちは?」


「池袋に近い」


「じゃあ、こっち」


「大学より池袋なの?」


「毎日大学だけ行くわけじゃないでしょ」


結局、二人が決めたのは、茗荷谷から少し歩いた古い2DKだった。


六畳が二部屋。


小さな台所。


二人で暮らすには十分だった。


契約を終えると、麻衣が鍵を手のひらで転がした。


「決まったね」


「決まったね」


「ここで四年間かあ」


麻衣が理沙を見る。


「よろしくね、藤原さん」


「こちらこそ、佐伯さん」


二人は笑った。


「じゃあサンシャインシティ行こう」


「何しに?」


「キーホルダーを買うの」


「キーホルダー?」


「初めて自分で持つ家の鍵なんだから、かわいいの付けたいじゃない」


「じゃあ私はポケモンセンターで買う」


「ピカチュウ?」


「カイオーガ」


「……男子小学生みたいな好みね」


「かっこいいじゃない」


「はいはい」


■3


大学三年の初夏。


夕食を食べながら、麻衣が聞いた。


「理沙、インターンどこにした?」


「インターン?」


「……何もしてないの?」


「うん」


麻衣が箸を止める。


「就活、始まってるよ」


「麻衣は?」


「メーカーと不動産と銀行」


「いっぱい行くのね」


「入ってから違った、が一番困るから」


麻衣は理沙を見る。


「理沙は、お父さんと同じで法曹?」


「そうなのかな」


「知らないわよ」


「じゃあ司法試験受けようかな」


「今決めた?」


「法学部だし」


麻衣はため息をついた。


「私はもう決めてるよ。大手、できれば財閥系に入って、二十代で私と同じくらい稼ぐ男を捕まえて結婚する」


「捕まえるんだ」


「三十五までに子ども二人。家は埼玉の南のほう」


「大宮嫌だって言ってたじゃない」


「昔はね。でも、住むなら便利じゃない」


理沙は笑った。


「夢がないわね」


「じゃあ、あなたの夢は?」


少し考える。


「白馬の王子様のお嫁さん」


「そういうのは夢とは言わないの」


■4


大学四年の晩秋。


夜


二人の部屋のテーブルには、宅配ピザとフライドポテトが並んでいた。


麻衣が缶ビールを掲げる。


「司法試験合格、おめでとう!」


「ありがとう」


「乾杯!」


缶を合わせる。


理沙はピザを一切れ取った。


「弁護士って、異議あり!とかやらないみたいだし」


麻衣が手を止める。


「いまさら?」


「もっと法廷でバチバチやる仕事かと思ってた」


「司法試験受かってから言う?」


「受けてみないと分からないじゃない」


「普通は受ける前に調べるのよ」


麻衣はビールを一口飲んだ。


「で、どこ行くの? 四大?」


「うーん。説明会は行ったんだけどね」


「どうだった?」


「みんなすごかった」


「じゃあ行けば?」


「なんか違うのよね」


理沙は二枚目のピザに手を伸ばす。


「高瀬塾にしようかな」


「司法試験予備校?」


「うん。塾長先生いい人だったし、教えるの好きだし」


「それで決めるの?」


「大学から近いし」


「最後の理由いらないでしょ」


理沙は笑った。


「麻衣は、結局どこに決めたの?」


「東都地所ビルマネジメント」


「丸の内?」


「うん。本体じゃないけどね」


「そっか」


麻衣がもう一度、缶を掲げた。


「じゃあ、お互い就職先も決まったってことで」


「もう一回?」


「もう一回」


二人は笑って、缶を合わせた。



■5


藤原理沙、27歳、初夏


東京・帝都ホテル。


披露宴を終えた麻衣は、ウェディングドレスのまま理沙の前に立っていた。


「おめでとう、佐伯さん」


「ありがとう。でも今日から相馬さんです」


「あ、そっか」


理沙は少し離れた新郎を見る。


「同期なんだっけ?」


「うん。入社してから知ったんだけど、大学も同じだったの」


「東都大?」


「そう。学部違うし、学生時代は全然知らなかったけどね」


「へえ。世間狭いね」


「ほんとね」


麻衣は笑った。


「でも、ちゃんといい人見つけたね」


「まあね」


「計画通り?」


「今のところは」


「すごいなあ」


麻衣が理沙を見る。


「理沙は?」


「何が?」


「そういう人、いないの?」


「いないよ」


「うちの人の友達、紹介しようか?」


「なんで?」


「なんでって。全然そういう話聞かないから」


「別に困ってないし」


「まあ、困ってないならいいけど」


麻衣は少し首をかしげた。


「女の人のほうが好きとか?」


「違うわよ」


「今の時代、別に隠すことじゃないのよ」


「だから違うってば」


麻衣は笑う。


「じゃあ、いい人いたら言うね」


「勝手に決めないでよ」


「はいはい」


新郎が麻衣を呼ぶ。


「じゃあ行ってくる」


「うん。改めて、おめでとう。相馬さん」


「ありがとう、藤原さん」


二人は笑った。


■6


藤原理沙、三十歳、冬。


父が死んだ。


脳出血だった。


悲しむ暇は、あまりなかった。


葬儀社、親戚、父の法律事務所、役所、銀行。


気づけば納骨まで終わっていた。


理沙が実家の居間で息をついたところで、スマートフォンが鳴った。


「もしもし」


『理沙? 今、大丈夫?』


麻衣だった。


電話の向こうで、赤ん坊が泣いている。


『ごめん、ちょっと待って。はいはい、いるよー』


「大変そうね」


『そっちに言われたくない』


しばらくして、泣き声が遠ざかった。


『忌引き、いつまで?』


「今週いっぱい。来週から戻るよ」


『高瀬塾?』


「うん。三月までは」


『……三月までは?』


理沙は少し黙った。


「年度末で辞めようと思ってる」


『なんで?』


「私、こっちに戻ろうかなって」


『お母さんのため?』


「一人になるし。前から持病もあるから」


『だったら、お母さんに東京へ来てもらえばいいじゃない』


「それもできるけどね」


『高瀬塾だって、うまくいってるんでしょ。公式チャンネル見たよ。理沙の講義、再生数すごかったじゃない』


「まあね」


電話の向こうで、麻衣が息を吐いた。


『理沙さぁ』


「なに?」


『あんた、なんでもできるのに、もったいないよ』


「なにが?」


『東都大だって受かった。司法試験も受かった。高瀬塾でもうまくいってる』


「うん」


『自分がやりたいこととか、ないの?』


理沙は少し考えた。


「……ないかも」


『そこ、そんな簡単に言う?』


「だって、別に困ってないし」


『困ってるかどうかじゃなくて』


麻衣は少し黙った。


『理沙……』


『私にできることがあったら言って。仕事探すのでも、引っ越しでも。協力するから』


「うん……ありがと」


電話が切れた。


静かになった居間で、理沙はスマートフォンをテーブルに置いた。


「やりたいこと、か……」


天井を見上げる。


「ないのよね……」


三月。


理沙は高瀬塾を退職し、東京を離れた。


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