セレニアの王妃
■1
数年後。
セレニア王立大学。
「では、今日はここまでにしましょう」
スクリーンの向こうで、ウォーカー教授が資料を閉じた。
「次回は、地方政府における教育政策の評価について扱います」
「ありがとうございました」
教室にいた十人ほどの大学院生が、それぞれノートや端末を閉じ始める。
理沙もペンを置いた。
隣には、小さなベビーカー。
眠ったままの赤ん坊を覗き込む。
「おとなしく聞いててくれて、ありがとう」
理沙は立ち上がる。
午後からは、自分の講義だった。
教材を鞄へ入れ、ベビーカーを押して教室を出る。
昼休みの大学構内。
学生たちの間を抜けて、法学部棟へ向かう。
「長官、ちょうどよかった」
後ろから声がした。
教育庁の官僚が、書類を手に駆け寄ってくる。
「財務省から、王立大学の第二キャンパス案が戻ってきました」
「見せて」
理沙は歩きながら書類を受け取った。
数ページめくる。
「……ああ」
足を止めた。
「これ、私への忖度でしょ」
「え?」
「法学部と公共政策学部だけ、予算が増えてる」
「財務省としては、王妃殿下が重点分野として――」
「そういう時代じゃないのよ」
「私がやってる分野に予算をつけるんじゃなくて、この国に必要なところにつけるように言って」
書類を返す。
「元の案で再査定。財務省にもそう伝えて」
「分かりました、長官」
官僚が一礼して去っていく。
その直後。
「リサ」
前から声がした。
顔を上げる。
ルカが、数人の外国人と大学関係者を連れて歩いてくる。
「殿下。今日は大学?」
「ええ。マレンバ共和国の教育相をご案内してました」
「マレンバ……アフリカの?」
「はい。地方大学の整備について、うちの制度を見たいそうです」
「へえ」
ルカはベビーカーを覗き込んだ。
「寝てますね」
「今日は優等生」
「それはよかった」
そして、理沙が抱えている教材へ目をやる。
「午後も授業ですか?」
「うん。二コマ」
「リサ」
「何?」
「今日は夜、晩餐会ですからね」
「あ」
「マレンバの皆さんも出席されます」
「分かってるって」
「質問対応は、ほどほどにしてくださいね」
理沙は少し笑った。
「はい」
『完』




