↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
11/11

【後日談】相馬麻衣、セレニアに行く

■1


数年後。


相馬麻衣は、イスタンブールから飛行機を乗り継ぎ、セレニア王国へやってきた。


入国審査を終え、到着ロビーへ出る。


そこで麻衣は足を止めた。


妙に人が多い。


いや。


一か所に、人だかりができていた。


若い女性たちがスマートフォンを向けている。


(まあ、観光地だもの。セレブの一人や二人ぐらい来るわよね)


特に興味はない。


麻衣は人だかりを避けて、その横を通ろうとした。


「麻衣!」


自分の名前を呼ばれた。


振り返る。


人だかりの中心で、理沙が手を振っていた。


「こっちこっち」


「……王妃様自ら、お出迎えとはね」


「私が呼んだんだから、いいでしょ」


藤原理沙。


大学時代、四年間同じ部屋で暮らした親友。


現在――セレニア王国王妃。


麻衣は理沙の大きなお腹を見る。


「そんな体で来たの?」


「予定日まだ先だし」


「妊婦は妊婦でしょ」


二人が歩き出すと、周囲からスマートフォンが向けられた。


麻衣が小声で聞く。


「……私まで撮られてない?」


「撮られてるね」


「嫌なんだけど」


「明日のニュースに出るかもね」


「私は一般人なの」


理沙は笑った。


駐車場へ出る。


「それで、運転手は?」


「私」


「王妃が?」


「王妃だって車くらい運転するわよ」


理沙は助手席のドアを開けた。


「あ、ちなみにセレニア、日本の免許でそのまま運転できるよ」


「そういう問題じゃないでしょ」


「一応、教えておこうと思って」


「私が運転する予定ないから」


「はいはい」


麻衣は助手席へ乗り込んだ。



■2


セレニア王立法科大学あらため、セレニア王立大学。


理沙の職場の見学を終え、法学部棟を出ようとしたところで、若い職員が理沙に気づいた。


「あれ、学長。今日はお休みじゃなかったんですか?」


「休みよ。友達を案内してるだけ」


「授業もゼミも入ってないはずですよね?」


「入ってない入ってない。今日は仕事しないから」


職員は麻衣に軽く会釈して、そのまま廊下の奥へ歩いていった。


麻衣が理沙を見る。


「……学長?」


「言ってなかったっけ?」


「聞いてない」


「去年から」


「王妃で学長?」


「授業とゼミも結構持ってるけどね」


「働きすぎじゃない?」


「教えるの好きだし」


二人は法学部棟を出た。


目の前には、いくつもの校舎が並んでいる。


「最初は、法学部と政治学部だけだったんだけどね」


理沙が歩きながら指をさす。


「あっちが医学部。隣が看護学部」


「医学部まであるの?」


「あるよ。附属病院もできたし」


さらに奥には、ガラス張りの新しい建物が見えた。


「あれは?」


「海洋工学部。船舶とか港湾とか、海洋エネルギーとか」


「理系が強いのね」


理沙は海の方を見る。


「昔は外国から石油買って、ほとんどそれで発電してたんだけど」


「今は違うの?」


「まだ使ってるよ。でも、燃料輸入できなくなったら国中停電します、っていうのも困るじゃない?」


「まあね」


「洋上風力とか蓄電とか、海水淡水化とか。その辺はかなり研究してる」


麻衣はもう一度、キャンパスを見回した。


「……ほんとに大学になったね」


「最初から大学よ」


「学生二人だったんでしょ?」


「最初はね」


理沙は少し笑った。


「今は、ちゃんといっぱいいる」


「よくここまで大きくしたね」


「みんなでやったのよ」


理沙は腕時計を見る。


「さて」


「ん?」


「そろそろ宿泊先にご案内しますか」


「急に王妃様っぽくなった」


「荷物置いたら、ランチね」


「どこ?」


「セレニア・ロイヤルホテル」


「高そう」


「泊まるのもそこよ」


「王妃様のおごり?」


「もちろん」


「じゃあ行こう」


二人は駐車場へ向かった。


■3


セレニア・ロイヤルホテル。


麻衣は部屋に荷物を置き、理沙とランチビュッフェで合流した。


二人とも皿に料理を取り、窓際の席に座る。


「ビュッフェなんだ」


「嫌だった?」


「いや。王妃様とランチっていうから、個室でコース料理かと思ってた」


「ああ」


理沙はフォークを取った。


「こっちの料理、何が合うか分からないじゃない? だったら、自分で好きなの選んだ方がいいかなって」


「ああ、そういうことね」


麻衣は皿の上を見る。


魚介、野菜、肉料理。色鮮やかな地中海料理が並んでいる。


「でも、どれもおいしそうね」


「おいしいよ」


「結構高いんじゃないの? こういうところって。ホテルも豪華だし、お部屋もすごく素敵だった」


「いいのいいの。私はフリー素材だから」


「フリー素材?」


「ここ王室系列のホテルだし。私が写真に写ってれば宣伝になるでしょ」


「なるほどね」


「ということで、SNSで宣伝よろしく」


「私、フォロワー、20人ぐらいよ」


「それぐらいのほうが、リアルな声っぽくて、逆にいいのよ」


「そっか」


麻衣は笑いながら、薄く切られたマグロを口に運んだ。


「これ、おいしい」


「セレニア産よ」


「マグロまで獲れるの?」


「完全養殖」


「へえ」


「タイセイヨウクロマグロだから、日本のクロマグロとはちょっと違うけどね。海洋系の研究は結構進んでるのよ」


麻衣はもう一切れ食べる。


「でも、生で食べるのにオリーブオイルとレモンなんだ」


「そうなのよ」


理沙は少し残念そうな顔をした。


「魚はおいしいんだけど、こっちだと大体こうなるのよね。子どもには、お刺身も食べさせたいんだけど」


「じゃあ今度、お醤油送るよ」


理沙が顔を上げた。


「ほんと?」


「うん」


「じゃあ、お味噌も」


「はいはい」


「ありがとう」


理沙が嬉しそうに笑う。


■4


食事を終えると、二人はデザートを取りに行った。


麻衣は、黄色みがかった小さなケーキを皿に取る。


席に戻り、一口食べた。


「これ、おいしいね」


「ポルトカロピタ」


「何それ」


「ギリシアのお菓子。向こうではオレンジを使うことが多いんだけど、セレニアではベルガモットで作ることが多いの」


「ベルガモットって、紅茶の?」


「そうそう」


麻衣はもう一口食べる。


柑橘の香りが口に広がった。


「私も家で焼くんだけど、この味はなかなか出せないのよね」


「王妃様がケーキ焼くんだ」


「子どもが好きなのよ」


「ちゃんとお母さんやってるのね」


「失礼ね」


理沙もポルトカロピタを一口食べる。


そのとき。


「あっ」


理沙がフォークを止めた。


麻衣が振り返る。


少し離れたところを、見覚えのある金髪の男が歩いていた。


理沙が手を上げる。


「レオン!」


軽く手招きする。


男はこちらに気づくと、方向を変えて歩いてきた。


■5


「こんにちは、姉上」


そこで少し考える。


「……いや、妹か」


「まあ、どっちでもいいわ」


麻衣は目の前の男を見る。


第一王子、レオン・ボーモント。


ニュースでは何度も見た顔だった。


レオンも麻衣を見る。


「こちらは?」


理沙が眉を上げた。


「人の名前を聞く前に、自分から自己紹介しなさい」


「ああ。そうですね」


レオンは苦笑する。


「私としたことが」


麻衣へ向き直った。


「レオン・ボーモントです。ルカの兄です」


「相馬麻衣です。理沙とは大学時代からの友人です」


「日本からいらしたんですか?」


「はい。夫が休みを取って、子どもたちを見てくれてるので。久しぶりに一人で遊びに来ました」


「それはいいですね。ぜひ、ゆっくりしていってください」


「だってさ」


理沙がレオンを見る。


「……何がです?」


「あなたは、いつ身を固めるのよ?」


「またその話ですか」


レオンは肩をすくめた。


「私を特定の誰かに独り占めさせたら、国家の損失ですよ」


「はいはい」


そのとき、少し離れたところからホテルのスタッフがレオンを呼んだ。


「おっと」


レオンがそちらを見る。


「呼ばれたようだ」


軽く頭を下げる。


「それでは王妃殿下。私はこれにて」


「仕事してきなさい」


「もちろん」


レオンは笑って、その場を離れていった。


麻衣はしばらく、その背中を見る。


「……本当に、ネットで見るのと同じキャラなんだね」


「裏表がないのよ、あの人」


麻衣は残っていたポルトカロピタを食べ終えた。


「ごちそうさま。で、午後はどうするの?」


「特に決めてないよ。どこか行きたい?」


「そうねえ」


少し考える。


「なんかないの? ルカ君との馴れ初めの場所とか」


「初デートした場所とか。告白された場所とか」


理沙はしばらく考えた。


「ああ……」


「ある?」


「そういう場所じゃないんだけど」


理沙が少し笑う。


「会わせたい人ならいるかな」


「誰?」


「ルカのお母さん」


麻衣は首を傾げた。


■6


北部から王都へ戻る山道。


車は、海を遠くに望む斜面を下っていた。


助手席の麻衣が窓の外を見る。


「馴れ初めの場所っていうから、もっと甘いところ想像してた」


「だから、そういう場所じゃないって言ったでしょ」


「まさかお墓とは思わないじゃない」


理沙は笑った。


「でも、私には大事な場所なのよ」


「へえ」


「何よ」


「いや。ちゃんと恋愛したんだなと思って」


「失礼ね」


そのとき。


「…………」


理沙の表情が変わった。


「どうしたの?」


「ちょっと、お腹が」


「大丈夫?」


「うん。たぶん」


しばらくすると、痛みは引いた。


けれど、数分もしないうちに。


「……っ」


「理沙?」


理沙はゆっくり車を路肩へ寄せた。


パーキングブレーキをかける。


しばらくハンドルに両手を置いたまま、息を整える。


「……ちょっと、無理っぽい」


「え?」


「救急車、呼んで」


「わかった」


麻衣はすぐにスマートフォンを取り出した。


――数分後。


「到着まで、一時間くらいかかるって」


「一時間……」


理沙は腹部を押さえた。


「……さっき、近くに集落があったと思う」


「集落?」


「標識に出てた。そこまで連れてって」


「でも、私、こっちで運転できないでしょ?」


「空港で言ったじゃない。日本の免許でそのまま運転できるって」


麻衣は一瞬黙った。


「……わかった」


二人は車を降り、席を入れ替えた。


■7


麻衣がハンドルを握る。


「で、どっち?」


「たしか、このまま」


「たしかって」


「標識を探して」


山道をしばらく走る。


カーブを一つ抜けたところで。


「あった!」


麻衣が道路脇を指差した。


青い標識。


VELIKA 4 km


KAMENOLOM 3 km


「ヴェリカ?」


「たぶん地名」


「下は?」


「……カメノロム?」


「何それ」


「知らない」


「どっち?」


理沙がまた腹部を押さえた。


「……近い方」


「カメノロムね」


麻衣は右へハンドルを切った。


細い道を進むこと数分。


やがて、山の中に建物が見えてきた。


「あった!」


平屋の建物がいくつも並んでいる。


食堂らしき建物。


大きな倉庫。


住宅のような建物もある。


思っていたより、ずっと大きな集落だった。


「よかった……」


麻衣は速度を落とす。


ただ。


「……なんだか、変な村ね」


道端にいるのは、作業着姿の男ばかりだった。


大型トラックが何台も停まっている。


建物の向こうには、巨大な重機も見える。


「まあ、いいや。人がいるなら――」


「あっ!」


麻衣が前方を指差した。


白い建物。


入口の上に、赤い十字。


「病院!」


麻衣はアクセルを踏んだ。


「行くよ!」


■8


麻衣は白い建物の前に車を停めた。


「理沙、ちょっと待ってて」


「うん……」


麻衣は車を降りると、そのまま入口へ駆け込んだ。


「すみません!」


受付にいた男が顔を上げる。


「急患です! 妊婦で、陣痛が始まってて」


「妊婦?」


「救急車は呼んでます。でも、到着まで一時間くらいかかるって」


男の表情が変わった。


「予定日は?」


「三週間後です」


「三週間……」


男は一瞬、言葉に詰まった。


それから、窓の外の車を見る。


「と、とにかく中へ!」


奥へ向かって声を上げた。


「ストレッチャー! 持ってきて!」


作業着姿の男たちが慌ただしく動き始める。


麻衣も踵を返し、理沙の待つ車へ走った。


■9


ストレッチャーの車輪が、廊下を鳴らす。


救護室へ運び込まれた理沙を見て、中にいた女性が目を見開いた。


「……王妃殿下!?」


周囲にいた男たちも、一斉に理沙を見る。


「本物だ……」


「王妃殿下だ」


「それより!」


麻衣が声を上げた。


「ここ、病院じゃないんですか?」


女性が首を振る。


「違います。ここは採石場の救護室です」


「採石場?」


「はい。セレニア石の」


「セレニア石……」


そういえば、来る前にネットで見た。


セレニア北部で採れる、淡い乳白色の石材。


古くから宮殿や教会、彫刻に使われ、今では高級建築材として国外にも輸出されている、セレニアを代表する特産品。


さっき見えた巨大な岩壁も、大型トラックも、そのためのものだったらしい。


「……麻衣」


「何?」


理沙が苦しそうに顔をしかめる。


「たぶん……破水した」


「えっ?」


女性がすぐに理沙のもとへ駆け寄った。


「皆さん、外へ! カーテン閉めて!」


男たちが慌てて救護室を出ていく。


女性は手早く理沙の状態を確認した。


「救急隊は?」


「さっき連絡したら、一時間くらいって」


女性が時計を見る。


そして、理沙を見る。


表情が険しくなった。


「……間に合わないかもしれません」


「え?」


「ここで出産になる可能性があります」


麻衣は女性を見る。


「あなた、看護師さんですよね?」


「はい」


「なら――」


「でも、分娩介助は初めてです」


「…………」


「学校では習いました。でも、ここは採石場ですから」


女性は一度息を吐いた。


それから麻衣を見る。


「出産経験は?」


「二人」


女性の顔が少しだけ明るくなる。


「手伝ってください」


「待って」


「はい?」


「私、二人産んだけどね」


「はい」


「産んだ側だからね? 取り上げたことはないからね?」


「……私もありません」


二人は顔を見合わせた。


その向こうで、理沙がまた腹部を押さえる。


「っ……!」


麻衣は袖をまくった。


「……やるしかないか」


■10


三日後。


セレニア国際空港。


出発ロビーには、イスタンブール行きの便を待つ旅行客が行き交っていた。


その一角だけ、妙に人目を集めている。


理沙の腕には、生まれたばかりの赤ん坊。


その隣では、ルカが上の子と手をつないでいた。


「もう退院したの?」


麻衣は赤ん坊を覗き込む。


「早いね」


「母子ともに問題ないしね」


「でも、わざわざ空港まで来なくてもよかったのに」


「元気な姿を見せるのも仕事だからね」


理沙が笑う。


少し離れたところでは、何人かの記者がカメラを向けていた。


「王妃様も大変ね」


「まあね」


搭乗案内の表示を見る。


「結局、ほとんど観光案内できなかったね」


「いいよ。二日目と三日目は一人で回ったし」


「楽しかった?」


「楽しかったわよ」


麻衣は笑った。


「子ども二人もいると、自分だけの時間ってなかなかないからね。好きなところ行って、好きなもの食べて。久しぶりに満喫したわ」


「そっか」


「次はちゃんと案内してよ」


「うん」


理沙は赤ん坊を抱き直す。


「あ、でも今度は私たちが日本に行くから」


「日本に?」


「日・セレニア国交回復の記念行事で。ルカと一緒に」


「国交回復?」


「ええ。明治時代から国交はあったんだけど、第二次大戦で一度切れてるの。戦後、吉田茂内閣の時に結び直したから」


「ああ、そういうことね」


『セレニアエアー217便、イスタンブール行きをご利用のお客様は、12番搭乗口までお越しください。まもなく搭乗を開始いたします』


麻衣はキャリーケースの取っ手を握る。


「じゃあ、茗荷谷のお店、予約しておくわ」


理沙が笑った。


「お願い」


「今度は私が案内する番ね」


「楽しみにしてる」


「じゃあ、また」


「うん。またね」


麻衣は搭乗口へ向かう。


途中で一度振り返った。


赤ん坊を抱いた理沙。


上の子と手をつないだルカ。


二人とも、こちらに手を振っていた。


麻衣も手を振り返し、搭乗口へ歩いていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。