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『緋色の傭兵団の物語』「ブリタニア編」  作者: 嵗(sai)
第十五部:連合の胎動

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第5章:クリシュ・アランの試練、あるいは神速の抜刀

1. 赤き長たちの拒絶


「この者たちは、我らクリシュ・アランの力を借りたいそうじゃ」


カハル・“テツザン”・マク・ネルは、広間の分厚い毛皮の上にどかりと腰を下ろすと、顎で俺たちに座るよう促した。


まず団長のガーブが、恐れを知らぬ様子でテツザンの横に陣取った。続いて俺、ハンス、オットーもそれに倣い、対面に座る二人の老人と向き合う。


一人は、燃えるような赤毛を総髪にまとめ、緩やかな民族衣装を纏い、静かに目を閉じて座っている。もう一人は同じく赤髪だが短髪で、無造作な顎髭を蓄えていた。ゆったりとした服装の隙間から覗く肌には数多の古傷があり、左目には無骨な眼帯をしている。


俺は居住まいを正し、交渉の口火を切った。


「お初にお目にかかる。我々は『緋色の傭兵団』。こちらが団長のガーブ。副団長のオットー、ハンス、そして俺はシンという」


「……大陸の傭兵とな。強いのか?」


眼帯の男、ローカン・“ムシン”・オ・ブライアンが、濁りのない右目でテツザンを射抜いた。


「おお。強いぞ、ローカン。特にこの娘っ子な、儂に勝ちよったわい」


テツザンの言葉に、ムシンの眉が跳ねる。


「……貴殿が、不覚を取ったと?」


「うん、私が勝ったよ?」


ガーブが当然のように頷くと、ムシンの視線に鋭い好奇心が混じった。


「フィンガーン、ローカン。こいつらは本物じゃ。儂は既にこの者らの『天秤』に乗ることに決めた。クリシュ・アランとして、ローランドの危機に刃を貸すべきだとな」


「ローランドの危機だと?」


「南から鉄理の規矩騎士団八百が、テイル・ウィドラへ攻め込んでくる。それを叩き潰したいそうじゃ」


「ふん。軟弱なローランドの連中では太刀打ちできんか。それで我らに助けを乞うと?」


これまで石像のように動かなかった総髪の男、フィンガーン・“ハヤテ”・ドゥーガルが、ゆっくりと目を開けた。その瞳は、深紅の輝きを放っていた。


「……マク・ネル、老いたか。ローランドなど放っておけばよい。我らに関わりのない、余所者の内輪揉めよ」


ドゥーガルの赤目と、テツザンの鋭い視線が空中で激突する。


「我らを切り捨て、山へと追いやったローランドに、今更手を貸す利も謂れもない。話は終わりだ」


ドゥーガルは吐き捨てると、再び深い瞑想に入るかのように目を閉じた。


(……ま、予想通りの反応だな)


一筋縄ではいかないことは分かっていた。さて、ここからどう切り出したものか。俺が思考を巡らせ、テツザンと目が合った瞬間――。


「うーむ。ならば、“試し”で決めるかの」


テツザンが、悪戯を思いついた子供のような顔で言った。


ムシンの右目が大きく見開かれる。「……いいだろう」


二人の長は、淀みのない動作で立ち上がり、傍らに置かれていた武器を手にとった。


「え? ちょっと待て、話が早すぎないか?」


俺の困惑を、テツザンの豪快な笑い声が撥ね飛ばす。


「何を驚く? 意見が割れたら、後は力で捻じ伏せるのが我らの流儀よ」


「……いや、二、三言交わしただけで、なんで即座に殺し合いになるんだよ」


「こ奴らは儂に勝ったと聞いた時点で、もう戦う気満々なんじゃよ。話を続けるにしても、まずは刃を交えてからじゃ。ほれ、お前らも準備せい!」


「やったぁ! 私がやる!」


狂喜して立ち上がろうとするガーブの肩を、テツザンが大きな手で押さえつけた。


「嬢ちゃんは今回お預けじゃ。ほれ、シン、ハンス。今度はお前らがやれ」


「えー、ケチー」


不満げに頬を膨らませるガーブを横目に、俺はハンスと視線を交わした。


戦闘狂の巣窟だ、ここは。利も謂れも関係ない。ただ、クリシュ・アランの武力が喉から手が出るほど欲しいのは事実だ。やるしかない。


「表へ出よう」


ムシンが短く告げ、ドゥーガルと共に外へ向かう。


「いーな、いーなー」


羨ましそうに地団駄を踏むガーブに、俺は肩をすくめて見せた。


(代われるもんなら代わってほしいぜ、全く……)


だが、これも命懸けの交渉だ。俺は覚悟を決め、双刃の柄を確かめた。


________________________________________


2. “神速”との邂逅


屋敷を出た先の広場には、既に「見物人」という名の野次馬たちが黒山の人だかりを作っていた。


その中から、俺より少し年嵩と思われる一人の屈強な若者が飛び出してきた。


「ジジイ! こいつらか! こいつらを叩き伏せればいいのか!」


「コナル。出しゃばるな。ハヤテ《ドゥーガル》とムシン《オ・ブライアン》が相手をする。貴様は黙って見ておれ」


「ぐっ……」


マク・ネルの孫だろうか、コナルと呼ばれた男は不承不承ながらも後ろに下がった。


広場の中央で、ドゥーガルとオ・ブライアンが短く言葉を交わしている。どちらが先に俺たちの器を量るか決めているようだ。


改めて二人を観察する。


ドゥーガルは「速」と「極」。神速の抜刀術で武の極致を目指す者か。手にするのは片刃で柄が長めの、この地方独特の“刀”だ。


対するオ・ブライアンは「理」と「虚」。やや短めの直刀。虚実を織り交ぜた戦術を駆使するのだろう。


ドゥーガルが一歩前へ出た。オ・ブライアンは静かに後ろへ下がり、舞台を譲る。


「最初は、私だ」


ドゥーガルは目を閉じたまま、刀を腰の帯へと深く差し込んだ。


「……俺が行く」


俺はハンスを制し、前に出た。左右どちらの手でも即座に引き抜けるよう、双刃を腰にセットする。


「では、儂が仕切りを務めようかのう」


テツザンが俺たちの間に立ち、審判役を買って出た。


対峙するドゥーガルは、依然として目を閉じたままだ。だが、その佇まいは不気味なほどに静謐で、揺らぎがない。


あの刀の刃渡り、腕の長さ、踏み込みの深さ……。俺は脳内で間合いを計算し、最適な位置を割り出す。


「シンー、がんばれー!」


「……ガーブ、気が抜けるから今は黙っててくれ」


「それでは――“武威を示せ”!」


テツザンの宣告。


しん、と周囲の雑音が消えた。


ドゥーガルは刀を抜かない。左手で鞘の口を握り、右手は柄に軽く添える。右足を半歩引き、僅かに前傾姿勢をとった独特の構え。


始めて見る、居合のことわり


(どう崩す……!)


よし、まずは揺さぶりだ!


俺は自ら動かず、腰のベルトから投げナイフ二本を両手で引き抜き、同時に放った。間髪入れず、背中のホルスターからもさらに二本。計四本の鉄塊が、ドゥーガルの急所を目掛けて殺到する。


だが、ドゥーガルは微動だにせず、ただ「すっ」と右に半歩だけ動いた。


最初の二本が空を切る。左右に逃げると見越して投じた後続の二本に対しても、彼は最小限の動作で元の位置に戻り、それらを紙一重で回避した。


……目をつむったまま。


(見えているのか!?)


驚愕した瞬間、景色が飛んだ。


目の前に、ドゥーガルの顔があった。


「……っ!」


右手が動く。鞘から解き放たれた刀が、銀の閃光となって下から斜め上に跳ね上がった。


速い! 抜き打ちか!


後ろに下がる余裕などない。俺は限界まで上体を反らし、絶望的なタイミングで刃を躱した。


(まずい、追撃が来る!)


体勢を崩した俺は、そのまま背中から地面に落ち、泥に塗れながら横に三回転して距離を取った。


飛び起きてドゥーガルを凝視する。


彼は刀を振り抜いた姿勢のまま、彫像のように止まっていた。追撃がない。


ゆっくりと、彼は刀を鞘に納めた。


「……信じられん。速すぎる」


冷や汗が背中を伝う。刀の振り、移動の予備動作、すべてが大陸の剣士の常識を逸脱している。


「ほう、ハヤテの“壱の太刀”を躱すか」


ムシンの独白が聞こえた。“壱の太刀”……今の抜刀が、彼の最も基本的な、しかし最も速い一撃だったというのか。


躱せたのは、ただの幸運に過ぎない。投げナイフを躱す時ですら、彼の軸は一切ブレていなかった。一瞬での接近。あれは、人間の動きではない。


ナイフでは話にならない。俺は熱くなった肺からゆっくりと息を吐き出した。


「ふー……」


落ち着け。俺は双刃を抜き放ち、一本ずつ両手に握りしめた。


________________________________________


3. 虚を突く一蹴


息を整え、重心を落とす。


「……行くぞ!」


地面を蹴り、一気に間合いを詰める。


ドンッ、とドゥーガルの周囲の空気が爆ぜた。


再び放たれる、下からの逆袈裟の抜き打ち!


(間に合えッ!)


「ぎんっ!」


右手の刃で強引に受け流す。手応えあり! 弾かれたドゥーガルの懐が空く。


(今だ、左の一刀――!)


だが、俺の剣が空気を裂くより早く、衝撃が全身を襲った。


「……え?」


フワリ、と体が浮き上がる感覚。直後、凄まじい質量に押し出され、俺の体は後方へと吹き飛ばされた。


ズザザザザァーッ!!


地面を三メートルほど滑り、ようやく止まる。


(何だ、今の力は……!?)


ドゥーガルを見れば、彼は刀を振り切った状態で止まっていた。剛力ではない。斬撃の余波、あるいは体術の練り込みか。彼は再び静かに刀を納める。


「ふむ。壱の太刀を受け切るとはな。まぐれではないようだ。……では、これはどうか」


ドォォンッ!


今度はドゥーガル自らが、大砲の弾丸のごとき加速で突っ込んできた。


刀の柄に手が添えられている。来る!


俺は反射的に左へ跳んだ。だが、ドゥーガルの反応はそれを上回る。


逃がさない。蛇のように、執拗に俺の死角へと回り込んでくる。


(まずい、離れられない……!)


「しゅんっ!」


抜かれた!


「ぎゃいんっ!!」


クロスさせた双刃で必死に防ぐが、またしても衝撃に弾き飛ばされる。


ドゥーガルは刀を納める間すら惜しみ、そのまま距離を詰めて上段から斬り下ろしてきた。


泥の中を転がって回避! すかさず横薙ぎの追撃が来る。


(間に合ええっ!)


必死の跳躍で逃れる。辛うじて躱したが、体勢はボロボロだ。


……だが、来ない。


立ち上がってドゥーガルを見ると、彼はまたしても悠然と刀を納めていた。


「どうした。避けるだけか?」


ドゥーガルの挑発。


俺は膝を突きそうになるのを堪え、激しく上下する肩を落ち着かせようと努める。


「はっ、はっ……ふぅ……。冗談じゃねえ、強すぎるだろ……」


半端な強さじゃない。これまでの経験が通用しない。


だが、死線を潜る中で、俺の目は次第に彼の「真実」を捉え始めていた。


(……いや、待て。できるか?)


俺は双刃を構えた両腕を、あえて大きく左右に広げた。ドゥーガルを誘い込むように、無防備な正中線を晒す。


「……何か気づいたか。だが――」


ドゥーガルが超速で接近する。一瞬で間合いが消失し、彼の指が柄に触れる。


まだだ。


まだ。


……今だ!


俺は剣を振るうのではなく、右足を一閃させた。


刀が鞘から抜かれるその刹那、俺の足の裏がドゥーガルの持つ刀の「柄頭つかがしら」を正確に捉え、押し込んだ。


「むっ……!」


ドゥーガルの眉が動く。鞘の中で刃が噛み合い、完璧な居合が封じられた。


抜刀の瞬間を物理的に潰す。これだけが、あの神速を止める唯一の回答!


「今だぁっ!」


右の刃で一閃。だが、ドゥーガルは刀を抜くのを瞬時に諦め、首を逸らして躱す。


ならば左の突き! これも寸前で回避され、俺たちは互いに跳んで距離を取った。


「……ふむ。我が抜刀を止めるとはな。まずは良しとしよう」


ドゥーガルは初めて、刀を最初から引き抜いた。右足を大きく引き、身を斜めにする。刀身を後ろへ向ける、攻撃特化の構え。


「では、往くぞ」


ドォォォォンッ!!


空気が震える。来る!


(下がっちゃダメだ、前へ!)


俺は恐怖を押し殺し、突進してくるドゥーガルの懐へ逆に飛び込んだ。


下からの鋭い斬り上げ! 刃が加速しきる前に、俺はその内側へ潜り込む。


ドゥーガルの右腕と俺の右腕が激しく衝突した。


「ぐっ……!」


至近距離、右の刃を強引に振り抜く!


だがドゥーガルは蛇のような柔軟さで屈み、俺の脚を狙って刀を薙いだ。


両膝を跳ね上げて回避! 空中で上段から刃を叩きつけるが、紙一重でかわされる。


着地し、再び互いに距離を取る。


「ふー……ふー……」


俺の肺は焼けるように熱い。だが、対面するドゥーガルを見れば、その呼吸は一切乱れていなかった。


化け物だ。底が全く見えない。


だが。


俺の口角は、自然と吊り上がっていた。


(……見えたぜ。攻略の糸口が)


絶望的な格差。しかし、戦場の天秤は、ほんの僅かに、だが確実に揺れ始めていた。


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