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『緋色の傭兵団の物語』「ブリタニア編」  作者: 嵗(sai)
第十五部:連合の胎動

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第3章:女王の決断、あるいは時代の黎明

1. 組織の長としての目覚め


「では、改めて始めましょう」


アルバ・ロンダ城の会議室。重厚な空気の中に、イライザ女王の澄んだ声が響いた。


テーブルの上に広げられたのは、先ほど提示された『ブリタニア四国連合王権国憲章』の草案である。イライザは、居並ぶ閣僚たちと共に、その一条一項に至るまで徹底的な吟味を開始した。


「陛下、第六条の通行税撤廃ですが、これに伴う地方領主の減収補填はどうお考えで?」


「第八条の職業選択の自由……ギルドの既得権益との衝突を避けるためのマイルストーンが必要ですな」


次々と出される具体的、かつ鋭い指摘。イライザは、目の前の閣僚たちの変貌ぶりに内心の驚きを隠せなかった。


彼らは自ら巨大な理想を掲げる預言者ではない。だが、一度「明確な目標」が示されれば、それをいかに迅速に、効率的に、そして最大の効果を発揮できる形へと落とし込むか――その実務能力において、彼らは大陸屈指の精鋭であった。


(……そうか。彼らには『目標』が必要だったのだ)


これまでの混迷は、彼らの無能ゆえではない。王である自分自身が、国として向かうべき明確な羅針盤を示してこなかったことに起因していた。戦争賛成か反対かという二元論に終始し、右往左往させていたのは、組織の長としての自分の無責任さであった。


“もう、迷わない”


イライザは拳を握り、密かに決意を新たにする。かつては自分の判断一つでエンガードが衰退するという恐怖が、決断を鈍らせていた。しかし今は違う。自分の判断が、ブリタニアという広大な大地の、名もなき民すべての将来を決定づける。その責任の重さに身震いしながらも、彼女の心は凪いでいた。あの日、自分より年若い一人の青年に投げかけられた、あの痛烈な言葉が今も彼女の芯を支えている。


「公表は二ヶ月後を目安とします。ですが、悠長に構えている時間はありません。閣僚諸氏、同意を」


イライザは円卓を囲む十一名の顔ぶれを見渡した。


•ウィリアム・バトラー 宰相

•オリバー・ハンプトン 宮内卿

•サイモン・ペンドルトン 内務卿

•ヴァーノン・シンクレア 法務卿

•マシュー・バーソロミュー 聖教卿

•ジェームズ・ボウモア 海軍卿

•フィリップ・クロウリー 枢密卿

•ロデリック・グレヴィル 軍務卿

•ヘンリー・ヨーク 外務卿

•ギルバート・コリンズ 商務省次官(更迭された商務卿代理)

•ローレンス・ハモンド 財務省次官(更迭された財務卿代理)


職務も立ち位置も異なる十一名。だが今、彼らは『憲章』という一つの光に向かって、その知略を惜しみなく結集させている。


この者たちと共に、ブリタニアの未来へ歩もう。


この十一名に、後に参画するガレシアとウルステアの代表を加えた十三名の閣僚は、後世の史家たちから畏敬を込めてこう呼ばれることになる。


――『女王エリザベス1世と十三翼サーティーン・ウィングス』、あるいは『憲章の守護者ガーディアンズ・オブ・ザ・チャーター』と。


________________________________________


2. 風雲急を告げる報せ


しかし、新生ブリタニアの産声が上がる前に、冷酷な現実が彼女たちの表情を凍り付かせた。


討議が始まって三日目の午後。枢密卿クロウリーの元に一枚の緊急書簡が届けられた。一読したクロウリーの顔から血の気が失せ、彼は椅子を蹴って立ち上がった。


「陛下、急報です……。最悪の報せが届きました」


「どうしましたか、クロウリー卿」


「鉄理の規矩騎士団が、独断でスカイウェールに向けて進軍を開始しました。その数、正規騎士八百、徴用兵五百……総勢千三百の軍勢です!」


「なっ……!?」


イライザは思わず立ち上がり、軍務卿グレヴィルを射抜くように見た。


「どういうことですか、グレヴィル卿! 彼らは足止めされているはずでは!」


グレヴィルは宙を睨み、苦渋に満ちた声で応じる。


「恐らく、団長のカシウス・ライルが業を煮やしたか、あるいは自棄になったか……。いずれにせよ、彼らは暴走しました」


沈黙が議場を支配する。


このまま鉄理の規矩騎士団がスカイウェールを蹂躙し、血を流し合えば、『連合』という理想は発表前に崩壊する。スカイウェールの民にとって、エンガードは「条約を無視して侵攻してきた侵略者」でしかなくなるからだ。だが、エンガード政府には、今すぐその暴走を物理的に止められる軍事力は残っていない。


閣僚たちは沈痛な面持ちで女王を見つめた。彼女の決断一つに、ブリタニアの命運が懸かっている。


イライザが眉間にしわを寄せ、苦悩の海に沈もうとしたその時――。


「陛下。市井では『下手な考え、休むに似たり』と申します」


外務卿ヘンリー・ヨークが、ふっと不敵な笑みを浮かべて発言した。


「ここは一つ、“彼ら”に報せてはいかがでしょうか」


「……! 間に、合うでしょうか」


「間に合わせましょう。幸い、彼らが残していった独自の伝達網があります。それに頼ります」


イライザは深く頭を下げた。


「お願いします。……ここで彼らを止められなければ、『憲章』はただの紙屑になる。何としても阻止を。せめて、被害を最小限に抑えなければならないのです」


顔を上げた女王の瞳には、かつてない覚悟の炎が宿っていた。


「ヘンリー・ヨーク子爵! 貴殿を、本日付で正式な『執政官』に任命します! 直ちにスカイウェールへ赴き、鉄理の規矩騎士団という名の“国賊”を、現地勢力と協力して鎮圧せよ!」


「は! 謹んで拝命いたします!」


ヨークが風のように議場を去るのを見届け、イライザは残った閣僚たちを叱咤した。


「皆さん、猶予はなくなりました! 大至急、作業を終わらせます。ロードマップの確定、予算の再見積もり、ウルステア・ガレシアへの根回し……すべてを前倒しにします」


「陛下、しかしそれでは……」


「『憲章』の発表日は、三週間後とします。よろしいですね!」


「むう、老骨には堪える……だが、受けて立ちましょう!」


議場はかつてない熱量に包まれ、議論という名の戦闘が再開された。


________________________________________


3. 絶対王政の黄昏、民主の萌芽


黒鉄紀1736年、春。


その日は、抜けるような晴天であった。後の史家たちが「新生ブリタニアの誕生を天が祝福した」と記すほどに。


ロンデニールの白亜の王城、アルバ・ロンダ正門前広場は、歴史的な瞬間を一目見ようと集まった民衆で地平線まで埋め尽くされていた。


正午の鐘が響き渡る。


演台にイライザ女王と、正装に身を包んだ『十三翼』の面々が現れた。


「陛下万歳ッ!!」「女王陛下ぁぁぁッ!!」


地鳴りのような歓声。


「傾聴せよ! 静まれ、静まれぇい!! これよりブリタニア王権国、イライザ女王陛下よりお言葉を賜る!」


衛士たちの声が響き、ざわめきが波が引くように静まっていく。


イライザが一歩、前へ出た。


彼女は、閣僚たちが進言した「格式張った演説」を退けていた。民に真意を伝えるには、自分の心からの言葉でなければならない。


「国民の皆さん! 今日、ここに集まっていただいたことに心から感謝します」


女王の、飾らないが力強い声が広場に響く。


「本日、私はこの国の行く末を決める、全く新しい体制を発表します。どうか、最後まで私の話を聞いてください」


群衆が固唾を呑んで見守る中、彼女は宣言した。


「本日私は、スカイウェール、ウルステア、ガレシア、そしてエンガードの四国を統合し、新たに『ブリタニア四国連合王権国』の発足を宣言します!」


しん、と広場が静まり返る。あまりに壮大な宣言に、民衆の理解が追いつかない。


イライザは続け、憲章の内容を一つずつ、噛み砕いて説明していった。


「『通行税を撤廃する』――。これは、皆さんが商いをする際、領地を越えるたびに払わされていた理不尽な税金をなくすということです」


「『職業選択の自由を保障する』――。農家の息子が農家に、鍛冶屋の娘が鍛冶屋になることが当たり前だった時代は終わります。皆さんが心からやりたいと思う職に就くことを、国は制限しません」


「『度量衡を統一する』――。国ごとにバラバラだった長さや重さ、お金の単位を一つにします。もう、不透明な取引で喧嘩をする必要はありません」


一条一項、それが民の暮らしをどう変えるのか。女王の言葉は、単なる法令の朗読ではなく、希望の種となって民衆の心に蒔かれていく。あちこちで「え、本当か?」「なら、俺の息子も……」という囁きが広がり、次第に大きなざわめきへと変わっていった。


演説の最後、イライザは一段と言葉に熱を込めた。


「……これが私の理想とする国です。皆さんが明るく、幸せに生きていける社会を作りたい。ですが、私一人では、そしてここにいる大臣たちだけでは不可能です。皆さん、どうか協力してください! 共に、より良いブリタニアを築いていきましょう!」


そう言って、女王は民衆に向かって深く頭を下げた。


広場に、凍りついたような静寂が流れた。


イライザの胸に不安がよぎる。(……ダメだったのだろうか? 私の言葉は、皆には届かなかったのか?)


視界が歪み、目元に涙がにじみそうになった、その時。


――パチ、パチ、パチ


小さな拍手が聞こえた。それは瞬く間に広がり、数千、数万の奔流となって広場を埋め尽くした。


「女王陛下万歳ッ!!」


「ブリタニア万歳ッ!! 自由を、万歳ッ!!」


熱狂的な歓声が、アルバ・ロンダの空を揺らした。


顔を上げたイライザの視界に飛び込んできたのは、弾けるような民衆の笑顔だった。


「……ありがとう……ありがとう……っ」


歓喜の雫が頬を伝う。その小さな声は、民衆の雄叫びにかき消されたが、彼女の心はかつてない充足感に満たされていた。


この日、ムンドゥス世界に、絶対王政の黄昏と、立憲君主制、そして民主政治の微かな萌芽が、確かに現れたのである。


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