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52 白と黒の塔


 崩れゆく廃工場。

 砕け散った魔具の破片が光の粒となって舞う幻想的な光景の中で、熾祈の腕の中に横たわる冥が、震える指先で彼の頬に触れた。その指は氷のように冷たく、しかし微かな後悔の熱を帯びていた。


「……ごめんね、熾祈。私、貴方に……あんな酷いことを。もう、私のことは忘れて。私はここで、過去と一緒に……」


 消え入りそうな声。彼女が求めたのは、救済ではなく忘却という名の断罪だった。かつて放った「貴方と付き合わなければよかった」という言葉の刃が、今度は彼女自身を切り裂いている。

 だが、熾祈はその細い身体を、折れんばかりの強さで抱きしめた。彼の瞳に、もはや揺らぎはない。


「……断る。忘れることなんてできないし、置いていく気もない。俺は、お前との過去も、その痛みも、全て背負って歩くと決めたんだ」


 熾祈は力強い足取りで、廃工場の出口へと歩み出す。そこには、MCA第三課の後輩であり、熾祈が信頼を寄せるエージェントである速水が、増援を連れて待機していた。


「速水、冥を頼む。死なせるなよ。これは命令だ。彼女が再び笑えるようになるまで、絶対に守り抜け」


「熾祈さん!? ……了解しました。後のことは、私に全てお任せください!」


 冥を速水の腕に託し、熾祈は一瞬だけ、かつての相棒であり、かつての恋人だった女性を見つめた。その眼差しは慈愛に満ち、同時に決別の覚悟を宿している。

 彼はそのまま、玲奈が連れ去られた次元の裂け目――禍々しい紫色の歪みの中へと、躊躇うことなく単身で足を踏み入れた。


 視界が反転し、重力が歪む。

 熾祈が降り立ったのは、極限まで色彩が削ぎ落とされた、無慈悲な空間だった。

 地平線の彼方まで続く、白と黒の幾何学模様。空には月も星もなく、ただモノクロームのグラデーションが広がっている。その中心に、無機質で巨大な十階建ての塔が、神を冒涜するようにそびえ立っていた。


 塔を幾重にも囲むのは、漆黒の外套に身を包んだ千人ものヴァニシングオーダーの精鋭部隊。

 彼らが構える銃火器と魔力刃が、この色彩のない世界で唯一の殺意となって熾祈に向けられる。


「なるほど。一人の男を殺すために、随分な舞台を用意したな」


 熾祈は虚空から『紅蓮の剣』を引き抜き、銀色の銃の弾倉を確認する。相手は千の束。対する自分は一人。絶望的な戦力差に、熾祈の口角が僅かに上がった。

 それは死神としての本能か、あるいは最愛の少女を奪われた復讐者としての咆哮か。




 要塞の最上階。壁のない、吹き抜けの玉座にノワールは傲然と腰掛けていた。

 傍らには、囚われの身となった玲奈が、白と黒が織り込まれた鎖に繋がれて眠っている。彼女の規則正しい寝息だけが、この死の塔に唯一残された生の証だった。


「ノワール。そろそろ頃合いだ。この女は、我々が本部に移送し、速やかにエネルギーの抽出を開始――」


 進言しようとしたヴァニシングオーダーの幹部。だが、その言葉が最期まで紡がれることはなかった。

 ノワールが指先一つ、指揮棒を振るうように動かした瞬間、空間が物理的に剪断された。幹部の首は容易く跳ね飛ばされ、床を転がる。


「僕の興を削がないで。これは僕と彼による、神聖な儀式なんだ。有象無象の計画なんて、今の僕には塵にも等しいんだよ」


 噴き出す鮮血すら、この白と黒の世界では醜い黒い染みにしか見えない。ノワールは仮面の奥で、塔の麓へと現れた死神の気配を捉え、狂おしく笑った。


「白か黒か。正義か悪か。死神、早くここまで来て。僕の魂が、君の血を求めて疼いているんだ」


 ノワールは、繋がれた玲奈のプラチナブロンドの髪を愛おしげに、そして残酷に指でなぞる。


「『胡蝶の夢』で最上級と謳われたこの至宝……。熾祈、君が辿り着くのが先か、僕がこの女を絶望の淵に沈めるのが先か。……どちらにせよ、最高の終演になりそうだ」


 塔の最下層で、爆音と共に戦いの幕が上がった。

 一階から最上階まで、千の屍を築き上げる死神の行軍が始まった。



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