49 銀白の女神
瓦礫の煙が晴れる中、水無月鏡香は周囲に氷状のエネルギー弾を宙に浮かばせ、冥と英莉花の狂乱の連撃を柳のように受け流していた。
「無礼な女たちね。挨拶もなしに切りかかるとは、随分と教育が行き届いていないようね」
冥の冷徹な一刺も、英莉花の執着に満ちた斬撃も、鏡香の計算され尽くしたステップの前には空を切る。彼女は戦うというより、まるで不出来な生徒の稽古を見ているかのような、圧倒的な余裕を全身から漂わせていた。
鏡香は一瞬の隙を突き、膝をつく熾祈の傍らへと、風のように滑り込む。
「そんなことでいいの?死神さん。バックアップがいなきゃ死ぬなんて、新人の頃から少しも変わってないじゃない」
皮肉を口にしながらも、彼女の右目――魔力を宿した青い瞳が静かに輝く。鏡香の手のひらから溢れ出した澄み渡る”青の力”。薄い水のような膜が、熾祈の傷つき、疲弊しきった身体を優しく包み込んだ。
焼けるような痛みが引き、停滞していた熾祈の魔力が再び細胞の奥底から脈打ち始める。
「……悪い、鏡香。助かった」
「お礼はいいわ。その代わり、仕事をしなさい。今度サイドテイルで奢ってもらうから」
鏡香は浮遊する氷状のエネルギー弾を冥と英莉花に飛ばし続け、熾祈に告げる。
「熾祈、よく聞きなさい。彼女たちの武器……特に、不自然に脈動し、異質な光を放っている箇所を破壊するの。それが魔具の『核』よ。そこを叩き潰せば、彼女たちは解放される」
その言葉は確信に満ちていた。しかし、指示を出す鏡香の指先が、一瞬だけ微かに震える。
(かつての、私と同じ。心を、魂を、見知らぬ誰かにかき混ぜられ、望まぬ『破壊』を繰り返す屈辱……)
鏡香の瞳の奥に、かつて自分が魔具に操られ、暴走していた頃の暗い記憶が去来する。その重い過去を振り払うように、彼女は冷徹な特務課のエージェントの顔に戻った。
「本当に、不愉快だわ」
完全に息を吹き返した熾祈が、再び赤く発光する剣を生成し、握りしめる。
「英莉花も、冥も……俺が止める」
「ええ。私がサポートするわ。貴方は迷わず、彼女たちの刃を折りなさい。決して、傷つけるのではないわ。救うのよ」
正面からは、魔具の汚染をさらに強め、黒い霧を吹き出しながら獣のように襲いかかる英莉花。
背後からは、感情の消えた瞳で氷のような殺意を放つ冥。
赤と銀の熾祈、そして青と銀白の鏡香。
過去と現在の愛執という名の怪物に、立ち向かう。
「熾祈。貴方のその優しさが、あの子を壊し、そして――私を殺したのよ。その罪、ここで償いなさい」
冥の放ったその一言が、廃工場の空気を凍りつかせ、熾祈の心を深淵へと引きずり込もうとする。
激突の火花の中で、熾祈の脳裏にあの日の情景が、より鮮明にフラッシュバックし始めた――。




