47 亡霊たちの円舞曲
廃工場の静寂は、漆黒の外套を纏ったヴァニシングオーダーの精鋭たちが放つ殺気によって、一瞬で阿鼻叫喚の戦場へと変貌した。
「……チッ、次から次へと!」
熾祈の瞳が紅く燃え上がる。それに応呼するように、彼の手には赤く発光する『紅蓮の剣』が発現し、もう一方の手には銀色の銃が冷たく鈍い光を放った。
熾祈は玲奈を背後に庇い、戦場を駆ける。精鋭の眉間を銀色の弾丸が正確に穿ち、紅い刃が黒い外套を紙のように切り裂く。赤と銀の閃光が交錯するたびに、敵兵は物言わぬ骸へと変わっていく。
本来の彼なら瞬く間に全滅させる路傍の石。だが、彼を真に追い詰めていたのは、その返り血を浴びながら、狂おしい殺意を向けてくる英莉花だった。
「どこを見てるの、しきぴょん……! 私だけを見てって、あんなに言ったじゃない!」
魔具の毒に侵された英莉花が、精鋭たちの影を縫い、毒蛇のような刺突を繰り出す。
熾祈は銃弾で敵を退け、紅い剣で道を切り拓くが、英莉花の剣だけは――彼女を傷つけまいとするあまり、受けることすら、刃をこぼすことを恐れるほどに躊躇ってしまう。
「英莉花、目を覚ませ! お前がこんなことをして、誰が喜ぶ!」
「……いるわよ。ここに。私……今、最高に幸せなの。貴方と、殺し合えるくらい近くにいられるんだもの!」
熾祈の武力により、周囲を囲んでいたヴァニシングオーダーの精鋭数十人たちは全て排除された。鉄錆と血の匂いが混じり合う中、残るは狂気と執着に染まった英莉花ただ一人。
熾祈は一瞬の隙を突き、赤く光る剣を消すと同時に英莉花の懐に飛び込み、その手首を剛力で掴み上げた。
「捕まえたぞ、英莉花。もう、やめろ」
喉元に突きつけられた剣先を無視し、熾祈は悲痛な声を絞り出す。しかし、英莉花は不敵に、そして吸い込まれるような濁った瞳で艶然と微笑んだ。
「……あはっ、捕まえた? 逆よ、しきぴょん。……貴方の視線を、私だけに固定できた」
英莉花が愛おしげにそう囁いた瞬間。
背後で、玲奈の短い悲鳴が夜の空気を鋭く切り裂いた。
影の中から染み出すように現れたのは、黒髪の間から覗く白と黒の瞳――ノワールだった。
「死神。女一人に骨を折っている間に、肝心な光が消えるぞ」
「玲奈っ!?」
熾祈が叫ぶが、ノワールの動きは電光石火だった。玲奈の細い身体を軽々と抱え上げ、既に開き始めていた次元の歪みへと足を踏み入れる。
「追ってこい。貴様を殺すことはこの世の最上の悦びなんだ」
「待て、離せ……っ!」
熾祈が銀色の銃を向けるが、それよりも早く英莉花の漆黒の短剣が、彼の喉元を遮る。
「行かせないわ。貴方の行き先は、私の中だけでいいの。もう、誰にも渡さない……」
玲奈を連れたノワールが、次元の彼方へと消失した。
最悪の喪失感に、熾祈の思考は真っ白に染まる。だが、地獄はまだ底を見せてはいなかった。
「相変わらず、詰めが甘いわね。熾祈」
廃工場の入り口。青白い月明かりを背に、ゆらりと現れた影。
黒く長い髪をなびかせ、かつて熾祈が愛し、そしてそのあまりに不器用な愛ゆえに、地獄へと落としてしまった女性。
「冥……」
正面には、魔具に侵され、歪んだ愛を叫ぶ英莉花。
背後には、凍てつくような復讐の瞳で自分を見つめる冥。
二人の女性に囲まれ、中央で剣を握りしめたまま膝をつく熾祈の姿は、まさに逃げ場のない処刑台の上に立たされているようだった。
「貴方を迎えに来たの。さあ、地獄の続きを踊りましょう?」
愛と憎悪、過去と現在が混濁する中、死神の魂の絶叫だけが、冷え切った廃工場に虚しく響き渡った。




