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43 モニター越しの観客と恋愛劇場


 MCA(マルチディメンショナル・クライシス・エージェンシー)本部、最深部。幾百ものモニターが青白い光を放つ極秘監視ルーム『パノプティコン』は、電子機器の駆動音と、微かに漂う高級な紫煙の香りに満ちていた。


「ローズ。私は次元理論の最終検証と、特異点の管理状況を査定しに来たの。子供の低俗な恋愛バラエティを鑑賞しに来たわけじゃないわ」


 スレンダーな長身を革張りの椅子に預け、組んだ脚を不満げに揺らすのは、特務課のリーダー、クラリス・ヘイゼルだ。ゆるいウェーブがかかった金髪のセミロングが端末の光を反射し、琥珀色の瞳は鋭い知性を宿している。彼女は左耳の複数のピアスを無造作に弄りながら、電子タバコから立ち昇る蒸気を一つ、吐き出した。


 その視線の先――メインモニターには、両腕を二人の美女に引かれ、石像のように固まっている熾祈の姿が映し出されている。


「そんなこと言って。クラリス、あなたさっきから一度も瞬きしていないわよ? 琥珀色の瞳が爛々と輝いているわ」


 隣でワイングラスを優雅に傾けるローズが、悪戯っぽく微笑む。


「ただのデータ収集よ。あの『死神』が、どの程度の精神的負荷で情動に屈するのか、物理学的にも非常に興味深い事象だわ」


「ふふ、素直じゃないわね。特務課が彼を引き取る前に、この『地獄』を堪能しておきなさいな」


 一方、モニターの中――。

 熾祈は、これまでの過酷な任務でも経験したことのない未知の重力に押し潰されそうになっていた。


「熾祈さん。先ほども申し上げましたが、わたくしは今夜、独りでは眠れませんの。もし、特異点の力が不安定になって暴走したら、どうなさるおつもり?」


 玲奈が、潤んだ上目遣いで熾祈の左腕を強く抱きしめる。その声は鈴を転がすように可憐だが、腕を掴む指先には“絶対に離さない”という鉄の意志が宿っていた。


「ちょっと特異点ちゃん、屁理屈言わないの!しきぴょん、治療の続きは私の部屋でするって言ったでしょ? 傷跡の経過を診るのも、相棒としての私の義務よ!」


 英莉花も負けじと、熾祈の反対側の右腕を自分の豊かな胸元に引き寄せる。

 左右から押し寄せる、柔らかくて熱い感触。漂うのは、玲奈のアールグレイの香りと、英莉花のヒーリング魔法が放つ爽やかな新緑の香り。


「おい、二人とも。玲奈、不安定なら鎮静剤を手配する。英莉花、傷ならさっき見たはずだ。それに、骨が、本当に、鳴っている……!」


「お黙りなさい!!」

「黙ってて!!」


 重なる二人の一喝。熾祈は反射的に口を噤んだ。戦場で数多の次元獣に囲まれた時ですら感じなかった確実な死の予感が、彼の背筋を駆け抜ける。


「熾祈さん。わたくし、お茶を淹れ直しましたわ。貴方のために、特別な葉を。さあ、あーん、してくださいますか?」

「はあ!? あーん、って何よ特異点ちゃん!しきぴょん、こっちは高密度栄養剤の特製ゼリーよ! ほら、スタミナつけないと一週間もたないでしょ!」


 玲奈の差し出す優雅な磁器のティーカップと、英莉花が突き出す機能性重視のアルミパウチ。

 二人は熾祈を自分の方へ振り向かせようと、物理的にも、そして精神的にも熾祈を翻弄し始める。


 玲奈は、あえて熾祈の服の裾をぎゅっと掴み、「行かないで」という無言の圧を。

 対する英莉花は、彼の耳元で「私、本気だって言ったでしょ?」と熱い吐息混じりの囁きを叩き込む。


 熾祈の脳細胞は、MCA最強の戦闘演算機能を放棄し、ついに完全停止に追い込まれていた。


(なぜだ。なぜこれほどまでに、二人の訓練強度が上がっているんだ……?これから起こることを想定し、俺のためにここまで精神耐性訓練を?)


 彼は、この極限状況を自分の身体を張った特殊な精神耐性訓練か何かだと、深刻に勘違いし始めていた。




 再び、監視ルーム。

 クラリスは、熾祈のあまりの鈍感ぶりに、思わず電子タバコを指で弾いた。


「ねぇローズ。死神は女を抱いたこと無いのかしら?」


「プライベートに突っ込む気は無いけど、あんな顔して童貞よ、きっと」


 ローズは愉快そうに笑いながら、手元の通信ボタンを押し込んだ。


「熾祈ちゃん。……聞こえるかしら? 二人との交流はそこまでにしなさい。特務課のクラリスが、あなたに直接話があるって」


 モニター越しに、熾祈がハッとしたように姿勢を正す。

 救われた、という露骨な安堵の表情を見せる熾祈。だが、その左右にいる二人の少女――玲奈と英莉花が、同時に監視カメラを、まるで獲物を狙う般若のような形相で睨みつけたのを、クラリスは見逃さなかった。


「ローズ。このままだと私、あの子達に八つ裂きにされそうなんだけど」



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