41 意図して掘り下げられる恋愛感情
MCA本部、特別保護室。
無機質な白に包まれた静寂を、勢いよく開いたドアの音が跳ね飛ばした。
「はーい、特異点ちゃん! 気分はどう? お疲れサマー!」
ハツラツとした声と共に飛び込んできたのは、英莉花だった。彼女はまるで春の嵐を連れてきたかのような明るさで、盆に乗せたハーブティーをサイドテーブルに置く。
「しきぴょんなら医務室でグースカ寝てるから安心して。ホント手がかかるんだから!そしてこれ、ローズ様からの差し入れのハーブティー。特異点ちゃんの大好きなやつでしょ?」
英莉花はいつものように茶目っ気たっぷりにウインクして見せた。玲奈は、その眩しいほどのエネルギーに圧倒されながらも、ティーカップを手に取り、微かに微笑む。
だが、その瞳の奥には、先ほど見た熾祈に触れる英莉花の、真剣すぎる横顔が、熱を持った棘のように刺さったままだった。
「ありがとうございます、英莉花さん。あの方を助けてくださって、本当に感謝していますわ」
「いいってこと!仕事だし、何より相棒だしねー。ほら、飲んだ飲んだ!」
ハッハッハと快活に笑う英莉花。その会話は、どこからどう見ても、気のいい先輩と可愛い後輩の微笑ましい光景だった。
しかし、玲奈が置いたカップが、ソーサーの上でカチリと冷たい音を立てる。
「『仕事』、ですのね。……でも、英莉花さん。あの方の傷を癒やしている時の貴女の目は、とてもお仕事の顔には見えませんでしたわ」
英莉花の肩が、ピクリと跳ねた。
「え?何それ、もしかして私の真剣な顔が怖かった? あはは、ごめんごめん! こう見えて、ヒーリングの時は全集中しちゃうタイプなんだよねー」
「いいえ、違いますわ」
玲奈はゆっくりと顔を上げた。『胡蝶の夢』で培った人の心を手に取るように知る術が、ハツラツとした英莉花のオーラの下に隠された震える波を、残酷なほど正確に捉えていた。
「英莉花さん。貴女、あの方のことを……熾祈さんのことを、一人の男性として、心から愛していらっしゃるのではないかしら?」
「……っ、なっ、は……えええっ!? な、ななな何を言ってるのかな、特異点ちゃん!?」
英莉花の顔から、いつもの余裕が音を立てて崩れ落ちた。
ハツラツとしていた表情は一瞬で真っ赤に染まり、あろうことか持っていたティーポットを落としそうになる。
「な、なな、ないない! あり得ないじゃん!あんなムッツリした死神男、私のタイプじゃないってば! ただの腐れ縁!相棒としての、こう、情っていうか……!」
「隠さなくてもよろしいですわ。貴女が彼の傷に触れる時、まるで宝物に触れるような……そして、自分だけが彼を理解しているという、傲慢なほどに純粋な『愛の色』をしていましたもの」
玲奈の声は、どこまでも透き通っていた。だが、その言葉は鋭い弾丸となって、英莉花が陽気な笑い声の下にひた隠しにしてきた恋心という急所を、無慈悲に撃ち抜いていく。
今まで守る側として快活に振る舞っていた英莉花が、今、玲奈の冷徹なまでの観察眼の前に、一人の恋する乙女として丸裸にされていた。
「……っ。……特異点、ちゃん……」
英莉花の声から覇気が消え、震える唇で言葉を紡ごうとする。
玲奈はそんな彼女を見据えたまま、自分の胸元をぎゅっと掴んだ。
英莉花への嫉妬。自分にはできない救済への羨望。そして、自分だけが熾祈の特別でありたいという、醜くも誇り高い独占欲。
それらの感情が玲奈の中で高密度に渦巻いた瞬間――。
パチッ、と空気の中で金と銀の火花が爆ぜた。
「えっ……!?」
英莉花が驚きに目を見開く。玲奈の周囲の空間が、彼女の感情に呼応するように、陽炎のように歪み始めていた。それは、特異点としての力が情熱を燃料に、自律的に覚醒を始めた証だった。
「わたくし、決めましたわ。あの方は、わたくしがお守りします。英莉花さん。貴女のヒーリングを必要としないほどに、わたくし自身があの方の『光』になりますわ」
それは、玲奈が守られる少女を卒業し、一人の女性として運命に牙を剥いた瞬間だった。
気まずい沈黙と、火花が散る保護室。
一方、そんな室内での女の決闘など知る由もない熾祈は、医務室を抜け出し、一人で屋上の風に当たっていた。
手元の端末には、冥の潜伏先を示す不気味なシグナル。
そして、ポケットにはマスターから渡された一包みの茶葉。
「最高級のダージリン、か。飲ませてやりたい相手が、増えちまったな」
熾祈の呟きは夜風にかき消されたが、その背後では、彼の預かり知らぬところで恋と嫉妬が混ざり合った、破壊を伴いかねないもう一つの嵐が吹き荒れようとしていた。




