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40 譲れない気持ち


 夜明けの光が差し込む街角。力尽きかけた熾祈の前に、一人の女性が降り立った。

「しきぴょん!無茶しすぎだよっ!」

 ローズの命を受け、彼を捜索していた英莉花だった。


 彼女は熾祈の惨状を見るなり、その白い掌を彼の傷口に当てる。


「動かないでね。今、ヒーリングを掛けるから」


 柔らかな桃色の光が熾祈の身体を包み込み、引き裂かれた肉体が接合されていく。急場しのぎとはいえ、その温かな魔力は、冷え切った熾祈の芯に熱を戻した。


「悪いな、英莉花。助かった」

「お礼ならローズ様にね。カンカンに怒ってるけど……」


 熾祈と英莉花はサイドテイルに足を向ける。

 熾祈にとっていつもの見慣れた重厚なドアを通ると、そこには不安に押し潰されそうになっていた玲奈の姿があった。


「熾祈さんっ!」


 駆け寄る玲奈を、英莉花がそっと制する。


「大丈夫だよ特異点ちゃん。応急処置は済んだから」


 熾祈は、カウンター越しに静かにお茶を淹れ直しているマスターへ向き直った。


「マスター、世話になった。冷めた茶の代わり、次は必ず持ってくる」


 マスターは、清楚な微笑みを崩さず、眼鏡の奥の瞳を細めた。


「ええ。次は最高級のダージリンを期待していますよ。熾祈さん、あなたの選んだ『今』を、大切になさってくださいね」


 その言葉を背に、熾祈たちはMCA本部へと帰還した。

 しかし、本部に戻った玲奈は再び、ホテルのスイートルーム並みの“特別保護室”へと収容される。


 熾祈だけが、第三課の執務室へと呼び出された。

 重厚なデスクの向こう側、ローズの鋭い眼光が彼を射抜く。


「熾祈ちゃん。エージェントとしての自覚が足りないのではないかしら?」


 ローズの声は氷のように冷たかった。


「守るべき特異点を残して、独りで過去の亡霊を追う。もし玲奈ちゃんに何かあったら、私達の存在が消えちゃうかもしれないのよ?」

「……すまない」


 ローズは書類を置き、本題を告げた。


「今回の冥の件、特務課のボスと話したけど引き継ぎか合同任務にするかで検討中よ。組織のルールとして、私情の絡む任務にあなたは適任ではないという判断もせざるをえない」


 だが、熾祈は一歩も引かなかった。


「頼む、俺にやらせてくれ。冥との決着は、俺自身がつけなければならない。あいつを止めるのは、俺の義務だ」


 その瞳に宿る不退転の決意を見て、ローズは小さく溜息をついた。


「一週間よ。それまでに解決の糸口を掴めなければ、強制的に特務課へ移管するわ。いいわね?」




 一方、特別保護室のベッドに座る玲奈の胸中には、言葉にできないおりが溜まっていた。


 熾祈が帰ってきた喜び。彼が無事だった安堵。

 それと同じくらい――いや、それ以上に、英莉花が熾祈の傷を癒やしていた光景が脳裏に焼き付いて離れない。


(英莉花さんの、あの手……。熾祈さんの身体に、あんなに自然に触れて……)


 自分にはない力。自分には許されていない、彼との近さ。

 英莉花が熾祈に触れ、彼がそれを受け入れていたこと。その事実が、玲奈の心に、アールグレイの茶葉が濁るような、暗くもやもやとした感情を広げていく。


「……わたくしだって、あの方を……」


 その呟きは、誰に届くこともなく部屋の壁に消えた。

 熾祈への募る想いと、嫉妬という名の熱が加速していく。

 特異点としての力が、その感情に呼応するように、微かに、不穏に脈動した――。



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