29 焦燥のティータイム
熾祈が上層部への定時報告のため席を外した、そのわずかな隙。西園寺英莉花が「ねーねー、女子会しよっ!」と強引に玲奈を別室のテラスルームへと連れ出した。
テラスと言っても防護壁に囲まれた隔離室に代わりはない。壁面の高精細モニターが映し出すのは、初夏の香りが漂ってきそうなほど精巧な英国庭園。玲奈は淀みない動作で紅茶を淹れる。パステルピンクの嵐を前にしても、彼女は死神の隣にふさわしい女であろうと、静かに背筋を伸ばし、完璧な淑女の微笑を湛えていた。
玲奈が遠回しに、熾祈との業務上の距離感を探ろうとしたその時。英莉花がティーカップを置き、無邪気な爆弾を投下した。
「えー? 仕事以外でも結構遊んでるよー? ほら、ロメロハートの巨大モールで一緒にパンケーキ食べたし、夜中に私の部屋で朝まで語り明かしたこともあるしっ!」
刹那、玲奈の脳内で、あの鉄面皮の死神が無表情に甘いパンケーキを頬張る姿が、残酷なまでの解像度で再生された。
(……パンケーキ、ですの? 熾祈さんが、私以外の女性と……それも夜通し密室で!?)
熾祈の前では余裕のある大人の女を気取っている玲奈だったが、この時ばかりは嫉妬の炎が自制心を焼き切った。握りしめたボーンチャイナのティーカップが、カタカタと激しく鳴動する。その振動は、彼女の心の悲鳴そのものだった。
焦燥に震える玲奈を、英莉花が獲物を見つけた小悪魔のように、愉悦に満ちた瞳で見つめる。
「ねぇ、特異点ちゃん。もしかして、しきぴょんのこと、めちゃくちゃ好きなんだねぇ〜?」
意地悪な含み笑い。だが、玲奈は逃げなかった。
彼女はゆっくりとカップを置くと、耳たぶまで林檎のように赤く染めながらも、射抜くような瞳で英々華を真っ直ぐに見据えた。
「ええ、そうですわ。大好きです。それが何か?」
「……っ、えっ」
今度は、英莉花が呆気に取られる番だった。
玲奈は「当然のことを聞かないで」と言わんばかりの誇り高さで、その恋心を堂々と肯定したのだ。
「熾祈さんのことが、世界で一番大切ですの。……あの方は冷たくて、私のことなんて子供だとしか思っていらっしゃらないけれど。それでも、私を守ってくださるあの方の背中が、何よりも愛おしいんですわ」
その声は微かに震えていたが、同時に何物にも屈しない強さに満ちていた。玲奈の瞳に宿る薄緑色が、決意の光を放つ。
「だから、英莉花さん。あなたがこちらへ来た本当の理由を教えていただけますこと? 熾祈さんとの思い出話を聞かせに来たわけではないでしょう?」
玲奈が核心に触れようとした瞬間、テラスの自動ドアが開き、報告を終えた熾祈が戻ってきた。だが、その表情は氷点下まで凍りついている。
刹那、熾祈の端末が、静寂を切り裂くような鋭いアラート音を鳴らした。
『熾祈、今すぐ第4指令室へ。……猶予はないわよ』
スピーカーから漏れるローズの切迫した声。熾祈は玲奈を一瞥すると、わずかに揺れた視線を強引に断ち切り、背を向けた。
「お前はここにいろ。英莉花、こいつを頼む。一歩も外へ出すな」
「はーい、了解だよ、しきぴょん! 任せといて!」
英莉花はいつもの調子で手を振る。だが、熾祈が扉を抜けようとしたその背中に、彼女は温度の消えた声を投げかけた。
「あ、そうだ。しきぴょん、私が増援に来た理由なんだけどさ……」
英莉花のパステルピンクの瞳から、ふわりとした甘さが消え、研ぎ澄まされた刃物のような冷徹さが宿る。
「――『アイツ』が、こっちに向かってるからなんだよね」
熾祈の背中が、石像のように強張った。
「ロメロハートの支部で観測したの。しきぴょんと一緒に倒したはずの奴が、この本部に狙いを定めた」
熾祈は振り返らず、弾かれたように部屋を飛び出していった。
残された玲奈の耳に、モニター越しの偽物の風の音に混じって、確かな破滅の足音が近づいていた。




