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25 琥珀色の再会


 窓の外に広がる景色は、分厚い灰色の雲に塗り潰されていた。


 ローズの手配により、宿舎の一室に身を寄せることになった玲奈。あの激闘と告白の夜から、熾祈は力の影響か、深い休眠状態に陥っていた。


 玲奈は毎日、欠かさず彼の病室を訪れた。


 規則的な点滴の音だけが、無機質な空間の静寂を刻んでいる。彼女は目覚めぬ死神の大きな手を両手で包み込み、今日あった出来事を、まるですぐ隣で聞いている彼に語るように、静かに紡ぎ続けた。


「……今日も、雨ですわね、熾祈さん。貴方が守ってくださったこの街は、驚くほど静かですわ」


 返らぬ言葉。けれど、玲奈の心が折れることはなかった。あの夜、意識を失う直前に彼が微かに指先で応えてくれたその残温の記憶だけが、今の彼女を支えた。




 そして一週間が過ぎた、金曜の朝。


 重い雲が僅かに割れ、カーテンの隙間から差し込んだ一筋の鋭い陽光が、ベッドの上で彫像のように動かなかった男の睫毛を揺らした。


「……ん」


「熾祈さん……!? 熾祈さん!?」


 玲奈の歓喜の声を受け、熾祈はゆっくりと重い瞼を持ち上げた。


 彼は上体を起こすと、無意識に自らの右腕を握りしめる。痛みはない。それどころか、細胞の一つ一つが過剰に研ぎ澄まされ、以前よりも鋭利な感覚が全身の神経を巡っていた。


「寝すぎたか。玲奈、無事だったんだな」


 玲奈が語りかけていた独白を、すべて――あの愛の告白までも――聞いていたことなどおくびにも出さない。しかし、その無骨な声は、以前よりもわずかに……凍りついた氷が内側から解けるような、柔らかな響きを帯びていた。


 目覚めるなり、熾祈は迷いなく点滴の針を引き抜いた。


「熾祈さん、何を!? まだ安静にしていなくてはなりませんわ!」


「身体ならもう治っている。これ以上ここにいても、あの女の監視下に置かれるだけだ」


 玲奈の必死の制止を完全に無視し、熾祈は用意されていた黒いコートに袖を通す。


 ふらつく足取りを傲慢なまでの意志で抑え込み、強引に病室を後にする熾祈。玲奈は「もう、救いようのない馬鹿ですわ!」とぶつくさ不満を漏らしながらも、彼の左腕に自らの身体を添え、支えるようにして寄り添った。


 MCAの職員たちが驚愕と畏怖の視線を送る中、死神は組織の無機質なルールを塗り潰すように闊歩し、自分たちの唯一の「居場所」へと向かう。


 辿り着いたのは、路地裏の湿った闇にひっそりと佇む馴染みのバー『サイドテイル』。


 扉を開けると、カウベルの乾いた音が店内に響いた。埃っぽくもどこか懐かしい、安酒と古びた木の匂いが鼻腔をくすぐる。


 開店前で薄暗いカウンター。その中央で、一人の女性が琥珀色のグラスを傾けていた。


「病人には、バーのカウンターじゃなくて病院のベッドがお似合いよ。熾祈ちゃん」


 緋色の瞳を細め、第三課のボスであるローズが待ち構えていた。その落ち着き払った姿は、彼らがここへ戻ってくることを最初から確信していたかのようだった。


「お見通しってわけか」

「あなたのことならね、簡単よ?」


 ローズの背後のカウンターには、MCAの刻印が入ったタブレットが置かれており、その画面上には最新の報告書が映し出されていた。


「貴方が眠っている間に、世界は止まってはくれなかったわ。ノワール……あいつが所属する『ヴァニシング・オーダー』の動きが本格化している。そして――」


 ローズの鋭い視線が、熾祈の隣で息を呑む玲奈に向けられた。


「彼女の”正体”についても、少し興味深い情報が入ったの。……座りなさい。ここからは、仕事の話よ」


 ようやく取り戻したはずの、琥珀色の静寂。それが、無慈悲な現実の荒波によって再び黒く塗り替えられていく。


 死神と少女の運命は、より深く、より残酷な真実の渦へと巻き込まれようとしていた。



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