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20 崩落の晩餐


 玲奈が刻む野菜の音だけが、不自然なほど大きく響く沈黙の食卓。

 熾祈はボウモアのグラスを傾け、玲奈は怒りを込めて鍋を火にかけていた。熾祈が口にした他人に譲るような無自覚な放任への怒りは、まだ静かに、けれど確実に玲奈の胸を焦がしている。


「熾祈さん、一言だけ言っておきますけれど」


 玲奈が背を向けたまま、氷点下の声で告げた。包丁を置く音が、かつてないほど鋭くキッチンに響く。


「私が選んだのは貴方です。それを否定することは、私のこれまでの人生すべてを否定することだと、その錆びついた脳内に刻んでおいてください」


 熾祈がグラスを置き、その不器用な唇を割って何かを答えようとした、その時。

 リビングに設置された緊急用ホログラムが強制起動し、ローズの顔が焦燥と共に浮かび上がった。


『熾祈ちゃん、今すぐ玲奈ちゃんを連れて脱出して! 防壁が突破されたわ!』


「ローズか。何があった」


『ヴァニシング・オーダーの実行部隊よ。どうやら、玲奈ちゃんの場所を特定したみたい。追手はもう、あなたの鼻先まで来て――』


 その言葉が終わるより早く、セーフハウス全体が巨大な次元震ディメンション・ショックに揺れた。

 窓ガラスが内側へ向かって粉砕され、夜の闇から黒い防護服に身を包んだ複数の影が、音もなく室内に滑り込んでくる。


「……チッ。玲奈、伏せろ!」


 熾祈が叫ぶと同時に、彼は重厚なテーブルを蹴り飛ばし、玲奈を守る盾へと変えた。

 剥き出しになる死神の本能。熾祈の手から赤い閃光が走り、赤く光るエネルギー状のワイヤーが玲奈の周辺を瞬時に網目状に埋め尽くす。


「熾祈さん……っ!」


「黙って俺の背中にいろ。一歩でも離れたら、死ぬぞ」


 つい先ほどまで、自分を光の男に押し付けようとしていた男とは思えない、暴力的なまでの独占の言葉。だが、今の玲奈にはそれが何よりも甘美な愛の告白に聞こえた。


 殺到する敵の工作員をワイヤーで斬り裂きながら、熾祈は背後の玲奈を一瞥する。守るべきものは、武器でも、過去の記録でもない。目の前の、この厄介で、傲慢で、あまりにも鬱陶しすぎる女子一人だ。


「正面突破する。玲奈、俺の首に捕まってろ」


「はい、喜んで。地獄の果てまで、離して差し上げませんわ」


 熾祈は玲奈を左腕一本で強引に抱き抱え、燃え盛るセーフハウスの壁を、赤き力の衝撃波で粉砕した。

 夜の雨の中へ、二人の逃亡劇が始まる。背後では、唯一の安らぎの場であった家が、激しい爆炎と共に崩れ落ちていった。



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