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17 忠実の将、色を好む


 土曜の早朝。セーフハウスの静寂を切り裂いたのは、熾祈の端末に届いた暗号通信のコール音だった。

 発信元は、MCA第三課のボスである――ローズ。


『熾祈ちゃん、急ぎの仕事よ。ターゲットは隣接次元から密入国した過激派の要人。場所は旧市街の廃工場……それと今回は、特務課の水無月鏡香とバディで動いてもらうわ。どうやら、要人から必要な情報を取り出したいらしくて。玲奈ちゃんの護衛、代わりのエージェントを送ったから、安心して仕事してきてちょうだい』


「水無月と?了解した。すぐに向かう」


 熾祈が淡々と応じると、キッチンで朝食のパンを焼いていた玲奈の手が、ピシリと止まった。

 昨夜、バーであれほど火花を散らした銀白の女の名。それが当然のように仕事のパートナーとして告げられたことに、玲奈の薄い緑色の瞳には、朝の光を全て呑み込むような暗い情熱が宿った。


「熾祈さん。あの方と、二人きりでお仕事に行かれるのですか?」


「仕事だ。お前を連れて行くわけにはいかない。だが、ここを空けるのも危ういからな。代わりに護衛が来る」


 熾祈が装備を整え終えるのを待っていたかのように、軽快なチャイムが鳴り響く。

 現れたのは、MCA第三課の後輩――速水蓮はやみ れんだった。

 ミルクティーベージュの髪を軽く跳ねさせ、右目の下の泣きぼくろを艶っぽく光らせたその青年は、熾祈を見るなり背筋を伸ばし、絵画のように美しい敬礼を決めた。


「おはようございます、熾祈先輩! 伝説の先輩からのご指名、この速水蓮、光栄の至りです!」


「呼んだのは俺じゃないが。速水、俺が戻るまでこの女の護衛を任せる。いいか、一歩も外へ出すな」


「了解です! ……って、えっ?」


 速水の視線が、熾祈の背後に佇む玲奈に固定された。次の瞬間、彼の琥珀色の瞳が驚愕と、そして隠しきれない歓喜に染まる。


「これは、ヴィーナス。先輩、こんな美しい方を隠していたんですか?了解しました、この速水蓮の命に代えても、この可憐なレディをお守りします!」


 速水は即座に玲奈の前に跪き、その白磁のような手を取ろうとした。

 玲奈は愕然として、無機質な表情で銃のシリンダーを確認している熾祈を仰ぎ見る。


「熾祈さん、本気ですの……? 私をこんな、いかにも手癖の悪そうな方に預けて、あの方の元へ行かれるなんて……。心配では、ありませんの?」


 玲奈の声には、隠しきれない震えが混じっていた。

 彼女は期待していたのだ。熾祈が「……やはりダメだ、お前も来い」と、嫉妬交じりの独占欲を剥き出しにして、自分を無理やり奪い去ってくれるのを。

 だが、熾祈の返答は、どこまでも残酷なまでに先輩としての厚い信頼に満ちていた。


「速水は三課で最も守備と攪乱に長けている。それに、俺が認めた後輩だ。変な真似はしない。行ってくる」


 熾祈は一度も振り返ることなく、セーフハウスの扉を閉めた。

 残されたのは、やる気満々のキラキラした笑顔を浮かべる速水と、怒りと絶望でその頬を赤く染めた玲奈。


「さて、玲奈さん。先輩がいなくなったところで……。僕と熱いティータイムでもいかがですか? 先輩のような無骨な男には分からない、極上の甘い時間をお約束しますよ」


 速水が至近距離で囁き、キザなウインクを贈る。

 玲奈は引きつりそうになる顔を抑え、完璧な淑女の微笑みを貼り付けた。だが、その瞳の奥には、これまでにないほど激しい殺意にも似た情熱が渦巻いていた。


(……熾祈さんの、バカ。信じられないほどの、大バカ者ですわ……!)


 鏡香への猛烈な嫉妬。そして自分を「信頼できる後輩」に預けて平然としている熾祈への憤り。

 玲奈の死神攻略作戦は、かつてないほど最悪で、かつてないほど熱い方向へと転がり始めた。



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