11 欠けた傑作、狂愛の芽生え
室内の空気は、二人が放つ殺気によって焦げ付いていた。ヴィクターの猛攻は苛烈を極め、熾祈の肩からは赤い血が滲む。だが、熾祈は弾丸を弾き飛ばしながら、冷徹な独り言を脳内で完結させた。
(これ以上、時間をかけるのは掃除屋の端くれとして三流だな)
その瞬間、熾祈の瞳がぼんやりと、不気味な紅い光を宿した
「何だ、その眼は」
ヴィクターが初めて驚愕に表情を歪めた。熾祈のスピードはもはや、加速という概念を超えていた。攻撃に特化した“赤”の力。次元能力者という極めて特殊な存在が使える、常識外れの力。
熾祈が踏み込んだ足跡には、鮮烈な赤い光の残像が揺らめき、彼の輪郭をこの世界の理から解き放っていく。ヴィクターの背後へ一瞬で転移し、その掌を突き出す。
「散れ」
熾祈の手の平から放たれたのは、空間を歪めるほどに高密度な波動状のエネルギー弾。背後から衝撃を受けたヴィクターは壁際まで吹き飛ばされた。
追撃の手は休めない。赤い残像を纏った熾祈は、翻弄されるヴィクターの懐へ滑り込み、重力さえ無視した拳を叩き込む。力を上乗せされた一撃一撃が、ヴィクターの強固な防御を紙細工のように粉砕していく。
「あ、が……っ!」
かつて無敵を誇った主君が、無様に床を転がる。熾祈は無機質な瞳で彼を見下ろし、銀色の銃口をその眉間へと固定した。引き金にかけられた指に、赤の力が集束していく。このままヴィクターの頭部を、空間ごと消滅させるつもりだった。
だが、その死線の間に、玲奈が割って入った。
「熾祈さん、やめてください……!」
玲奈が熾祈の腕を必死に掴む。その瞳には恐怖ではなく、揺るぎない覚悟があった。
「この方は私を救い、育ててくれた恩人です。……その恩を、私の我儘で無碍にはできません。お願いします。彼を殺すなら、その前に私の命で全ての借りを清算させてください」
熾祈の瞳に宿る赤の光が、玲奈の真っ直ぐな想いに呼応するように、静かに、ゆっくりと収束していく。次元の力が消え、部屋に不自然な静寂が戻った。
「九条。俺は護衛の依頼を受けただけだ。対象が死なず、それで依頼が完遂されるなら、それ以上の手間をかけるつもりはない」
熾祈は無造作に銃を収めると、吐き捨てるように言った。
ヴィクターは肩で息をしながら、自分を庇う玲奈の背中を見つめ、自嘲気味に笑った。
「……不完全こそが美、か。皮肉なものだ。私の最高傑作は、私を救うことで完成したというわけか」
ヴィクターは憑き物が落ちたように立ち上がり、膝を砕かれたエドワードの髪を掴んだ。
「連れて行け、掃除屋。その毒を飲み干すのが、お前の仕事だ」
ヴィクターは暗がりの奥へと消えていった。裏切り者への掃除は、彼自身の凄惨な流儀で行われるだろう。熾祈は、床に崩れ落ちた玲奈を、負傷した腕で強引に引き寄せた。
「余計なことを。戦いに巻き込まれたら死ぬところだぞ」
「私は、あなたの目の前でしか死ねるなら本望です。そうすれば、あなたは一生、私を忘れないでしょう?」
玲奈の重すぎる愛の告白に、熾祈は深い、深い溜息をついた。赤い光の残像は消えても、彼に刻まれた呪縛の熱だけは、消えることなく疼き続けていた。




