04 定例報告会議
ジャックは会議室のドアを開けて部屋の中を見渡した。
「皆さん、お揃いですね」
会議室には応接スペースのソファ席があり、それらの席に重鎮のような佇まいの五人が座っていた。他には政治家の秘書やSP、制服を着た警察官や自衛隊員が壁際に立っている。重たい空気が流れ、最初に端を発したのは長谷川という男であった。
ソファ席 右手前)
長谷川 武弘 五十五歳
※内閣官房長官
※与党 日出国保全党 他
「どうだった?」
ジャックは会議室の壁に備え付けられた大型テレビを目視で確認してから、手前にあるテーブル席に着いた。テレビ画面には全国にある各施設の所長や各国の代表が映っている。一人だけ明らかに場違いなパジャマ姿の、髪の毛がボサボサな、いかにも今起きましたと言わんばかりの人間がいた。ジャックはそれを見て控えめに笑いながら言った。
「盗聴器でお聞きになっていたのでしょう?」
長谷川は苛立ちを抑えきれず訊いた。
「なぜ、あの件を聞かなかった⁉︎」
ジャックは小馬鹿にするように、
「聞くまでもありません」
と答えて、急に口調のトーンが落ちた。
「日向くんも啓示を受けたようです。何かしらの能力が発現しているのでしょう。彼の手に触れ、教会で何が起きたのか、あの日の記憶を見ようとしましたが拒まれてしまった」
「拒まれただと?」
「ええ。日向くんの能力には、私の過去観では干渉できない何かがあります。もう一点、何よりの証拠として、普通の人間ならば、約一週間ものあいだ、点滴のみであれば少しは痩せこけてしまうものですが、彼にはそんな様子が微塵もありませんでした」
長谷川はテーブルをバンッ! と叩いて言った。
「ジャック! まだ葵くんは子どもなんだぞ⁉︎ あれほど、……子どもに能力を使うなと言ったはずだ! 万が一、何かあったらどうするんだ!」
ジャックは落ち着きなさいという意味を込めて、まあまあと手仕草をして言った。
「───大丈夫です。啓示を受けた者には、一定の耐性がありますから」
その言い草は、油に火を入れたかのごとく長谷川を燃やした。
「何を根拠に‼︎」
「長谷川くん」
と大型テレビの方から男の声が聞こえた。パジャマ姿の男に視線が注がれる。男の名は、日向 一幸、葵の父である。
「そこまでにしてくれないか。俺がジャックにお願いしたんだ。……やはり、そうだったか」
「あなたはそれでも父親ですか……」
長谷川が小さな声で呟いた。
「お三方、───」
ソファ席右側の真ん中に座っていた小綺麗な女が仲裁に入った。
齋藤 薫 四十七歳
※日本 外務大臣
※与党 日出国保全党
※日本国啓示現象対策拠点全施設 役職:理事長 他
「各国の方々もこの会話を聞いていますよ」
長谷川は深いため息を吐いたあと、
「───申し訳ございません。取り乱しました」
と謝罪し、テーブルにある書類を見ながら話し始めた。
「本日、日本啓示現象対策定例報告会にご参加いただき、誠にありがとうございます。オブザーバーとして参加された方々に関しましても、お配りした書類の内容に沿ってお話しをさせていただきます。
本日は四点。
一点目、自殺と対策について。
二点目、日本国と諸外国の治安ならびに各施設の防衛対策について。
三点目、メディア対策について。
四点目、日向 葵くんと園田 和子さんの件について。
まず、一点目の自殺と対策について。
当初、国内ならびに各国で啓示現象が観測され始めた際、データによれば、啓示現象の症状がある方々による自殺者が増加の傾向にありました。これは以前よりも問題提起がなされていたかと思います。この対策として、日本国政府ならびに各国政府では、ジャックや星の民のような種族の協力を受け、また、出資者の方々からご支援をいただき、十年前より計画的に建設していた啓示現象の症状がある方々を、保護・管理するための施設を設けました。
結果、啓示現象が観測されてから、我が国の政府に関しましては、緊急事態宣言を発令し、啓示現象の症状がある方々が国内にある施設へ受診したことで、自殺者の人数が急激に低下しました。自殺予防として、これで対策になったことは明白ですが、今後も各施設では、啓示現象の症状がある方々を保護・管理のため、尽力していただきますよう、よろしくお願いいたします。
二点目、日本国と諸外国の治安ならびに各施設の防衛対策について、ここ一週間以内で犯罪の増加傾向にあります。諸外国では、テロの増加が問題になっています。この件に関して、佐藤 警察庁長官、氏家 防衛大臣にご説明していただきます」
ソファ席左手前)
佐藤 研二 六十一歳
※警察庁長官 他
佐藤は眼鏡に指を当て話し始めた。
「先に、私からお話しいたします。現在、国内では啓示を受けた者たちによる犯罪が増加しています。何かしらの能力を発現しており、その能力を巧妙的かつ大胆に悪用している模様です。私ら、警察庁としましては、その対処として、同等かそれ以上の能力を扱える職員、年齢は二十五歳から五十代までの男女を対象に召集し、短期的な訓練・教育を経て、チームを構成いたしました。名称は、特殊犯罪対策部隊としています。警視庁、各施設内、また、各都道府県の警備部に配置しました。あとは世間に公表するのみです」
ソファ席右手奥)
氏家 兼光 六十五歳
※日本 防衛大臣
※与党 日出国保全党
※日本国啓示現象対策拠点全施設 役職:専務
※第四施設 九州支部 役職:所長 他
氏家はライターの火で葉巻の先を炙りながら言った。
「俺が懸念しているのはな、───」
齋藤は見過ごさず注意した。
「氏家さん、ここは禁煙ですよ」
氏家はすまんすまんと口にして葉巻とライターをテーブルに置いた。
「俺が懸念しているのはな、国内の小規模な犯罪じゃねえんだ。海外から流れてきているテロ組織だ。なんて言ったっけなあ? ラ、ラス、……」
齋藤が助け舟を送った。
「氏家さん、ラスト・ジャッジメントです」
「それだ、それ。ラスト・ジャッジメントだ。海外で起きたテロの報告書と映像を拝見したが、自爆テロが起きる前後で、テロリストたちが太陽に広げた両手の旗を掲げていた。ありゃあ〜気味が悪かったな」
一同が資料に目を向けた。資料には二枚の写真が挿入され、一枚目の写真には武装した複数のテロリスト、一人の男が旗を掲げている。都市、瓦礫、乗り捨てられた車、爆破の跡、逃げ遅れた人や倒れている人が写っていた。もう一枚には旗の拡大された画像があった。
氏家は続けた。
「アイツらがこの日本にも潜伏していると報告を受けている。我が国の諜報員ですら、奴らの拠点を探し出せず、今のところは手詰まりだ。警察庁と同様に、今回の一件で各施設に陸海空の自衛隊員で構成した特殊警備部を配置しているが、それ以上のことは対処の仕様がねえ」
長谷川は二人の報告を受けて次の話題に進めた。
「では、三点目のメディア対策に移りたいと思います。お二方から受けた報告を鑑みるに───」
ジャックが口を開いた。
「一つを除いて、市民に全てを公表すべきです。市民に不安を抱かせてはなりません」
長谷川はジャックを睨んで言った。
「もとより、市民に公表するつもりだ。一つを除いてとはなんだ?」
「日向くんと園田 和子さんの件です」
「何が言いたい?」
「ラスト・ジャッジメントの目的は一つしかありません。園田 和子さんのご遺体です」
会議室に沈黙が流れた。
ソファ席の一番奥に霜の降りた髪の老人が座っていた。老人は重々しく言った。
藤原 実孝 七十歳
※第ニ施設 関東支部 役職:所有者兼所長 他
「君たちの優れた技術により、彼女のご遺体はこの施設の地下で厳重に保管されています」
藤原はジャックに問いを投げかけた。
「なぜ、彼らは園田 和子さんのご遺体を狙うのです?」
ジャックは答えるのにしぶり、一幸に視線を送った。それに一幸は頷いて応える。ジャックは答えた。
「───この十日のあいだにアメリカや中国、ヨーロッパや西アジアでラスト・ジャッジメントが幾つかの施設を襲った事件は有名ですが、私と一幸くんは、全ての事件に共通点を見つけました。彼らは施設を襲ったあと、その施設にあった極秘ファイル、啓示を受けた人々のリスト、……必ず、これらを複製した痕跡が残されていました。加えて、施設に暮らしていた住民の拉致・監禁をしているようです」
藤原は確かめる。
「その件と園田 和子さんの件となんの関係があるのかね?」
「一幸くんがラスト・ジャッジメントの中堅クラス一人を尾行し、捕え、尋問したのち聞き出したのです。ラスト・ジャッジメントは、星の民が口にした十五歳の女の子を探していると。彼らは各施設にいる十五歳の女の子を拉致・監禁しているようです。じきに、この国でも被害が及ぶことになるでしょう」
藤原は大型テレビに映っている一幸を見て言った。
「それは本当かね?」
一幸はコーヒーカップに口を当てたあと答えた。
「───はい、事実です」
一幸は続けた。
「これは俺の憶測に過ぎませんが、十五歳の女の子といえば、藤原さん、あなたのお孫さんも危ういことになりますね」
藤原は眉間にシワを寄せた。
「我々はどうすればいい」
「簡単ですよ。この場にいる俺たち以外の人間から、園田 和子という存在を消すんです」
長谷川は言った。
「つまり、それはあなたの息子さんの記憶からもですか?」
「長男の葉、次男の葵、義理の祖母も例外じゃない」
一幸はボサボサな頭を軽くかきながら続けて言った。
「日本の施設内に彼らのスパイが出入りしているかもしれない。そう考えたとき、まず、襲われるのは彼女のことを知っている人物だ。そういう存在が多ければ多いほど、そちらの施設が危険に晒される可能性も高い」
齋藤は念のために訊いた。
「園田 和子さんのご両親からも記憶を消すのですか?」
一幸は笑いながら答えた。
「俺も人の親ですよ? さすがにそこまではしませんよ。これは施設内に限った話です。彼女のご両親や親戚、学校の友だちや教師の記憶は消さなくてもいいでしょう」
一幸はジャックにアイコンタクトを送る。ジャックはそれを見て話し始めた。
「私たちが提供した技術により、彼女のご遺体を保管している機材は、この施設とは完全に独立しています。つまり、要員を割かなくても良いということです。これより、園田 和子さんのご遺体が保管された区域を閉鎖したいと思っています」
藤原はソファ席に座っていた面々の様子を見た。全員が何か言いたげな表情をしている。
「お二方にも何か考えがあってのことでしょう。第ニ施設 関東支部の所長として意見させていただきます。この施設に降りかかる危険が少しでも下がるのであれば、その方法も致し方ないと考えています」
藤原は続けて言った。
「これまでに話したことをまとめましょう。私たち以外の、施設内で園田 和子さんのことを知っている人の記憶を消す。これについて、どなたかご質問やご意見がある方はいますか?」
齋藤が手を上げた。
「先ほど、ジャックさんは日向 葵くんに能力を使った際、干渉できなかったと仰っていましたが、彼はどうするのですか?」
ジャックは答えた。
「啓示現象を引き起こしたあの日、日向くんの教会で繰り広げられた記憶を見ることはできませんでしたが、それ以前の彼の記憶から園田 和子という存在を消すことはできます」
齋藤は察して黙った。今度は、長谷川が質問した。
「ジャック、園田 和子さんのご両親と一幸さんの義理の祖母には接点があったと聞いているが、その関係はどう解消するつもりだ?」
「それについても一幸くんと話をしました。長男の葉くん、次男の葵くん、祖母 金井 美智子さん。彼らの記憶を消した折りに、携帯やメモ書きなど、ありとあらゆるものから園田家とのやり取りを消去します」
ついには、長谷川も黙ってしまった。
ジャックは続けた。
「前回の会議でも報告しましたが、園田家のご自宅にある和子さんのご遺体について、皆さんの許可を受け、この施設に保管された彼女のDNAを使い、クローンを製作しました。遺体の状態は良好、予測していた通り、黒い目は発現しませんでした。今頃、火葬を終えて、教会での葬儀も終わり、墓地に埋葬されたことでしょう」
「ご両親には悪いことをした……」
藤原は続けた。
「長谷川くん、進めてください」
「……はい。話が逸れてしまいましたが、四つ目の件については、園田 和子さんのご遺体が保管されている区域は閉鎖いたします。また、施設の中で彼女のことを知っている人から記憶を消す方向で、皆さん、よろしいでしょうか?」
皆頷き、もしくははいと返事をした。
「では、三つ目のメディア対策に戻ります───」
それからも淡々と会議が進んだ。ジャックは、そのあいだに会議室の外、廊下に自分の分身体を作り、葵のいる治療室へ向かわせるのだった。




