01 カリオンの鐘
鐘の音が荘厳として鳴り響いている。
気付けば、何処かで見たことのある礼拝堂に立っていた。突き当たりの壁には、大きな十字架が飾られている。小鳥や花、聖母マリアを模ったステンドグラスに光が差し込んでいた。並べられたベンチの中で、虹色の輝きがスポットライトのようにひとつの場所を照らしている。そこには女の子がベンチにぽつんと座っていた。栗毛色の長い髪、白い肌に白い服、小柄な肩幅から二の腕が見えている。その姿は華奢で、けれど神々《こうごう》しく貴やかだった。僕は、彼女のことを知っている。名前も顔も思い出せないが、たしかに知っていたのだ。
見守っています───。
と穏やかな声が聞こえ、僕は何故か彼女の声だと思った。女の子はこちらへ振り返るわけでもなく、ただ神さまへ祈っているようにも見えた。
◆
「あいた!……たたっ……」
僕は頭痛に苛まれながら上体を起こした。窓の外には背の高い建物の明かりがまばらにあり、建物のあいだから欠けた月が顔を覗かせていた。壁掛け時計の短い針が午後一〇時をさしている。
小さな物音がして、僕はそちらを見た。兄とおばあちゃんがソファで眠りこけている。
兄が目を擦りながら、
「ぁおい?……葵⁉︎ ばあちゃん! 葵が目を覚ました!」
と嬉しそうにおばあちゃんの肩を優しく揺すった。
「あおちゃん? 良かった……」
おばあちゃんはそう言って涙ぐんだ。二人がソファから立ち上がり、僕のもとへ歩いて来て強く抱き締めた。
「痛いって! 葉兄!」
僕は二人の歓喜に釣られるようにして、訳もわからず涙を流していた。
「葵! 大丈夫か? 葵はいつまで経っても泣き虫だなあ!」
「葉兄も泣いてるじゃんか!」
「これはあれだ! 暑くて汗をかいたんだ!」
兄がわたわたと無理な言い訳をしたので、僕はなんだそれと声を出して笑い、おばあちゃんも控えめに微笑んだ。兄が心配そうに続けて言った。
「お前、一週間近くも起きなかったんだぞ⁉︎」
僕はそのひと言が気がかりで聞き返した。
「一週間も?」
「何も覚えてないのか?」
僕は首を横に振った。
「葵、目ぇつぶれ!」
僕は兄に言われた通り目をつぶった。
「数字が見えるか?」
瞼の裏よりもさらに深い、頭の裏あたりに何か赤い数字が浮かんでいた。
120.63.9801.99.0
「イチニイ……ゼロ、なんかある」
「それは啓示コードって言うんだ───」
兄はそこまで言い終えて、一度、おばあちゃんの顔色を伺うようにして見た。次にキッチンの方を見て、話題を変えるようにして言った。
「お腹は空いてないか? なんか作ろうか?」
僕は自分の腹に触れた。
「大丈夫、なんか不思議とお腹が空いてない」
「そうか……明日の朝、作ってやるからな」
「う、うん……」
「ばあちゃん、あとは俺が見とくから先に帰って休んでいいよ」
兄がおばあちゃんの体調を気遣って言った。
「葉は優しいねえ。あおちゃんのこと、よろしくね」
おばあちゃんが別れの挨拶でもするかのように、僕の頭に手を置いた。不思議といつものような気恥ずかしさはなく、手の平からわずかに伝わる温もりが、僕の心を優しく包み込んでゆくような感覚があった。
「あおちゃん、明日、また来るからね」
おばあちゃんはそう言い残して満足したのか家へ帰って行った。少しして、僕が眠っていたあいだのことを兄が話してくれた。
一週間前、僕は学校の帰り道で気を失い、偶然、それを見ていた通行人が救急車に連絡し、近くの病院へ搬送してくれたそうだ。でも、その病院では処置が施せないということでこの治療室へ移されたのだとか。それとは別で、僕が目覚めるまでの一週間ものあいだに世の中では色んな出来事があったことを兄が続けて話してくれた。いつもとは違う兄の真剣な表情に、これはただごとではないと察した。
啓示現象という未知の症状が世界中であったこと。それから啓示を受けた人々の中には超能力を使える者まで現れたそうだ。頭の中に浮かぶ数字列、啓示コード:120.63.9801.99.0はみんなも同じように見えていること。エイリアンと人類の友好な関係が明かされ、その関係は遥か昔から続いていたこと。啓示を受けた人たちの避難所みたいな場所が日本の全国に七つあり、日向家は第二施設関東支部に引っ越すことになったこと。
啓示現象があってから、兄が地方の交番から第二施設関東支部の警備部に異動したことなど、僕には情報量が多過ぎて目まぐるしく両目をぐるぐるとさせた。
「俺もな、あったんだよ。啓示を受けた……」
と兄が深刻な表情で言った。一転して、明るく振る舞うようにして続けた。
「心配するな、葵! これからは一緒に暮らせるし、俺がなんとかするから」
僕はうんと頷くことしかできなかった。兄の言葉には重みがあった。何かを抱え込んでいるようにも思えたのだ。
兄とは久しぶりの再会でそれからも会話に花を咲かせた。兄弟の歳の差は十一も離れている。僕はそれでも兄の話題は面白いものばかりであると感じていた。急激に変わりゆく世界の中でも相変わらず、優しく愉快な兄を見て安心感を覚えていた。兄もまた、僕の容体を見て安心したのか、新しい家へ帰って行った。
しばらくして、僕は無性に喉が渇き、ベッドから降り、千鳥足で歩いて行って冷蔵庫を開けた。ペットボトルのキャップを開け、口から身体の中へ水を流し込んだ。渇きはひと口だけでは満たされず、砂漠で見つけたオアシスを飲むようにして、グビグビとペットボトルの水を空っぽにした。急に用を足したくなって、そそくさとトイレを済ませ、部屋の電気を消し、僕はベッドへ戻った。
窓の外は夜であまり見えない───が、ビルの二色の明かりがおばあちゃんと暮らしていた古家の、天井にぶら下がった小さな白熱灯を思い起こさせた。
明日から学校はどうすればいいのだろう。
自分にも何か超能力があるのかしれない。
新しい家はどんな感じなのだろう。
そんなことばかりを考えているうちに睡魔がやって来た。ぷつんと意識が切れる直前、何かを思い出さないといけない気がした。
─────────────────────
転送開始可能日まで、───残り354日。
─────────────────────
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
良ければ感想やいいねをいただければ励みになります。




