22 ローゼンの橋
罵声が飛び交い、鋭い銃声音が鳴り響いていた。葉は重たい上体を起こし、柱に背中をもたれさせた。自分のタクティカルヘルメットがそこに転がっている。どれほど気絶していたのか、ふと、額に激痛が走り触れてみると手の平に血液が付着していた。エントランスでの戦闘が続いているのをうつろな目で眺める。依然、熊谷警部と数人の隊員が斧を持った敵と交戦中であった。
戦闘中の安斎が彼に気付いて叫んだ。
「葉! あとは頼んだ!」
葉は返事もせず、その場にゆっくりと立ち上がり、壁伝いでエントランスから奥の通路中間地点まで歩いて行った。徐々に頭の中が鮮明になり、考えが巡る。
(……まず、メディカル・スパイダーを呼んで、バレないようにエントランスの隅々に待機させる……奥にある防壁を固め……敵の注意を引き、メディカル・スパイダーに負傷した隊員の治療及びエレベーターへ退避させ、順次上へ送る……)
「クソッ」
葉は苛立ち、壁を叩いた。丁度、壁沿いに操作パネルがあった。葉はエントランスの方角、通路の奥にある防壁を見た。エントランスと通路の境を閉じるシャッターがあることに気付いたのだ。
(これで奥にある防壁も固められる。……奴を罠に誘い込んでやる!)
葉はエントランスの方を見上げて言った。
「『ローゼン』、エイチスリー・オーカ!」
「私は猫型ロボットか⁉︎」
とどこからともなく女性の笑い声がした。
「今はそんな悠長なことを言っている場合じゃないんだ」
「……」
沈黙が流れ、
「ロ、ローゼン?」
と葉が気にかける。
「こっちでもニュースになっているよ。日本の関東支部にラスト・ジャッジメントが仕掛けて来たのか……」
「ああ、だから頼む!」
「おっけい、わかった! じゃんじゃん送るよう!」
とローゼンは状況を把握したようであった。
「俺たちの存在を映さないようにしてくれ。エイチスリー・オーカ」
葉はそう言って両手を前に出した。空中より円状のワープホールが出現し、そこから楕円形のエイチスリー・オーカが八枚も現れ、葉は受け取ったそれらをエントランスの方角、上下左右の壁沿いへ二枚ずつ投げ付けた。即座にエイチスリー・オーカが壁の角に貼り付き、その小さな機器から無数のレーザーが放出され、葉の姿を映さないように周辺の風景を映像化した。映像は、どの角度からも精密に機能した。
「次、メディカル・スパイダー」
「あいよっ!」
と、どこかの大将が注文を受けた際に発するような返事があった。
複数のワープホールが開き、医療用の多脚型ロボットが手の平サイズから小指サイズまでと様々なサイズで現れ、彼らは葉の周りを囲んだ。
「前方にエントランスがある。敵にバレないよう身を隠せ。俺が奴の注意を引く。この通路のシャッターが降りたときが合図だ。死者は心肺蘇生の処置、負傷者は治療したのち、エレベーターへ乗せ、地上へ上がれ」
葉が説明し終えると、メディカル・スパイダーたちがエントランスへ向かった。
「次、戦闘用ピンキー!」
葉は眉間に皺を寄せた。何故なら、ローゼンが何処かで聞いたことのある日本アニメのメロディーを口ずさんでいたからだ。
等間隔にワープホールが開き、六機の戦闘用ピンキーが地面に着地し、立ち上がったあとその場で静止した。田園都市ユートピアで警護している軽装備のピンキーとは違い、戦闘用ピンキーの装甲は分厚く、装備品も高性能であった。
「次、猿鬼! 」
大きなワープホールが地面から上昇し、その下から外装が見えている状態のパワードスーツが現れていった。葉が猿鬼に乗り込むとすぐさま起動し、隙間なく彼の身体を覆った。色合いは濃い栗色のようなオックスブラッド、フォルムはスタイリッシュでいてゴツく、顔面には狒々《ヒヒ》のような面影が残り、額脇から鬼のような角が円状に沿って施されている。右背中に背負ったミニガトリング砲後方の黒い光沢がキラリと光った。
「次、Q‑NAVA!」
二脚型多用途狙撃銃が地面から上空にかけて現れた。全長二メートル、スコープから敵の生体信号、熱源を察知し、動作パターンを解析する。総弾数、五発。発射後、ナノ誘導弾の弾丸内部に搭載した微小人工知能チップと姿勢制御フィンに併せて、磁場航行システムにより空気中の微細な磁場を利用して軌道を曲げる。狙撃銃と誘導弾は
自律戦術人工知能により発射後も敵の動きを予測し続ける。
葉は腹這いになって銃座に着いた。スコープにメディカル・スパイダーがエントランスで待機したのを確認し、マスク越しに深い呼吸を一つしたて言った。
「ローゼン、覚悟はいいか?」
「ああ、強気で行こう!」
とローゼンの声がして、葉の両肩に力が入った。
◆
骨折、内臓破裂、脳震とう、脳挫傷他、エントランスの中では多くの隊員が負傷し、その場に蹲るか壁沿いに避難していた。すでに立ち向かえる隊員は一〇人と満たず、さらにそのほとんどの隊員が戦意喪失していた。熊谷警部はそんな隊員たちに再び鼓舞することはなく、彼一人だけで立ち向かっていた。もし、ここで自分が倒れてしまえば、他の隊員へ矛先が向いてしまうのではないかと思っていたからである。
熊谷警部は肉体的能力として熊のように擬態した。腕力、威圧、冷静さと獰猛さを兼ね備えていた。敵の攻撃後、立ち向かって行く隊員とは別で、他に動ける隊員に対して壁際へ負傷者を寄せるように指示していた。その傍ら、数人の隊員に地上へこの状況を報告し、増援の依頼を頼むように指示も出したが、通信妨害により連絡が取れずにいた。仕方なくエレベーターを使用させ、地上へ向かうように指示も出したが、これ見逃しに敵が邪魔をしたのであった。結果、熊谷警部の指示はどれも通らず、地上との連絡ができなかったのである。
敵の奇襲がなければ挽回のチャンスも幾度とあったであろうが、加えて敵の並外れたスタミナと俊敏さに敵う者はおらず、熊谷警部もまた苦戦を余儀なくされていた。
熊谷警部は右手に宿った鋭い爪を敵へ振り下ろす。太宰は紙一重でそれを避けてみせて、ガラ空きになった右脇腹へ薪割り斧を振り上げた。すると、その部分が浅く切り裂け、そこから地面へ軽く血飛沫が飛んだ。それでも熊谷警部は争い、我を失いかけそうになりながらも左手の鋭い爪で太宰を攻撃しようとした。太宰は左手に持った薪割り斧を左肩に抱え、握り突起を右手で持った。
太宰は不敵な笑みを浮かべて言った。
「格好の的だな」
斧の握り突起先端より一発の特殊な散弾を放った。それに気付いた熊谷警部は右手の甲で受け止めようとしたが、思いもよらずその散弾が熊谷警部の右手を貫通し、胸一面を負傷させて大きな身体が後方へ吹っ飛んだ。熊谷警部は血反吐を吐きながら地面に左手を付いて立ち上がろうとしたがそれも叶わなかった。蓄積したダメージがキャパオーバーを迎え、身動きができなくなってしまったのだ。太宰は彼のそばまで歩いて行って斧を高らかに掲げた。
「お勤めご苦労さん」
太宰はそう言って熊谷警部に薪割り斧を振り下ろそうとした。そのとき、うなじに何者かの殺気が触れ、咄嗟に太宰は姿勢を変えた。
ズドゥオン!───
とはち切れんばかりの轟音が鳴り響き、直径約十四ミリメートルの大きな弾丸が軌道を変えて彼の斧に命中し粉砕した。太宰は驚きもせず、冷静にエントランスの奥にある通路を見た。そこには誰の姿もなく、淡々と道が続いているのみであった。
ズドゥオン!───
ともう一発が何もない通路の奥からチリチリと現れ、太宰のもとへ一直線に向かった。彼は一瞬にして横へ移動をしたが、弾丸は太宰を追った。これもまた避けてみせたが、彼の右肩をかすめて皮膚を剥がした。
太宰は右肩の傷を見た。
(俺も専用の防護服を着ときゃあ良かったか)
太宰は通路の奥に何があるのかその目で確かめたくなり、背中に携えていた斧を引き抜いて片手に持ち変え、負傷した隊員たちの倒れている身体の合間を歩き始めた。
(銃撃が止んだな……誘ってんのか……)
太宰はエントランスの奥にある通路に足を踏み入れ、中間地点までやってくると後方のエントランスと通路の境にあった分厚いシャッターが通常の数倍速度で閉まった。太宰はその場に立ち止まり状況を把握した。
「なるほど、面白え」
(目の前には誰もいねえのに殺気だけはひしひしと感じる。さっき一人だけ通路の奥へ歩いて行った奴か……放っておいても問題ないと判断したが、窮地で化けやがったな)
太宰は薪割り斧を強く握りしめて通路の奥を睨んだ。




