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YEHI OR/イェヒ・オール  作者: 海風 野花
第一章:田園都市ユートピア
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23 譲れぬ熱情


 束《つか》の間《ま》、両者は互いの動向を見定めていた。太宰は変哲《へんてつ》のない通路の光景から差し向けられた殺意を感じ取っていた。誰かが潜んでいることは明白だが、いっそ、安易に能力で一網打尽《いちもうだじん》にしてやろうかとも考えていた。一方、葉は様子を伺っている敵に対し、脅威の排除は必定《ひつじょう》であることは理解していたが、一度も人を殺めたことがなかったため、狙撃銃の引き金を引こうにも引けず躊躇《ちゅうちょ》していた。

 両者のあいだで、経験と心情の差異が徹底的な格差を生んでいた。太宰だけは敵の性質について勘付いていた。最初、不意の一発で殺せたのではないか、けれどもそれを行わなかったということは、どんなに殺意があったとしても敵は殺すという行為に対して躊躇《ためら》っているのではないかと。


「わかるぜ、そこにいるんだろう?」


 太宰はそう言って一歩前へ踏み出した。


(まだ撃ってこないか……)


「こちらから仕掛けてもいいんだぜ?」


 太宰は挑発して敵に攻撃するよう仕向けた。葉の引っ掛けた人差し指に力が入る。最前列に立っていた戦闘用ピンキーが動き始めた。


「撃てぇ───‼︎」


 ローゼンの声に釣られ、


 ズドゥオン!───


 と葉が引き金を引いた。銃口から火花が飛び散り、轟音と共に一発の誘導弾が敵のもとへ目掛けて放たれた。手元の反動と衝撃波が風を起こす。


 チリチリチリチリ───と、


 弾丸と二機のピンキーがホログラムの壁を潜り抜けた。


「それでいい」


 と太宰は言いながら右肩に薪割り斧を抱えて、姿勢を低く構え呟いた。


「『走れ、メロス』」


「立ち上がれ!」


 耳元のマイクがローゼンの声を拾った。葉は銃座から離れ防御の姿勢を取った。一つ瞬《まばた》きを終えると数メートル先に敵が現れ、斧の残影を目撃した。瞬間、強い衝撃と風圧が葉を襲い、後方へ吹き飛ばされ通路の奥にある防壁へ激突した。パワードスーツの装甲が左腕から左肩まで粉々に剥がれてしまった。葉はなんとか地面に両手を付き、敵の攻撃に備えてふらつきながらもその場に立ち直った。───が、放心として身動きできずにいた。けれど、それは敵もまた同じであった。


(今のをまともに食らって立ち上がるか……)


 太宰は両脚の激痛に耐えていた。ホログラムの先に敵がいることは承知していた。だが、分厚い装甲に身を包んでいるとは予想だにせず、ましてや身構えているとは到底思っていなかったのだ。


「葉! 大丈夫か?」


 ローゼンの声がした。


「ああ……」


 と葉は苦し紛れに答えた。


「補助機能を作動させる! これで幾分かマシになるはずだ!」


「すまない……」


「敵の熱源が異常に上がったから何かと思った! まだやれるか⁉︎」


「ああ、なんとか」


「よし! おそらく、敵は同じ能力を何度も使えないはずだ!」


「そう……なのか?」


「敵の状態を鑑《かんが》みるに、能力の使用には限度があるはずだ! 二回目以降の使用にはそれなりのクールダウンも必要なようだ! まだ何機かピンキーも動く! 葉が動けるまで相手をさせるぞ!」


「助かる……」


「それと敵が持っている斧には切られるな!」


「……何故だ?」


「ただの斧じゃない! どんなことがあっても猿鬼の装甲を切れるはずがないんだ! おそらく、地球にはない未知の素材だ!」


「地球外の素材……」


 敵による初撃でボロボロになった三機の戦闘用ピンキーが動き始めた。

 太宰は右手に薪割り斧を持ち替え、左腰に左手を添えて身構えた。前方にパワードスーツを着た手負いの敵が一人、右側に内蔵型自動小銃を備えた人型ロボットが一体、左側に右腕の取れそうな人型ロボットが一体、後方に内蔵型両刃剣《りょうばけん》を備えた人型ロボットが一体、という四角形の立ち位置となった。

 右側の人型ロボットが内蔵型自動小銃を構えた。太宰は左腰の手斧を抜き取り、人型ロボットが自動小銃を撃つと同時に、素早く後退《あとず》りして電撃弾を避けてみせ、右側の人型ロボットへ横に回転しながら遠心力に任せて手斧を投げ付けて命中させた。手斧が人型ロボットの頭に突き刺さり、火花を散らせて真横に倒れた。

 後方の人型ロボットが駆け出し左足前蹴りをかました。太宰は両手に持った薪割り斧でそれを受け止め右へ流した。人型ロボットは地面に左足を着地し、勢いに任せて両刃剣の刃先を敵へ向けた。

 太宰は右手を引き、左手で握り突起の先を人型ロボットの脇腹に定める。薪割り斧の突起部分、隠された銃口が現れ、凄まじい銃声音と共に一発の散弾が放たられると、人型ロボットは腹に大きな風穴《かざあな》を開けて後方へ吹っ飛んだ。

 太宰が体制を立て直そうとしたそのとき、左側の人型ロボットの右腕が眼前にあった。太宰は前屈みになってそれを避けてみせたが、片腕をなくした人型ロボットに力強く抱き寄せられるようにして捕まった。その衝撃で太宰の左鎖骨にヒビが入る。なんとか右腰の手斧に右手を伸ばした。

 葉はミニガトリング砲の銃身保持のため、前方上部に取り付けられた取手を左手で握り締め、後方上部に取り付けられたフォアグリップを右手で掴み、敵へ銃口を定めるようにして持ち上げた。左腕が故障していたせいか、ミニガトリング砲の電撃弾が有らぬ方向へ放たれるもその弾道は確実に敵へ近付いていった。


「当たれえ"え"えぇぇ───!」


 葉の大声と銃声音に気付いた太宰は、


「クソッ!」


 と吐き捨て、右腰の手斧を抜き取って人型ロボットの膝上、脇腹、脇下に突き刺した。ミニガトリング砲の電撃弾が間近まで迫り、人型ロボットの拘束が一瞬だけ緩んだ。間一髪、太宰はその場から後方へ跳んで逃げた。

 葉はミニガトリング砲の電撃弾が人型ロボットに当たり、敵が後方へ逃げたのを目視、すぐさま敵へ弾道を向けた。

 太宰は俊敏にジグザグと移動してみせ、ミニガトリング砲から放たれる電撃弾を避けてみせた。切迫した場面で生理的に両目が渇き、葉は一つ瞬きした。───敵の姿が消え、 


「上だ!」


 とローゼンの声が耳元で響いた。葉はミニガトリング砲から両手を離して壁際へ下がった。目の前に敵の斧頭《ふとう》が振り下ろされ、ミニガトリング砲のバレル部分が粉々に潰れた。

 太宰は薪割り斧の刃先を敵へ向けて振り上げた。葉は右へ移動し、目と鼻の先でヘルメットの表面に斧の刃が刻まれていくのを見た。太宰は薪割り斧が壁に突き刺さらないように数ミリ手前で止め、もう一度、敵へ近付き斧で振り下ろし襲った。

 葉は視界の悪いヘルメット越しに敵の動向を予測し、エントランスの方角へ素早く前転して回避し、敵から約二〇メートルの距離を取った。


「はぁ……はぁ……」


 太宰は呼吸を荒くし、地面に刺さった薪割り斧を引き抜いた。


(これもダメか……そろそろ、あとがなくなってきたなあ……)


「お前、なかなかやるなあ!」


 葉は壊れたヘルメットを外し投げ捨てた。荒くなった息を整えようと努め、その場にゆっくりと立ち上がった。

 太宰は腕時計の時刻を見た。予定していた時間より大幅に過ぎていた。それでも自分の身体が限界に近付いていることを加味し、休息するために時間稼ぎとして敵に話しかけることにした。


「意外と若いんだなあ! お前、名前はなんて言うんだ?」


 葉も敵と同様の理由で休息が必要だったため、それに答えた。


「アンタに答える義理はない!」


「たしかに!」


 太宰はそう言って笑ったあと敵をジッと観察した。


「───お前、もしかして日向 一幸《かずゆき》の息子か?」


 そのひと言に葉は驚きを隠せず確かめた。


「どうしてアンタがその名前を知っているんだ⁉︎」


「知ってるも何も、配られた資料にあったぜ?」


「配られた資料?」


「お前の名前はなんだったか……」


 太宰は肩に薪割り斧を抱え、思い出したように言った。


「葉! 日向 葉か⁉︎」


 葉は無言を貫き、太宰は鼻で笑った。


「まあ、どうでもいいか……そういやぁ、お前の弟な、拉致の対象になって───」


「出力最大‼︎」


 葉は反射的に力一杯に大きく身体を右に捻《ひね》り、右手の拳に握力を集中させると、右手甲部分の装甲から小さな突起が二つ浮かび上がり、


「『モンキー・パンチ』‼︎」


 と叫びながら右の鉄拳を敵へ打ち、光り輝く衝撃波が放たれた。葉は怒り狂った顔付きになり、衝撃波の追い風が髪の毛を逆立ちさせ、眉間のシワが増えていった。

 太宰は眼前に広がる光り輝く衝撃波を前に、やれやれと呆れながら両手で薪割り斧を握り締めて大きく振り上げたあと、


「『裂割《さきわり》』!」


 と豪語して地面に斧の刃先を振り下ろした。訪れた衝撃波が真っ二つに割れ、太宰より数メートル先で左右に割れた衝撃波が防壁に凄まじい傷跡を残した。

 砂埃が落ち着き、敵がまだそこに立っているところを見て、葉は最大最強と信じていた切り札をこうも簡単に切り抜けられたことに唖然とした。二本のバッテリーが使用済みになり、右手甲部分の装甲から外れて地面へ転がった。


(まともに食らってたら死んでたな……)


「こうも挑発に乗ってくれると清々しいぜ!」


 太宰は地面に突き刺さった薪割り斧の握り突起部分に両手を置いた。両腕に力が入らず、それを悟られぬようにしなければならなかったが、敵も同様に休息が必要なのは目に見えて明らかだった。


(兄弟思いか……)


「少し話に付き合えよ!」


 と言って、太宰は薪割り斧の性質について話し始めた。当然、葉は聞く耳を持たず、ローゼンに心の内《うち》で話しかけた。


(───あとどれくらいの質量が出せる?)


 沈黙が流れ、ローゼンは答えた。


「二〇パーセント……」


(それで十分だ! プログラマブル・マターと一本、小型バッテリーを出してくれ!)


 葉は腰のうしろに右手を隠し、敵から見えぬように小さなワープが現れ、そこから液状の金属が右手の平に滴り、それは腕から身体へ移った。単三電池サイズの小さなバッテリーが一本だけ落ち、葉はそれを握り締めた。

 ローゼンは心配そうな声で言った。


「これで残り十五パーセントだ!」


(了解! プログラマブル・マターに───)


「俺にも兄弟がいる」


 葉はローゼンと話し終えたあと、敵のひと言に聞き耳を立てた。敵の表情にこれまでの余裕がなくなっていたのだ。今、テロリストがどうしてそんなことを口にするのか理解できなかった。

 太宰は生い立ちを思い出しながら続けた。


「……俺がしくじれば兄貴の命はねえ。逆に兄貴がしくじれば、仮に俺がこのミッションを達成したとしても命はねえ……住処《すみか》も奪われ、その挙げ句、命も握られているときた。これほど哀れなことはないな」


 太宰は地面に下ろした眼差しを葉へ定め、鋭い眼光を向けた。

 葉は舌打ちをした。敵にも何かしらの事情があるのだと知ったのだ。それまで敵が攻めて来る理由を考えても納得のいくような答えは出なかった。しかし、たった一人、目の前に立っている男のテロ行為に至る理由は、その行為を行うだけの熱量があった。理解できてしまったのだ。共感できてしまった。真相は定かではないが、兄弟を想う気持ち、彼の口から発せられた言葉に二言は感じられなかった。これ以上の理由はいらない。


「それでも……」


 葉の呟きに、太宰は聞き返した。


「それでも? なんだ?」


「それでも人を襲っていい理由にはなんねえだろうが!」


 葉はそう怒鳴って敵を睨んだ。対して、太宰は軽く鼻で笑った。


「お前、面白えな! 俺たち、違う世界線じゃあ、良い仲になれたかもな!」


 太宰は挑発するように続けた。


「そういえば、モンキー・パンチだっけか? ひでぇネーミングセンスだな!」


 何処からかローゼンの怒鳴り声が発せられた。


「ぶっ殺せ! 今すぐ奴をぶっ殺せ!」


(待て! 奴の挑発を間《ま》に受けるな!)


 葉の声も届かず、ローゼンの激情を抑えられずにいた。


「アイツ! 私が夜鍋《よなべ》して考えた技名を鼻で笑いやがったぞ⁉︎ ぶっ殺せ! 奴をぶっ殺せ‼︎」


 葉は仕方なくローゼンとの能力を切った。ここからは一人で対峙する。葉はより一層に覚悟の決まった顔付きへ変わった。


「おい、アンタ!」


 太宰は片眉を上げた。


「何か話す気になったか?」


 葉は真剣な眼差しで言った。


「俺は、アンタをここで止める!」


 突然、太宰が声を荒げて笑った。


「───止められるもんならやってみろ!」


 短い静寂が流れた。

 先に動いたのは葉であった。彼は敵から目を離さず、隠し持っていた小型バッテリーを左手に持ち替え、右手の甲に装填した。一瞬、敵の姿が消え、なんの前触れもなく前方上空に現れた。


「『裂割《さきわり》』‼︎」


 太宰は葉の左肩、装甲が剥がれた部分に薪割り斧の刃先を振り下ろした。


(そう来ると思ったぜ!)


 葉はパワードスーツの装甲隙間に貼り付けていた液状の金属を左肩へ集中させ、一つのアーマーとして機能させた。薪割り斧の刃先が葉の左鎖骨部分まで食い込んだところで、左肩のアーマーが液状の金属に戻った。血飛沫が飛ぶ中、薪割り斧の刃先にプログラマブル・マターが固着し敵の能力を受け止めた。

 太宰は、葉の右肩に液状の金属が現れてアーマーとなり、薪割り斧の刃先がその身にめり込んだあと、またアーマーが液状の金属に戻り、斧にまとわり付いて受け止めた。一瞬にして、その一連の出来事が起こったことよりも、何より、待っていましたと言わんばかりにすんなりと自分の攻撃を受けた葉に対して、何か裏があるのだと気付いた。太宰はこれ以上は深追いするべきではないと即座に判断し、薪割り斧を引き抜こうとしたそのとき、


「逃さねえよ!」


 葉はそう言って左手で敵の手首を強く握り、振り下ろされた斧の延伸力を利用し、さらに身体全体でうしろへ倒れ込んだ。


「出力五〇パーセント!」


 葉は右拳に力を込めて叫んだ。


「『モンキー・パンチ』‼︎」


 葉の鉄拳が敵の脇腹を捉え、ゼロ距離で光り輝く衝撃波を放った。葉が敵の手首を離す。太宰は血反吐を吐きながらエントランスの方角へ一直線に飛んだ。エントランスと通路の境にあった分厚い壁に激突し、激しい音を立て、地面に倒れ込んだ。


(しくじれねえ……)


 太宰は息も絶え絶えに、それでもその場に立ち上がろうとしたが、指先すら動かなかった。葉の渾身の一撃を受けて、堰《せ》き止められていたダムが崩壊するようにして、両脚両腕に蓄積したダメージが一気に押し寄せていた。気付けば、至るところから血が流れていた。深く抉られた脇腹が赤く染まっている。太宰はもうこれ以上動けないと悟った。


(兄貴……すまん……しくじったわ……)


 太宰は悔やみながらも、うすらうすらと気を失った。


 葉は大の字で天井を見上げていた。大動脈は避けられたものの、依然、右肩から大量の流血、すでに全身の感覚がなくなり始めていた。葉は最後の力を振り絞って、ローゼンとの能力を再開させた。


(ローゼン……奴にも、メディカル・スパイダーを送れ)


「ヤダ! 絶対にヤダ!」


 ローゼンの駄々をこねるような声が聞こえた。


(お願いだ……頼む……)


 葉は息を荒くした。


(拘束して情報を聞き出さなきゃ……)


「うぅ……」


 とローゼンから悔しさを抑えたような声があった。ワープホールが現れ、小さな蜘蛛が大量に落とされた。


(ありがとう……少し、休むよ……)


 葉は静かに瞼を閉じた。暗闇の中で色んな顔が浮かんだ。


(氏家《うじいえ》先輩……葵《あおい》……ばあちゃん、木《こ》の実《み》ちゃん……どうか、無事で居てくれ……)

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