20.5 魔王
さほど広くもない庭で兄と追いかけっこをしながら遊んでいた。ベランダでは両親が椅子に腰掛けていた。幼い俺は何かの轟音を耳にし、駆けている兄のことを追わず、その場に立ち止まり青空を見上げた。複数の戦闘機が通り過ぎて、残った白い雲が一直線に伸びていた。それが最初の記憶だった。
七歳のとき、住んでいた街が戦場と化し、巻き込まれまいと遠方へ避難するため、家族と忙しく移動した。
一〇歳のとき、父と母が敵の銃弾によって死んだ。残された兄と俺は、なけなしの金を手にして列車に乗り込み隣の国へ亡命した。避難民として、しばらく路頭に迷い、同じ境遇の人たちと共に待機シェルターに押し込められた。やがて、亡命先の国にも戦争の矛先が向き、待機シェルターで知り合った自警団に拾われた。
十二歳のとき、兄は俺を庇って敵の銃弾で死んだ。その年、俺は敵に銃口を向けていた。銃弾と自爆ドローンが飛び交い、制圧用機械式のドッグに追いかけられる日々は、俺にとっての日常となっていた。
自警団の訓練施設で様々なことを学んだ。それは主に人を殺める術であった。そこで戦友ができるも日に日に、皆死んでいった。友の死屍を乗り越えながら生きて来たのだ。
二〇歳になったばかりの秋、俺は廃墟ビルで身を隠していた。敵の攻撃により深い傷を負って死にかけていた。そんなとき、暗い通路から誰かの歩く音を耳にした。俺はアサルトライフルを抱きしめた。殺される、その恐怖に苛まれながらあわよくば刺し違えてやろうとも考えた。目の前に、戦地にはあまりにも場違いなスーツを着た男が立っていた。とうに俺は引き金を引く余力もなかった。死神が俺の前に現れたのだと、本気で思った。のちに、彼が俺の恩師になる人だとは、このときは思いもしなかった。
先生は俺の容体を見たあと、神の御業と思えるような能力を使い、傷を癒してくれた。先生は言った。
「私と共に行きましょう」
その差し伸べられた手に、俺は縋った。
同年、先生のもとで沢山の教養を勉強した。作法、言語、数学、国際社会、経済、芸術や哲学まで。世の中には、解決しなくてはならない問題が多くある。貧富の差、資源問題、戦争、餓死、そういった個人ではどうしようもないことを、先生は改善したいと口にしていた。先生の原動力は何かと尋ねた。すると、先生はひと言だけ口にした。
「創造主の意思に従っているのです」
───と、。そのときは何を言っているのか理解できずにいたが、今ならわかる。周りの奴らは、先生のことを教祖さまとでも思っているようだが、俺にとっては親父であり、尊敬に値する恩師だった。
二十五歳のとき、俺は先生に連れられ世界を旅した。日本にも訪れ、漫画という文化に触れた。一冊の漫画に“魔王”なる人物が登場する。彼は、俺と同じ境遇ながらそれでも立ち上がり、圧倒的な力によって世界征服を成し遂げた。それまでに人類同士が起こしていた領土問題、宗教戦争、ギャングの抗争、違法なドラック、汚職、そういったありとあらゆる問題をクリアにした。俺は、いつしかその魔王の圧倒的な力に魅了されていた。
月日が経ち、先生に賛同する者たちが現れた。俺はそいつらと強制的に啓示を受けた。俺の力は、魔王と呼ぶに相応しいほどのものであった。この力は、正義のため、先生のため、創造主のために使うと誓った。
三十一歳の冬、以前より先生の予定していた計画が始動し、俺はこの圧倒的な力で多くの者たちを殺めた。共に戦っている仲間に原動力は何かと尋ねられた。俺は、こう答えた。
「創造主の意思に従っている」
───と、。




